第160話 交流会、という名のお祭り
「ボルマン様。この度は我が軍兵士に対し、このようなお心遣いを頂き、本当にありがとうございます!」
フリード軍の無精ヒゲ司令官ガラルドは、開口一番そう言って深々と頭を下げた。
俺は慌ててそれに応える。
「いえいえ、お礼を言わなければならないのはこちらですよ、ガラルド殿。旅をする者であれば、貴殿らがいかに苦労して旅程を短縮されたかは身にしみて分かります。我が領としては、皆さんの友情と、両軍兵士の献身にぜひ報いたかった。今回出店してくれている者たちも、二つ返事で引き受けてくれましたよ」
これは本当のことだ。
突然の出店要請に対し、ペントの商業ギルドも宿屋の女将たちも二つ返事で了承してくれ、わずか二時間ほどで多くの出店者が集まった。
背景には、彼らペントの住民が狂化ゴブリン事件のあらましをよく知っていた、ということがある。
魔物出現の報は、領主代行の俺の命でその日のうちに速やかに各町村に伝達され領民に周知された。
またフリード伯爵に直談判して援軍要請したことも、領民たちは噂で聞いて知っていたらしい。
自領の危機に対し、即座に行動を起こしたボルマン。
俺の要請を受け、迅速に応援に駆けつけたフリード領軍。
そして危険を顧みず、狂化ゴブリンの討伐に向かったダルクバルトの領兵たち。
彼らにしてみれば「自分たちの安全のため献身的に動いてくれた人々に恩返しするのは当然のこと。ましてこれは大きな商機でもある」。
商業ギルドの支部長からそう言われた俺は、深く納得したのだった。
「私としては、この機会に両軍の交流を図り、うちの領地のことも皆さんに知ってもらいたいですね。なにせダルクバルトは王国辺境の地ですから」
俺の言葉に、ガラルドが頷き応える。
「我々も隣領とはいくらか交流がありますが、それ以外の方と関わる機会はあまりないですからな。今回このような場を設けて頂けたことは、兵士たちにとっても良い経験になったと思います。……それに、家族や友人への土産を確保できた者も多いようですし」
ニヤッと笑ってウイスキーの瓶を掲げてみせるガラルド。
……って、おい。
それもう口開いてるじゃねーか!
「ダルクバルトの食べ物は、お口に合いましたか?」
苦笑する俺に、ガラルドは「もちろんですとも!」と大きく頷いた。
「私もこうして早速ご相伴にあずかっとりますが、ダルクバルトはメシも酒も本当に美味いですな。先ほど食べたタレ漬け肉と野菜の串焼きなど、酒のあてにぴったりですよ」
ワハハハ! と豪快に笑うお髭の騎士。
俺はここぞとばかりにうちの産品を売り込む。
「うちは辺境の地ではありますが、土地自体はかなり肥えてるんですよ。肉に野菜、それに果物。日持ちしないものが多いので、これまではあまり他領に売れませんでしたが、今フリード伯爵と進めている『テルナ川水運協定』が発効すれば、一日とかからずフリード領に運べるようになるはずです」
「おお、噂の協定ですな! この素晴らしい酒や食べ物が我が領でも簡単に手に入るとなれば、領民も喜ぶでしょう。たしか、来月の王都での叙任式に合わせて東部五領で調印を行うとか」
「その通りです。よくご存知ですね」
まさか、騎士である彼が例の協定のことを知っているとは。
「この半年、伯爵閣下は何度も各領に足を運んでその件を話し合って来られましたからな。我々も護衛でお伴した際におおよその説明を受けておるんですよ」
そうか。
フリード伯爵はそこまで動いてくれてたのか。
「これは、絶対に成功させなければなりませんね」
「我々騎士団としても、治安の観点から絶対に成立して欲しい協定です。互いの兵が協力する機会も増えるでしょうし、今後ともぜひよろしくお願いします!」
俺の提案で、動いてくれた人たちがいる。
ならばこちらも、準備を急がなければ。
俺はガラルドと固い握手を交わしたのだった。
☆
ガラルド、続いてケイマンとしばらく話した俺は、遅れてやって来たクリストフから声をかけられ、今日の報告を受けていた。
「それじゃあ、テナ村の者は全員が無事に村に戻れたんだな」
「はい。疲労や寝不足などで数名体調がすぐれない者がおりましたが、トーサ村の馬車を使い、全員スムーズに帰還させることができました」
「よし。……遺跡は今どうなってる?」
「テナ村に駐在させる兵士を2名増員して、交代で遺跡入口を見張らせておりますぞ」
「よくやった。とりあえずしばらくはそれでいいだろう」
俺はしばらく思案し、クリストフを見た。
「今後、帝国が探りを入れてくる可能性がある。明日から各街と村で、領外からの来訪者について氏名や外見などの記録を残すようにしてくれ。怪しいやつがいたら、すぐに俺に報告をあげるように」
「承知しました!」
いつものように、野太い声で返事をするクリストフ。
だが、いつもと比べると、声に張りがない気がする。
俺はクリストフの体をぽん、ぽん、と叩いた。
「数日にわたり、本当にご苦労だった。今回の件での俺からの最後の指示だ。『この交流会が終わりしだい、家に帰ってゆっくり休め』。明日からまた元気な顔を見せてくれ」
俺の言葉に、目を見開くクリストフ。
そして––––
「くっ……! お気遣い頂きありがとうございます! 儂はエチゴール家に……ボルマン様にお仕えできて幸せ者ですぞ!! 」
ボロボロと男泣きし始めた。
「わ、分かったから! 落ち着け、クリストフ!!」
慌ててなだめる俺。
まったく。
まさかこんな所で、いい歳こいたおっさんに泣かれるとは思わなかった。
きっと疲労が溜まり過ぎて、情緒不安定になってるんだろう。うん。
☆
なんとかクリストフをなだめ、一人で出店の状況を見て回ろうとフラフラと辺りを彷徨っていた時だった。
「あの、ボルマンさま……」
後ろから聞こえた愛しい少女の声に振り向くと、彼女がもじもじしながら立っていた。
「ああ、エステル。楽しんでくれてるかな?」
俺が笑いかけると、少女はやっといつもの微笑みを返してくれた。
「はいっ。色んなお店が出ていて、皆さんすごく楽しそうで……。わたしもエリス姉さまとカレーナさんと三人で、果物のジュースとフルーツクリームサンドを頂きました」
「お味はいかがでしたか? お嬢様」
「も、もうっ! からかわないで下さい。……とても美味しかったですよ」
頬をぷくっと膨らませ、それでもスイーツの味を思い出したのか、すぐにその頬をゆるませるエステル。
可愛い。
「そういえば、一緒にいた二人はどこ行ったの?」
ちょっと前に見たときには、女子三人でキャッキャウフフでスイーツ充していたはずだ。
あの二人、エステルを置いてどこに行ったんだ?
「エリス姉さまはケイマン様と、カレーナさんはフリードの封術士の方とお話しになってます」
「え、じゃあ、今一人?」
「ええと、はい。一人です。……それで、もしボルマンさまがお忙しくなければ……」
もじもじと俯き気味に呟くエステル。
俺は背中をぴんと伸ばすと、左手を腰の後ろに、右手を婚約者の少女に差し出した。
「エステル嬢。よろしければ、ご一緒しませんか」
俺の誘いに彼女は、
「はいっ、よろこんで!」
笑顔の花を咲かせたのだった。
☆お知らせです!
拙作、
「くたびれ中年といじめられ少女 - 異端者たちの異世界戦記 〜「加護なし」と笑われ魔女の少女もろとも暗殺されかけたオッサンですが、実は最強の魔導具使いでした!」
……が、カクヨムにて開催されていた第3回ドラゴンノベルス新世代ファンタジー小説コンテストにて特別賞を頂きました!
まだ読まれていない方は、ぜひ一度読んでみて下さいね。
https://kakuyomu.jp/works/16816452220839519939
二八乃端月