第143話 ユグトリア・ノーツ②
『Q. オフェル村と周辺の領地を村出身の元王国騎士が継ぎました。さてここで問題です。元々継ぐ予定だった領主の息子は、どうなったのでしょうか?』
A.
「簡潔に言えば、親父が悪いことをして領地が減らされたんで、俺はダルクバルト領の南半分しか継げなかったんだ」
「「えっ……?」」
固まる人々。
「はははは……」
一人、空笑いする俺。
いやだってもう、こんなん笑うしかない。
しばしの硬直のあと、スタニエフが額を指で押さえながら口を開いた。
「み、南半分というと、南西のトーサ村と、南東のテナ村だけですか?」
「そうだな」
「領都のペントは?」
「リードの兄が治めてた」
「そ、それではまともな領地経営なんてできないじゃないですか! ダルクバルトの経済活動の7割が北部に集中しているんですよ!?」
テーブルに身を乗り出し、叫ぶスタニエフ。
「でもまあ、すぐにそんな心配をしなくてもよくなるんだけどな」
言いながら、思わず遠い目になる。
「何か、解決策があったんですか?」
「解決策というか…………村がなくなるんだ」
「……はい?」
ぽかん、として聞き返すスタニエフ。
他の仲間も固まったままだ。
「だから、村がなくなるんだ。魔物の襲撃を受けて。オフェル村はリードの兄貴たちが頑張って魔物を退治するんだが、トーサ村とテナ村は同じ日に魔物に滅ぼされて廃墟になる」
…………。
一瞬、部屋が静まりかえる。
そして、次の瞬間、
「「えぇええええええ????!!!!」」
仲間たちの叫び声が、家を揺らした。
俺の爆弾発言に、皆はしばらく二の句が継げなかった。
そしてそんな中、一番最初に口を開いたのは、意外なことに俺の隣に座る婚約者だった。
「それでボルマンさまは、事あるごとに魔獣の森の大暴走を心配されていたのですね」
呟くようにそう言ったエステルは、俺を見つめてきた。
「私とエリス姉さまがダルクバルトにやって来た日も、……クルシタの別荘でのあの約束の夜も、その話をされてました」
「ちゃんと説明しなくてごめん。いつかは話をしないと、と思ってたんだけど」
俺の謝罪に、首を振るエステル。
「大丈夫です。その『いつか』が今日というだけのことではありませんか」
にこっ、と笑う天使。
尊い……。
その時、しばらく考え込んでいたエリスが口を開いた。
「ちょっといいかしら」
「なんだ?」
「その『ゲーム』のシナリオだけど、要点だけでいいから最後まで説明してもらえるかしら。ひと通り聞いてから、考えを整理したいの」
「ああ、分かった」
そうして俺は、物語の中盤以降の話を始めた。
☆
誘拐犯の追跡。
世界各地の遺跡の探索。
ティナの奪還。
皇帝の暗殺と、新皇帝の即位。
邪神の力を得た帝国による空中要塞の完成と、オルリス教国家群への宣戦布告・侵攻。
帝国へのレジスタンス活動。
各地で発生する天変地異。
古の飛空船の復活。
そして、若き新皇帝との対決と、蘇った邪神との最終決戦。
かい摘んで、本当に要点だけを拾って説明する。
その場の全員が真剣に俺の話に耳を傾けていたが、話が進むにつれ、皆どんどん表情が青ざめていった。
まあ、当然だろう。
邪神の力を手に入れたエルバキア帝国は、赤子の手をひねるようにオルリス教国家群を下してゆく。
挙げ句の果てに邪神の復活だ。
まさに世界滅亡の危機と言えることが『ゲームのシナリオ』として予言されている。
これで青ざめないやつは鈍感力が高すぎだろう。なんせジャイルズですら青い顔をしていたのだから。
そうして最後、リードとティナが邪神を倒して故郷に帰り、ハッピーエンドとなったところまで話したとき、やっと部屋に安堵の空気が流れた。
☆
「なんというか……信じられないほど突飛で、壮大で、壮絶な話ね」
エリスが、眉間にしわを寄せてそう言った。
「ああ。だけど現実に起こり得る話だ。ゲームの設定通り、テルナ湖の下には遺跡が隠されていた。遺跡の入口もあった。そしてゲームのシナリオと現実を結びつけるもっとも重要な鍵が––––」
「その子ね(こいつだ)」
エリスと俺は、同時にそいつを指差した。
指差されたそいつは、
「ひだりちゃんは『こいつ』じゃないけぷー!! ぷん、ぷんっ!」
宙を跳ねて猛抗議した。
「ちょっと、整理するわね」
エリスの言葉に、皆が頷く。
同時に俺は賢い方の子分に声をかけた。
「スタニエフ、メモを頼む」
「承知しました」
スタニエフは懐から紙とペンを取り出し、メモをとる準備を整える。
「まず、今回の事件から考えてみましょう」
エリスは唇に指を当ててしばし思案したあと、口を開いた。
「今回の事件の一番分かりやすい起点は、エステルの誘拐ね。……犯人は帝国の間諜二人。そしてこの誘拐は、アキツ国皇女のカエデをおびき出し、言うことをきかせるための人質の確保を目的とする犯行だった」
びくん、と肩を震わせ、厳しい視線を俺に投げるカエデ。
俺はその視線を受け止め、真っ向から睨み返した。
「なあ皇女さまよ。俺もぜんぶ吐き出したんだ。あんたもいい加減、腹を決めろ。俺と彼女たちはエステルを救い出し、あんたも助け出した。それはアキツ国の皇族として、そんなにも軽いことなのか?」
俺の激しい言葉に、表情を崩し、怒るような、泣きだしそうな顔をするカエデ。
一瞬の葛藤のあと、彼女は音もなく立ち上がり––––
「今まで素性を隠していて申し訳ありませんでした。アキツ国第53代皇王フミヒトが娘、カエデと申します。この度は、我が主、エステル様と私めを助けて頂き、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げた。