第156話 顔を赤らめる者たち
☆
リードの決意表明のあと。
俺は村長を呼んで立ち合わせた上で、三人にあらためて条件を提示した。ちなみにダリルとは先に話を詰め、口頭で合意している。
彼らに説明した条件は、以下のとおり。
1.ダリルとティナは俺の保護下に置き、その身の安全を俺が守ることとする。
2.ダリルとティナ、リードは、エチゴール屋敷の使用人宿舎に居住する。
3.ティナのペンダントは、所有権確認の取り決めを交わした上で、俺が責任を持って管理する。
4.ダリルとリードは俺の被雇用者として指示された仕事をして、俺は彼らに給金を支払う。但し、宿舎の家賃は天引きする。
5.リードは俺たちがこの半年やってきたブートキャンプに参加する。
6. ティナは本人が希望するなら、護身術を学ぶ環境をつくる。
……ざっとこんなところだ。
内容については、その場でスタニエフにメモしてもらった。
同時に村長には、ペンダントの所有権確認と管理についての契約書をその場で作成してもらう。
「リード、条件に異存はないか?」
ひと通り説明したあと尋ねると、ゲームの主人公は目を丸くしていた。
「給金って……お金がもらえるのか?」
「ああ。領兵として雇用するには歳が足りないからな。お前は俺の私兵として雇用する。あまり多くはないが、生活に困らないくらいには渡すつもりだ」
「……なぜ、俺にそこまでするんだ?」
不審げな顔をするリード。
俺は噴いた。
「別にお前のためじゃない。雇用した形にしないと、魔物討伐やらの危険な仕事に同行させられないだろ? 模擬戦で上げられるレベルはせいぜい7〜8くらいまでだ。剣やら何やらの基礎的な修練が終われば、お前にも領内の魔物討伐に参加してもらう。俺も直接ティナを守ってる訳にもいかないし、お前にもちゃんと仕事をしてもらう、ってことだ」
「そ、そうかよ……」
口の端をピクピクさせるリード。
どうやら給金が嬉しいらしい。
「その代わり、仕事中にケガして障害が残ったり、死んでも恨みっこなしだぞ。もちろんそうならないように気をつけるし補償もするが、戦士として生きる以上、そこは覚悟しておけ」
「分かってるよ!」
「お前だけじゃない。お前の母親も説得しとけよ」
リードには、この村に母親と妹が、王都に王国騎士の兄がいる。
兄の説得は後回しになるだろうが、少なくとも母親くらいには説明して同意をとりつけて欲しい。
「わ、分かったよ……」
途端にテンションが下がるリード。
おそらく母親を説得するのが大変だと思ったのだろう。
「…………」
まあ最悪、俺が直接 OHANASHI すればいいか。
できればやりたくはないが。
俺は皆を見回した。
「––––さて。話は以上だ。三人はこの一週間で引っ越しの準備をしておけ。来週、リードとティナが行った避難者救助の件で村で表彰式をやるから、そのタイミングで引っ越せるようにしろ。こちらも受け入れ準備をしておく。異存はないな?」
「はい。よろしくお願い致します」
「わ、わかった」
それぞれ返事をするダリルとリード。
「それじゃあ、お前たちは今日はこれで解散だ。俺たちは昼飯を食ったら領都に戻るぞ」
仲間たちが頷いた。
☆
ダリルと書面を交わしてペンダントを預かった俺たちは、彼らを帰宅させた後、村長宅で昼食をとった。
老メイドのミターナは俺たちの様子から察して先に仕込みに入ってくれていたらしく、さほど待つことなく温かいご飯にありつくことができた。
この家の食堂でこのメンバーで食事をとるのは、数日ぶりだ。前回は、狂化ゴブリンの集落を威力偵察した日の夜だった。
その時の経験からだろうか。
ジャイルズとスタニエフの席の前には、バゲットが盛られたカゴが、でん、と置かれていた。きっと前回補充したことを覚えていたのだろう。
さすが古くからこの家を守るベテランメイドだ。
「エリス、さっきはありがとう。助かったよ」
俺は、長テーブルを挟んで向かい側に座った天災少女に声をかけた。
「お礼を言われる筋合いはないわね。見ててイライラしたから、つい口が出ちゃっただけよ」
苦笑するように片頰をつり上げ、そんな言葉を返すエリス。
こいつがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
「まあ動機はどうあれ、助かった。あれを俺が言えば、ティナはますます俺を恐がって不信感を募らせただろうからな」
彼女と信頼関係を築くのは、かなり大変そうだ。
過去の経緯とペンダントの取り上げのせいで、たぶん俺の信用度は地の底まで落ちている。
––––今後ティナと関わる時は、誰か女性陣に間に入ってもらった方がいいだろうな。
そんなことを思いながら、今度は右隣の婚約者に顔を向ける。
「エステルもありがとう。あの平手打ちがなかったら、ティナが俺たちの話を聞くことはなかったと思うよ」
俺の言葉を聞いたエステルの顔が、みるみるうちに赤くなる。
「い、いえっ……。わたしも、ボルマンさまが蔑ろにされたように見えて、つい…………」
耳まで赤くなり、恥ずかしそうに俯くエステル。
可愛い。
そんな彼女を見ていると、ついイジワルを言いたくなってしまう。
「いや。あの一発がティナの姿勢を変えさせたんだ。本当に見事な平手打ちだったよ。うん」
「も、もうっ。あの時のことは忘れてくださいっ!」
両手で顔を覆い、恥ずかしがるエステル。
なんだこのかわいい生き物は……。
天使か???
尊すぎる……(*´Д`*)
彼女をいじった俺は、逆に自分まで顔が熱くなるのを感じたのだった。
「ご、ごほんっ! ところで……」
周囲の生温かい視線を感じた俺は、一回咳ばらいをすると、今度はエステルの隣に座る彼女のメイドに声をかける。
「ペンダントの件で、カエデに一つ訊きたいことがあるんだが?」
「……なんでしょう、ボルマン様?」
アキツ国の皇女は、妙に冷ややかな視線をこちらに返したのだった。