第168話 新しい封術のかたち 後編
「まず、考え方から説明するぞ」
俺は紙にドーナツくらいの大きさの円を描き、その中に正方形、さらにその内側に適当な三角形を描いた。
「これが封術陣だとする」
少しだけ顔を上げエリスを見ると、彼女は「模式図ね」と言って頷いた。
「これを、こういう部品に分解するんだ」
俺は先ほどの封術陣(偽)から矢印を引っ張り、◯と◻︎と△を今度は別々に描いた。
「これらの部品を別々のスクロールとして鉄板に彫り込んで、発動時に繋げて発動する。……どうだ。できるか?」
俺が描いた落書きを腕を組んで見ていたエリスは、トン、トン、トン、と指で自分のひじを叩いていた。
「…………」
しばしの沈黙。そして、
「できるはできるけど……効率が悪くなるわね」
と呟いた。
「要するに、一つの封術陣を機能別に複数の陣に分解して作って、あとで繋げて発動しようって話よね」
「そうそう」
さすが天災少女。
話が早い。
「その方法だと、たしかに精度は良くなると思う。一枚の鉄板に複雑な陣を描こうとすると、掘れば掘るほど加速度的に歪みがひどくなるけど、陣を分解してシンプルな形で別々の板に描くなら、一つ一つの陣はある程度の精度を保つことができる。……面白い発想ね」
口元に手を添え、考えながら頷くエリス。
「だけど一つ一つの部品を『繋ぐ』必要があるから、細かく陣を分けるほど『繋ぐための陣』も必要で、結果として封力石の力の変換効率が悪くなるんじゃないかしら」
なるほど。
なんとなく理屈では分かるな。
「逆に言えば、変換効率が悪くてもいいなら、実現できるか?」
「……ええ。実現できると思うわ」
「よし。それなら問題ない」
「問題ないの?」
「ああ。今から提案するものには、そこまでパワーは必要ないからな」
「?」
首を傾げるエリス。
次に進もう。
俺は、懐からもう一枚、紙を取り出した。
「さっき話した『爆轟』だが、例えば、術を飛ばして離れた場所で爆発させるんじゃなくて、スクロールに近い場所で小さく破裂させることはできるか?」
紙に、スクロールのイラストと、その隣で何かが破裂する様子を描く。
「できるわよ。ただ至近で爆発させるだけでしょ?」
「ああ、そうだ。そしてその機構をこんなものの中に組み込みたいんだ」
俺はスクロールのイラストの周りに三角形の箱を描き、そこから長い筒を伸ばした。
「スクロールの鉄板を重ね、この三角の箱に格納する。爆発を起こすのは筒の根元だ」
そう言って、その部分を指で示す。
「……ちょっと待って。なによ、これ? 封術の爆発力を一方向に飛ばすための仕掛けってこと? ひょっとして、封術を利用した武器じゃないの?!」
エリスはすごい勢いで身を乗り出し、テーブルの上の絵を覗き込む。
さすが天災少女。
拙いポンチ絵と説明だけで、本質を見抜きやがった。
「……ほぼ正解だ。実際にはこの筒の部分を鋼で作って、先端から鉛の弾を装填し、爆発によって撃ち出す」
俺はさらに紙に筒先から飛び出す弾丸を描き足すと、『それ』を構えるポーズをとった。
「射程距離は200m。50mの距離なら板金鎧を貫通する。弓と違って、素人でも短期間で戦力化できる」
「ひょっとしてこれって……あなたの世界の武器なの?」
驚き問いかけるエリス。
俺は彼女に頷いた。
「ああ。『銃』という武器だ。本当は火薬という爆発する薬品を使うんだが、あいにくと俺は火薬の作り方を知らないからな。お前の封術の技術で、こいつの再現を目指す。帝国と戦うなら……最低でもこれが必要だと思うんだ」
「帝国と戦うために……」
エリスのこぶしが、固く握り締められるのが分かった。
その後、エリスとはいくつか突っ込んだ内容について話し合った。
銃床に内蔵する金属製スクロール……封術板と名付けた……のサイズ。その枚数。使用する封力石のサイズ。そして、開発スケジュール。
訊けば、封術陣そのものは簡単にできるらしい。
問題は、封術板の加工精度と爆発の出力調整。その辺りは加工精度に合わせて調整をかけるしかない、という話になった。
鍛冶屋にも協力を依頼しなければならないだろう。
なんとか簡単な試作品を作って、一ヶ月後の王都行きに間に合わせる。
王都のフリード伯爵の屋敷は十分な広さがあるらしいので、その庭でこいつの実演を行うのだ。
☆
エリスとの打合せを終えた俺は、その足でペントの街はずれの工房区画に向かった。
目的の鍛冶屋に入って声をかけると、店の奥から煤と熱で黒くなった大柄な筋肉質の親父が顔を出した。
「おお、坊ちゃんじゃねーか。また剣の手入れかい?」
この半年、魔物討伐のために結構な頻度で剣のメンテナンスを依頼しているので、彼とはもう完全に顔なじみだ。
「いや、今日はちょっと作ってもらいたいものがあって来たんだ」
「作ってもらいたいもの?」
「ああ。こういうものなんだが––––」
俺は懐から取り出したポンチ絵の紙を、カウンターに広げた。