第148話 田舎の英雄
時を少しだけ巻き戻す。
テナ村を出た俺たちは、狭間の森を右手に、セントルナ山を左手に見ながら道を北上し、前日に狂化ゴブリンの襲撃を受けたオフェル村に向かった。
半刻ほどの移動時間。
隣のエステルと言葉を交わしながら馬を進める。
あんな事件があった後ということもあって、その時間はとても貴重なものに感じられた。
「君の服を持って来られなくてごめん」
俺の言葉に、首を振る村娘姿のエステル。
「あの状況で服をお借りすることができただけで十分です。本当に助かりました。服を貸して下さった兵士の方と持ち主である妹君には、後日あらためてお礼に伺わなければなりませんね」
そう言って彼女は笑った。
エステルが今着ている服は、テナ村の村人の家にあったものだ。
彼女に誘拐時の寝間着姿のままでいさせる訳にいかないので、クリストフになんとかならないか頼んだところ、若い兵士が自分の実家に妹の服があるかも、と探してきてくれたのだった。
「それにこの服、動きやすくて助かってます。馬に乗っていてもあまり疲れないのが良いですね」
「そうか、それはよかった。––––––––そういう服装の君も、新鮮でいいな」
「そ、そうですか……」
頰を赤らめるエステル。
可愛い。
元・箱入り貴族令嬢のエステルの村娘姿だ。
こんな姿、今後一緒にいても滅多に見られないだろう。
そのなんとも言えない初々しさに、胸が高鳴った。
☆
そうして楽しく馬を進めた俺と仲間たち。
が、オフェル村が遠目に見えるようになると、さすがの俺も少し緊張してきた。
今回、俺も豚父も狂化ゴブリンの討伐には参加していない。魔物を掃討したのは、クリストフをはじめとする領兵と、ケイマン率いるフリード領軍だ。
俺が村人なら思っただろう。
「普段は剣をぶら下げて威張ってるくせに、肝心なときには屋敷に引きこもって隠れてやがる」
一体、どれほど厳しい視線をぶつけられるのか。
正直なところ、想像もつかなかった。
そうして不安な気持ちのまま村の南門をくぐる。
が、到着した俺たちを出迎えたのは、意外な反応だった。
「おお、ボルマン様!」
「ボルマン様だ!!」
「ボルマン様がいらっしゃったぞーー!!!!」
わらわらと集まってくる村人たち。
…………え?
なに? この反応???
一瞬、『すわ、吊るし上げか?!』とも思ったが、どうもそんな感じでもない。
殺気立っている風ではないのだ。
むしろ寄ってくる村人たちの顔は、皆明るい。
しかもその反応は、大人だけじゃなかった。
「あ、ボルマンさまだ!」
「エステルさまもいる!」
「ボルマンさまーー!!」
馬のまわりに寄ってくる子供たち。
やばっ!
「み、みんな、下馬だ! 下馬!!」
そのままだと子供たちが危ないので、慌てて皆に号令し、俺自身も馬を降りる。
馬を降りた俺に、子供たちが手を伸ばしてきた。
「ボルマンさまーー!!」
「ボルマンさま、ありがとーー!!!!」
なぜか子供たちに服や腕を掴まれ、無理やり握手させられる俺。
いや、子供たちだけじゃない。
大の大人たちまでが、両手で俺の手をにぎってくる。
「ボルマン様っ!! 村を救って頂きありがとうございました!!!!」
「おかげさまで誰一人犠牲にならずにすみましたですじゃ」
「ありがたやー、ありがたやー」
…………なんだこれ?
ばーさまに至っては、全力で拝まれたんだが???
ほんの半年前まで、君ら俺の顔を見るや蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってたよね?!
それが、どうしてこうなった???
群がる彼らにもみくちゃにされながら、俺たちは必死で村長の家に向かったのだった。
☆
「おい、なんだそれは?」
開口一番「ボルマン様、この度は本当にありがとうございました」と深々と頭を下げる村長に、子供たちに揉みくちゃにされ、よれよれになった俺は、あらためて顔を引きつらせた。
「何が、でございますか?」
心底不思議そうに尋ね返す村長。
俺はよろけながら言った。
「俺は感謝されるようなことは何もしてないぞ? 昨日の魔物の襲撃のときだって、この村に来られなかっただろ?」
「何をおっしゃいますか。ボルマン様は、セントルナ北東の森での狂化ゴブリン討伐、村民への適切な対策の指示、果ては自らフリード領に赴いての伯爵様への軍派遣の依頼まで。この村を……住民を守るため、八面六臂の活躍をされていたではないですか」
いやまあ、確かにそれはやったけど。
領主代行として当たり前のことだろ。
「私どもはこの数日、いつ魔物に襲われるかと夜も眠れぬ日々を送ってきました。それでもなんとか乗り切れたのは『ボルマン様がきっと援軍を連れて帰って来られる』、そう信じ、心の拠り所にしておったからなのです。村に滞在した兵士たちが言っておりました。『ボルマン様は常に先頭に立ち戦っておられた』と。そして『必ずや、援軍を連れて戻られる』と!」
涙ながらに語る村長。
そうか。
そんな話になっていたのか。