第190話 オルリスの呪い、精霊の祝福①
「『それ』って……なんのことだ?」
ひだりちゃんの突然の言葉に、俺は割と本気で戸惑った。
「なんのこともなにも、うでにかいてある、そのいやなかんじののろいけぷよ!」
顔をしかめ、短い手をぱたぱたさせるひだりちゃん。
うで?
のろい???
謎生物に言われるまま左腕をまくり上げるが、当然そこには何も書かれていない。
ちら、とカレーナを見ると、どうやら彼女はひだりちゃんの言葉を理解できたようで、上目遣いで俺を見ると、複雑そうな顔でその意味を教えてくれた。
「たぶん、あれのことだよ」
「あれ?」
「うん。私とボルマンの奴隷契約……」
「ああ、あれのことか!」
俺は、ぽん、と手を打った。
今は目に見えなくなっているが、俺の左腕とカレーナの右腕には、オルリス教の神父の手によって『主従の紋』……要するに奴隷契約の紋が刻まれている。
当初は意識していたが、ずっと一緒にいるうちにすっかり忘れてしまっていた。
……が、まあ、余計なことは言わないでおこう。
「それで、『主従の紋』があると何か不味いのか? 何やら物騒な単語も聞こえた気がするんだが」
『呪い』と。
ひだりちゃんは確かにそう言った。
この契約はオルリス教会の技術によるものだ。
従って、教会から邪神扱いされている大精霊ユグナリアの関係者であるひだりちゃんからすれば、『呪い』と呼ぶのも分からないではないが。
「ふたりのうでにかいてある『それ』は、たましいをゆがめてむりやりつなげるものけぷよ。その『のろい』があると、うまくいしきをきょうゆうできないけぷ」
謎生物から出てきた、更に不穏な言葉。
その言葉に、俺は思わず問いかけた。
「魂を、歪める?」
「そうけぷ。いのちのありかたをゆがめる『のろい』けぷねー」
「魂を歪められると、どうなるんだ?」
「すこーしずつ、こころとからだがびょうきになって、ほんとうのちからがだせなくなるけぷ。エリスがつかってる『ゆがんだませき』みたいになるけぷよ。まあ、ボルマンとカレーナのおうちはママがまもってるからだいじょうぶけぷけどな〜」
ドヤ顔で語るひだりちゃん。
……ちょっと待て。
今こいつ、なにか重要なことを色々と口走らなかったか?
「『歪んだ魔石』って、ひょっとして封力石のこと?」
「けぷ〜?」
カレーナの問いかけに、首を傾げる謎生物。
そこでカレーナは、ポケットからごそごそと何かを取り出した。
「つまり、これのことかな?」
カレーナの手の上には、白色の光を湛えた小石。
それを見たひだりちゃんは、
「そうけぷ。……ひどいことするけぷなあ」
そう言ってカレーナの手にふよふよと近づくと、短い手で封力石に触れた。
その瞬間、
「「っ!?」」
俺とカレーナは息を飲んだ。
パリン、と何かが割れる音。
封力石の光が、白から青に変化してゆく。
そして----
「けぷっ!」
ひだりちゃんの掛け声とともに、光は一瞬だけ輝きを増すと……石に吸収されるように収束したのだった。
「これでいいけぷよ〜」
そう言って満足そうに宙を漂う謎生物。
「何がいいんだ?」
「〜〜♪」
俺の質問をスルーし、ただただ漂う謎生物。
「おい、おまっ……」
「見て。ボルマン」
イラッとしたその時、カレーナが俺を呼んだ。
俺は漂う謎生物を放っておいて、カレーナの方を振り向く。
先ほど強く光った石を、じっと見つめるカレーナ。
彼女の手の上には、わずかに青い光を湛えた小石が乗っかっていた。
「……光が動いてる、のか?」
カレーナは俺の言葉に頷く。
「まるで、石の中で青い光が波打ってるみたいだ」
彼女の言う通り。
青い光は石の中で波打つように形を変えている。
「ちょっと、『灯火』を詠唱してみるね」
そう言って石を握り、封術の詠唱に入るカレーナ。
初級封術の『灯火』。
遺跡の探索を含め、カレーナやエリスが度々使っている封術のひとつだ。
詠唱も短く、二十秒に満たない。
彼女たちが詠唱に失敗したところはこれまで見たことがなかった。
だが……、
「『灯火』」
詠唱の最後。
カレーナが発動句を口にしたのだが。
「……反応がないね」
石は封術を発動させることなく、変わらず波打つように青い光を湛えていた。
「そのよびかけじゃ、だめけぷよ〜」
後ろから聞こえる謎生物の声。
「じゃあ、どうしたらいいんだ?」
そう言って俺が振り返ると、ひだりちゃんは俺たちの隣にやって来て、こう言った。
「そのいしのもちぬしによびかけるけぷよ」
「持ち主?」
「そうけぷ。いしのなかにいるたましいに、いのるけぷ」
そう言うとひだりちゃんは詠唱を始めた。
「……え?」
「……こんな詠唱、聞いたことない」
茫然と聞き入る俺とカレーナ。
それは、歌うような詠唱。
今まで俺たちが聞いたことのない言葉で紡がれるそれは、数節の短い抑揚のあと、静かに終わりを告げた。
そして、
「『灯火』」
ひだりちゃんの声とともに、魔石が眩い光を放った。