第150話 古き森の民の娘
「「!!!!」」
俺の一言を受け、片脚の元猟師が発した微かな殺気。
その殺気に気づき、こちら側の過半数が遠慮のない殺気を放った。
変わらないのは、俺とエステル。
いや、一人気配を消した子がいたか。
「……!」
目を見開くダリル。
あまりの圧に驚いているのか、あるいは自らの殺気を気取られたことへの驚きか。
遺跡の踏破とラムズたちとの戦いを経て、俺たちのレベルは35を超えていた。数字だけ見れば、王国騎士を相手に十分渡り合えるレベルだ。
それに伴って、ジャイルズやスタニエフでさえ気配探知のスキルを取得している。
––––だけどまあ、今は必要ない場面だな。
俺はすっと右手を挙げた。
「はい、お互いやめようか」
俺の言葉に、仲間たちの殺気が引っ込んでゆく。
次は、目の前の元猟師だ。
「なあ、ダリル。俺たちはお前や娘を害すつもりはない。むしろ守るためにここに来たんだ」
「……守るため、ですか?」
微笑を浮かべたまま、訝しげに問うダリル。
涼しい顔をしているが、きっと嫌な汗をかいているに違いない。
「ああ、そうだ。……その前に、彼女たちの紹介がまだだったな。順に紹介しよう」
「? ……ありがとうございます」
とりあえず殺気を収めたダリルに、俺はあらためて仲間を紹介する。
「俺とジャイルズ、スタニエフのことは知ってるな?」
「ええ。以前より存じ上げてます。あとカレーナさんのことも」
「そうか。じゃあ、エリスからだな」
俺は天災少女を手で示した。
「エリス・バルッサ・フリード嬢。フリード伯爵家のご息女で、王国封術院が誇る我が国最高の封術研究者だ。お父上の命で我が領に滞在されている」
「フ、フリード伯爵の……」
目を細めるダリル。
俺は次に、エステルを指し示す。
「彼女は、エステル・クルシタ・ミエハル嬢。ミエハル子爵家のご息女で、俺の婚約者だ。彼女も我が領に滞在している」
「おお、あなたが……。お噂はかねがね伺っております」
ティナの父親は神妙な顔で頭を下げる。
「よろしくお願いしますね」
微笑みながら会釈するエステル。
可愛い。
俺は最後にカエデを指し示す。
「彼女は、エステルのメイドのカエデだ」
「はあ、どうも……」
なぜ、わざわざ丁寧にメイドまで紹介するのか。
不思議そうに会釈するダリル。
それを見た俺は、言葉を付け加える。
「そして彼女は、遥か西方の島国、アキツ国皇王のご息女––––皇女であり、大精霊ユグナリアを祀る巫女でもある」
「はあ…………って、なんですって???!!!」
ダリルは驚愕に目を見開き、叫んだ。
俺は畳み掛ける。
「噂で聞いているかもしれないが、昨日の深夜、エステルが拐われた。犯人はエルバキア帝国の密偵二人。目的は、エステルを人質にカエデをおびき出し、テナ村にある湖底遺跡の封印を解かせることだった」
「て、帝国が…………」
青い顔で呟く元猟師。
「この世界には『遺跡』と呼ばれるものがある。知っているか?」
「…………知っています」
「帝国は今、その遺跡の封印を解くことができる『鍵』を探している」
ぴくり、とダリルの肩が動く。
どうやら彼も心当たりがあるようだ。
彼の妻……ティナの母親の、家系の秘密について。
「その『鍵』の一人が、アキツ国皇女であり、大精霊ユグナリアの巫女であるカエデだ。だがこの世には、彼女以外にも遺跡の『鍵』となり得る人間がいる」
「…………」
じっ、とこちらを見つめ続けるダリル。
一体こいつはどこまで知っているのか、と。探るような視線を投げかけている。
ならばその期待に、応えてやろうじゃないか。
「かつて東方大陸北方の森に『古き森の民』と呼ばれる人々がいた」
俺がその言葉を口にした瞬間、ダリルは目を丸くし、射抜くような目でこちらをにらんできた。
「古くからその地で精霊とともに暮らし、独自の文明を築いていた彼らは、東方大陸でのエルバキア帝国の建国と勢力拡大によってしだいに森の奥へ、奥へと追い立てられていった」
皆が俺の話に聞き入っている。
この場の誰もが知らない話。知っているのは恐らく、俺とダリルだけ。
この話は本来、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』後半に、ティナの本来の生まれ故郷である東方大陸の北の村で聞ける話なのだ。
ゲームと現実とで齟齬があるとまずかったが、ダリルの反応を見る限り、大丈夫そうだ。
「やがて森の最深部、聖地である『森の遺跡』付近まで追い詰められた彼らは、最後の集団的抵抗を試みて……帝国の圧倒的な力の前に敗北した。長寿で見目麗しい容姿の彼らは捕らえられ、世界中に奴隷として売られ離散。男も女も、老人も子供も。いくつもの家族が引き裂かれ、森の中で高度な精霊魔法を操った彼らの文明は、一つの遺跡を残して森の中に消えた」
「ひどい話だね」
息を吐いたカレーナが目を細める。
その隣では、凄まじい形相をしたエリスがこぶしを固く握り、膝の上で震わせていた。
「……やはり帝国は、滅ぼさなければならないようね」
隣に座るエステルは、悲しげな顔で俯いている。
俺はダリルを見た。
彼は、驚きと不安、警戒心が入り混じった複雑な顔で、俺に尋ねてきた。
「それで、その話と私たちに、何の関係があるんです?」
どうやら、まだとぼけるつもりらしい。
いいだろう。
ならばこの辺で終わりにしよう。
「ことごとくが帝国兵に捕らえられた古き森の民だが、ただ一人、彼らの王女と近くの村の人間の狩人の間に生まれた赤ん坊だけは、どこを探しても見つからなかった。父親と一緒に行方不明になったんだ」
微かに震え始めるティナの父。
「その女の赤ちゃんは、母親の家系に伝わる、ある石を受け継いでいた。碧く光る、特別な力を持つ石……『精霊石』。お前の娘が胸につけているペンダントに嵌め込まれた石が、それだ」
俺が言い切ると同時に、ダリルは天を仰いだ。