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第194話 ボルマンの思い、カレーナの想い②

 

 どのくらい落ち続けていたんだろう?

 気がつくと俺は、深い、深い奈落に落ちこんでいた。


 静寂。

 そして、冷気。


 芯から体が冷えそうなその場所で、俺はやっと目を開けた。




「…………?」


 そこには何もなかった。


 身震いするような冷気の中で、記憶もなく、感情もなく、ただただ暗闇が広がっている。


 下を見ても何もなく、上を見ると遥か頭上で感情の嵐が渦巻いているのが分かった。

 きっと、あそこから落ちてきたんだろう。


「…………さむい」


 心まで凍りつきそうなその場所で、俺はガタガタと震える。


 このままじゃ、死んでしまう。

 これならまだ『上』の方がマシだ。


 そう感じた俺は、上に登る方法を求めて彷徨い始めた。




 ☆




 どれだけの時間が経ったのか。


 上に登る階段もこの空間からの出口も見つけられず、俺はあまりの疲労と寒さに、ついに膝をついた。


「っ……」


 すでに足裏の感覚はない。

 今、地についた膝と両手からも、すごい勢いで熱が奪われてゆく。


 助けは来ない。

 抜け出す道もない。


 まるでこの世界が、俺という存在を否定しているみたいだ。


 冷気は体だけでなく、心まで凍てつかせてゆく。


 孤独。

 見捨てられる恐怖。

 そして、絶望。


「……カレーナ」


 寒さで朦朧とする中、彼女の名が口から漏れた。


「お前も、こんな気持ちだったのかな……」


 そうして、彼女のことを思った。




 ––––その時だった。


 冷気に飲まれ、感覚を失っていた指先に、わずかに熱を感じた気がした。


「?!」


 地についた自分の手を見る。

 暗闇でろくに見えないはずの両手の輪郭が、かすかに浮かび上がっていた。


 手が光っている?


 ……いや、ちがう。

 これは、地面が光ってるんだ。


 凍りついていた思考が、ギギギ、と音を立てて動き始める。


 気がつくと俺は、麻痺した指先も顧みず、必死で暗い地面を掘り返し始めていた。




 しばらくして。

 手をボロボロにしながら掘り返した地面から、それは顔を出した。


 スマホほどの大きさの、小さなビジョン。


「これ…は……?」


 かじかんだ手をビジョンに伸ばす。


 指先がそれに触れた瞬間だった。


「?!」


 カッ、と眩い光が辺りに放たれた。

 同時に、意識と体が引っ張られる。


「くっ!!」


 再びの、吸い込まれる感覚。


 寒さと疲労で消耗した体と心は、その力に抗うこともできず––––俺はビジョンの中に吸い込まれた。




 ☆




 最初に感じたのは、暖かな空気だった。

 そして、美味しそうな何かの香り。

 これは……野菜を煮込んでいるんだろうか?


 全てが凍りつきそうな先ほどの空間から一転、穏やかな空気に包まれた俺は、ガタガタと震えながらゆっくりと目を開けた。


「……?」


 そこは、民家の一室のようだった。


 もちろん日本のじゃない。

 ユグトリアのそれだ。


 目の前にはコンパクトなダイニングテーブル。

 傍らの壁には、玉ねぎなどの野菜が入った網袋がいくつも掛けられている。


 そして、テーブルの向こうの台所では、こちらに背を向けながら料理する、小柄な金髪の女性の姿があった。


 どこか見覚えのあるような……でも違うような後ろ姿。

 その答えは、すぐに明らかになった。


「お待たせ」


 そう言って料理皿の乗ったお盆を持ってやって来たのは、彼女だった。


「……? どうかした? そんな不思議そうな顔して」


 くくって前に垂らした、長い金髪。

 少しだけ肉がつき、スレンダーながらやや女性らしくなったプロポーション。

 そして、大人っぽく綺麗になった顔立ち。


 が、吊り気味の目や、しゃべり方は変わらない。


「かっ、カレーナ?!」


 驚く俺に、目を丸くする女性。


「ちょっと、びっくりさせないでよ。どうしたの? ボルマン」


 そう言いながらお盆を置き、皿をテーブルに並べてゆく。

 サラダにパン、それにこれは……


「今日はあんたの大好きな、私特製ポトフだよ」


 そう言って少しだけ顔を赤らめるカレーナ。

 なんだこの『ツンデレ気味な可愛い奥さん』は。


 彼女は着席すると「食べよっか」と恥ずかしそうに言った。


「あ、ああ。……いただきます」


 どこか夢の中にいるようなぼんやりした頭でそう答える。


 目の前には、美味しそうなポトフ。

 俺は自分の前に置かれた木製のスプーンでそれをすくい、口に運ぶ。


 そして、スプーンが口に触れた瞬間––––俺はまた、引っ張られた。




 ☆




 暗闇に、三つのビジョンが浮かんでいた。


 一つめは、さきほど俺が体験したビジョン。

 あとの二つは、また違うビジョンだった。


 二つのうちの一つは、カレーナが料理をする姿。

 ただしそのビジョンの中の彼女は、まだ成長してはいない。俺がよく知る彼女のままだ。

 作りながら色々と試行錯誤して、一喜一憂しているのが見てとれた。


 そしてもう一つのビジョン。

 そこには、俺が映っていた。

 どこか覚えのある、短い映像が繰り返される。記憶と違っているのは、これがカレーナの主観だからだろう。


 ビジョンの中の俺は、無責任に語りかけていた。


『カレーナは良い奥さんになりそうだな』と。

 その重さも知らずに。


 そこまで来て、さすがの俺も気づいた。

 この三つは、過去と、現在と、カレーナが夢見る未来なのだと。



 ––––胸が、激しく締めつけられた。



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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、ボルマンとしては、自分が好意を向けられてるとは分からずに言ったんだろうけどね。
[一言] これ、カレーナに誤爆してませんかw
[一言] うん。これでボルマンがどこまでも無責任無自覚にカレーナを傷つけていたのかが知れる、とは思う。 しかしながらカレーナの秘したる思い願いを無許可で、一番知られたくない相手に晒された彼女の心象はい…
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