第170話 封術銃の開発 ②
恨めしそうな目でこちらを見てくるオルグレン。
気持ちは分かる。
田舎街の鍛冶屋とはいえ、ペントの金属加工のほとんどは彼の工房が担ってきた。
街を支えているという誇りもあるだろう。
そんな彼が『無理だ』と思ったものを、鍛冶の経験もない領主のドラ息子が「できる」と言って、具体的な方法を披露してみせた。
しかもそれが、理にかなってる。
そりゃあ『俺って一体?』となるだろう。
ここはフォローが必要だな。
「まあ、そう気を落とすなよオルグレン。今話した方法は外国の書物に載っていたんだ。別に俺が考えたわけじゃない」
「そうなのか?」
「ああ。さっきの説明は全部その本の受け売りだ。それに仮にあの内容が正しかったとして、槌を握ったこともない俺だけじゃあ、どうしようもないだろ? 信頼できる職人の腕が必要だ」
「ま、まあなっ」
ふん、と胸を張るオルグレン。
仏頂面してるけど、頰のあたりがゆるんでる。
「という訳で、よろしく頼む」
「おう、任しとけ!!」
うん、うん。
素晴らしいな。
気を取り直したぞ。
「よし。まずは芯金作りからだ」
「おうっ!!」
どうやら鍛冶屋のやる気は完全復活したらしかった。
さて。
まず作るのは、銃身の型となる芯金だ。
言ってしまえばただの中実の丸棒だが、こいつに鉄板を巻いて銃身を成形するので、硬さ、そして精密さが要求される。
前世で火縄銃の作り方を調べたことがある俺だが、さすがに各工程の細かな手順は知らない。
ここからは、オルグレンの経験と俺の知識、それに試行錯誤で道を切り開いていくしかない。
「まずは芯金だが、こいつは硬くて、正確に真っ直ぐである必要がある。お前ならどうする?」
俺の問いに、オルグレンは「ううむ……」と腕を組んで唸った。
「槌で叩くだけじゃあ、なかなか真っ直ぐにはならねえな。ある程度までは叩いて作って、最後にヤスリがけで仕上げる」
「硬くするのはどうする?」
「焼入れするしかねえな。うまくやらねえと歪みまくってヤスリじゃ修正しきれねえ。歪まなかったにしても、硬すぎてヤスリをいくつも潰さなきゃあならないだろうな。……やっかいな仕事になるぜ。こりゃあ」
オルグレンは頭をわしゃわしゃとかきむしった。
鍛冶屋の言葉を整理してみよう。
課題は二つ。
焼入れ歪みと、硬すぎて削れない丸棒。
歪みが大きければ、ヤスリで修正できない。
硬く作る必要はあるが、硬すぎると真っ直ぐ成形できない。
「……結局、どちらも熱処理の問題か」
言葉にしてみると、なんとかなる気がしてきた。
前世の川流大介は、特殊な熱処理加工機のメーカーの営業だった。
そのメーカーは熱処理の受託加工部門も持っていて、俺はそちらの営業も兼任していたから、一応焼入れ図面を読むくらいの知識はある。
歪みの少ない焼入れ。
ほどほどに硬い熱処理。
なんだか懐かしい。
それにこれがうまくいけば、きっと『次』のステップへの足がかりになる。
芯棒に鉄板を巻きつけるんじゃない。芯棒そのものを銃身にしてしまう量産工程の実現だ。
……面白い。
やってやろうじゃないか。
「坊ちゃん、何が楽しいんです? ニヤニヤして」
気色悪そうに俺を見るオルグレン。
「いや、なんか楽しくなってきたな、と思ってさ」
「俺は頭が痛いですがね」
しかめっ面をする鍛冶屋。
「じゃあ、その頭痛を軽くしてやろう」
俺はにやりと笑って見せた。
☆
焼入れ、という言葉を知らない人はいないだろう。
鉄……実際にはある程度炭素を含む『鋼』だが、それを黄色くなるまで熱し、水などに浸けて急冷する。
古くからある鉄の強化方法で、日本刀づくりにも必須の技術だが、鉄に携わる仕事でもしていないと、あまりイメージが湧かないかもしれない。
実は、鉄は柔らかい。
安物のステンレススプーンの首の部分なら、子供でも簡単に曲げられる。
その柔らかい鉄を何倍もの硬さにするのが、『焼入れ』というわけだ。
原始的な焼入れは、それこそ四千年も前から行われてきたが、その温度の制御によって硬さや粘さ、金属組織をコントロールする方法が本格的に研究され始めたのは、18世紀頃の話。
ある程度、技術的、理論的に確立したのは、なんと20世紀前半だ。鉄鋼熱処理の技術と研究は、この百年で飛躍的に進歩したと言える。
その知識をもって、銃の開発に挑む。
「なあ、オルグレン」
「なんです?」
「お前、焼入れする時、赤めた鋼をどうやって冷やしてる?」
「そりゃあ、水に浸けてるに決まってるじゃねえですか」
そうだろうな。
日本刀の焼入れだって、水に浸けて冷却する。
「歪みにくく、硬すぎない焼入れだがな」
「はあ」
怪訝そうな顔をする鍛冶屋。
「冷却に、高温の油を使おう」
「はあ……………………。はあっ???!!!」
最初、生返事を返してきた鍛冶屋は、突然『気でもふれたのか』という顔で、聞き返してきた。