第158話 情報戦の布石
誘拐事件を振り返ってみる。
エステルを攫いカエデを脅したラムズたちは、テナ村南の森一帯に封術結界を張った。
この時点で、遺跡に入ったのは、四人と二体。
その後、結界を破った俺たち五人が侵入した。
では、ラムズはなぜあれだけ強力で広範囲な結界を張ったのか?
もちろん遺跡探索を邪魔されないためだろう。
が、もし奴らに仲間がいれば、あんなことをしただろうか?
仮に仲間がいたとすれば、そいつらを遺跡入口付近に潜ませ、侵入者があれば都度潰せばいい話だ。
陽動としてオフェル村を狂化ゴブリンに襲わせてる訳だから、大きな戦力が来ることはない。
封術結界は、かなり目立つ。『中で何かが起こっている』ことを大々的に宣伝するようなものだ。おまけに仕掛けも大掛かり。
それらのデメリットを考慮してもあれを使ったということは、他に仲間がいなかった可能性が高い。
そもそも仲間がいれば、俺たちの遺跡侵入を黙って見ていることはしないだろう。
オフェル村を襲撃させた狂化ゴブリンにしても、他に人がいたならもう少し上手く使ったはずだ。
以上の理由から、『今回の事件に関して実動したのは、ラムズとジクサーの二人だけだった』と推測できる。
「なあ、スタニエフ。なぜラムズとジクサーは『このタイミングで』エステルを誘拐したと思う?」
「え、僕ですか?!」
突然話を振られた賢い方の子分は、ぎょっとして慌てて考え込む。
「…………領主様がダルクバルトを留守にしていたから、でしょうか」
「その心は?」
「領主様の護衛のために、一時的にペント駐在の兵士が減っていました。警備が手薄になっていると考えたのでは?」
なるほど。
さすがスタニエフ。良い着眼点だ。
「たしかにあの時、5名の兵士が父の護衛に出ていたな。お前が言うように、警備が手薄になっていたという理由もあるだろう。––––ジャイルズはどう思う?」
「え、今度はオレ?!」
先ほどのスタニエフと同じような反応をするジャイルズ。
「うーん、うーん……」
あまりこういう質問をしたことがなかったからだらうか。
脳筋の方の子分は、しばらく頭をひねっていたが––––、
「わかんねえーー」
そう言って、魂が抜けたようになってしまった。
「思うに、あのタイミングで連中が動かざるを得なかったのは、狂化ゴブリンの集落を俺たちに発見されたからじゃないだろうか」
俺の言葉に、エリスが反応する。
「今回のあいつらの動きは、帝国にとっても想定外だったということ?」
「ああ。一概に比較はできないだろうが、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』では、ティナを攫い遺跡を探索するために、二つの村を滅ぼしていた。現実のオフェル村の襲撃が中途半端だったことを考えても、準備不足のままラムズの独断で動いた可能性が高い」
俺は続けて、ラムズとジクサーに仲間がいなかったと思われる理由を説明した。
封術結界のこと。
俺たちが誰にも妨害されず、遺跡に入ることができたこと。
その上で、こう結論づけた。
「皆が知ってる通り、ダルクバルトは辺境の小領だ。外部の人間が入り込めばすぐに分かる。おそらく今現在、領内に帝国の間者はいないはずだ」
「つまり『真実を知っているのは私たちだけ』ということね?」
エリスが俺が言いたいことをまとめてくれる。
「そうだ。そして俺たちはこの情報のギャップを利用して、帝国に情報戦を仕掛ける」
「情報のギャップ? 情報戦???」
カレーナが首を傾げる。
「遺跡の中での出来事を『僕たちは知っているけど、帝国は知らない』ということを利用して、帝国に偽情報を流して混乱させる、ということですよ」
カレーナの隣に座ったスタニエフが、彼女をフォローした。
「そう、その通り。帝国が入手できる情報は、すでに兵士たちが知っている『遺跡の入口が開き、俺たちが人質を連れて戻ってきた』というところまでだ。そこで––––」
俺はカエデの方を見た。
「ティナのペンダントを遺跡の奥に隠し、祭壇の間と水天の間の扉を再封印する。公には、入口のみ開いたことにしておくんだ。なんならそこまでは観光地として開放してもいい」
「……分かりました」
複雑な表情で頷くカエデ。
やはりユグナリアの聖地の観光地化は抵抗があるんだろうか?
その件はあとで話し合ってみよう。
それはともかく––––
「実は今、話しながら思いついたことがあるんだが」
俺の言葉に、正面のエリスが眉をひそめた。
「…………また、突飛なことじゃないでしょうね?」
露骨に嫌そうな顔をする天災少女。
––––そんな顔しなくても。
「っていうか、突飛ってなんだ、突飛って?!」
「貴方がそうやって薄笑いしながら話をする時って、大概、突飛でロクでもないことが多いのよ」
「ひ、ひどい……」
軽くショックを受けて、エステルの方を見る。
一瞬きょとんとした彼女は、次の瞬間、にこりと俺に微笑んだ。
「わたしは、ボルマンさまを信じてますから」
エステル天使。
マジ天使。
その微笑に、俺のSAN値が急回復する。
俺は、ごほん、と咳払いをして皆を見回した。
「帝国に流す情報だが…………どうせ偽情報を流すなら、『カエデとエステルが遺跡の中で置き去りにされ、ラムズとジクサーは雲隠れした』ことにしてもいいかな、と思っただけだ」
俺の言葉に、皆があっけにとられるのが分かった。
☆
オフェル村での昼食後。
俺たちは領都ペントに向けて出発した。
とばせば半刻ほどで着く道のりだが、食後ということもあり、ややゆっくりめのペースで馬を歩かせる。
食後の散歩としてちょうどいい運動になった。
☆
一刻後。
ペントの街の北門に近づくにつれ、わさわさと動く兵士たちの姿が見えてきた。
どうやらテントの設営をしているらしい。
翻っているのは、フリード領軍の旗。
ケイマン率いる騎馬小隊に遅れること一日。
本来の主力、歩兵の一個中隊だろう。
「おお、ボルマン様! エリスお嬢様!!」
真っ先に俺たちに気づいて出迎えてくれたのは、今日の朝、テナ村で別れた騎士ケイマンだった。