第153話 お話しの時間
「リード、ティナ。繰り返して言うぞ。『話を最後まで聞け』」
俺は二人に向けて言い放った。
二人の反応は––––
「いやよ! また適当なことを言って、私たちを騙すつもりでしょ?!」
「……っ。半年前、アンタは『自分に協力すればペンダントを諦める』と約束したはずだ! あの約束を反故にするのか?!」
リードの問いに、思わずたじろぐ。
確かにあの時、俺は『遺跡に同行すればペンダントを諦める』と約束した。
だが今の状況では、ティナにペンダントを持たせておく訳にはいかない。
「……状況が変わった。お前たちを同行させようと思っていた件はその必要がなくなって、代わりにそいつにそれを持たせておく訳にはいかなくなったんだ」
「ぐっ……! 見損なったぞボルマンっ!! ひょっとしたら心を入れ替えたんじゃないかと思ったのに!!!!」
悔しそうに顔を歪め、怒りに体を震わせるリード。
その姿を前に俺は、
––––ああ、こいつはいいヤツだ。
そんなことを思った。
人を信じようという姿勢。
まっすぐな心持ち。
やはりこいつは主人公なんだ、と。そう思わずにはいられなかった。
「だから、話を聞けと––––」
「問答無用っ!!!!」
もちろん、年相応の未熟さはあるんだけれども。
「はぁああああああっ!!」
木剣を中段に構え、突っ込んでくるリード。
その剣身が、炎を纏う。
火炎斬。
以前、俺の尻に火をつけた技だ。
当たれば痛い。そして熱い。
ただまあ、
「当たれば、だがな」
俺はまっすぐリードを見据える。
腰には剣身に布を巻いた『ひだりちゃんの剣』。
刃を覆っているとはいえ、こいつで彼を殴る訳にはいかないだろう。
たったったっ––
リードが目の前に迫る。
俺は向こうの間合いに入る直前に、片脚を踏み出した。
「火炎斬っっ!!!!」
腕を振り上げ、頭上で半円を描くように剣を回し、そのまま袈裟斬りしようとするリード。
俺はもう一歩踏み込み、左手で相手の手首を掴んだ。そしてそのまま右手でリードの胸元を掴み、引き寄せる。
「っ!?」
背負い投げ。
なるべくゆっくり、受け身がとれるように手加減する。
リードの体が回転し、地面に落ちる。
ドサリ
木剣が転がり、纏っていた炎が消えた。
茫然とした顔で空を見上げるリード。
「話を、聞けというのに」
リードの木剣をジャイルズが拾う。
俺は地面に転がった主人公をそのままに、ヒロインのところに歩いてゆく。
「ひっ––––」
怯えた目で俺を見て、地に腰をついたままズリズリと後ろに下がろうとする、ピンク髪の少女。
俺は片膝をつき、彼女に目線を合わせる。
「頼むから、話を聞いてくれ」
「いっ……いやっ。こないで!!」
くそ。
どう見ても暴漢と被害者だ。
せっかく、領民の皆さまの印象も良くなってきたというのに……!
天を仰ぎ頭を抱えていると、俺の横を軽やかに少女が通り過ぎた。
そして––––
ぱんっ
やけに鮮明な平手打ちの音が、あたりに響いた。
「え……エステル?」
目の前で起こった光景に、誰もが固まっていた。
地に腰をついたまま片手で叩かれた頰を押さえ、茫然とエステルを見つめるティナ。
片膝をつき、叩いたままの姿勢でティナを見つめるエステル。
いつも優しく微笑んでいる少女の背中に、初めて怒りの感情を見た気がした。
「7回です」
「え……?」
投げかけられた言葉に、ティナは目の前のエステルを見上げた。
「ティナさん。あなたのお父さまは1回、ボルマンさまは6回、あなたとリードさんに『話を聞いてほしい』と訴えました。覚えていますか?」
「…………(こくり)」
小さく頷く、ティナ。
「それなのにあなたは7回とも、相手と話をすることはおろか、話を聞くことさえしませんでした」
エステルにそう言われたティナは、眉間にしわを寄せて俯いた。
「あなたとボルマンさまの間に過去に何があったのか、わたしは存じ上げません」
淡々と言葉を紡ぐエステル。
「ですが、繰り返し対話を求める相手を話も聞かずに拒否し続ける姿は、あまりに見るに堪えません。相手がボルマンさまであれば、『ダルクバルトの子豚鬼』であれば––––」
エステルの肩が震える。
「––––どんなに拒否しても傷つかないとでも思ったのですか?!」
「っ!!」
エステルの激しい叱責に、息をのむティナ。
エステルは一度だけ深呼吸すると、再び静かに語りかけた。
「せめて、お父さまの話を聞かれてから判断されてはいかがでしょう?」
諭されたティナの肩は、小さく震え––––やがてその頰を一筋の涙が伝った。