第140話 それぞれの顛末②
「––––以上が我々の報告ですぞ」
全体の損害についての話をしたあと、クリストフは彼ら側の事件の顛末を語った。
それは、ざっと以下のような内容だった。
☆
俺たちがカエデさんを追って南のトーサ村方面に出立した直後、クリストフとケイマンはそれぞれの手勢を伴ってオフェル村に出発した。
途中、セントルナ北東の森の入口で、ゴブリンの集落の様子を確認するため斥候1名を放ち、他の者はそのままオフェル村へ。
村に近づいたところで、彼らは狂化ゴブリンたちを視認する。
敵の数は30体近く。
だが魔物たちは、数日前から村人総出で作っていた堀と柵のせいで村への侵入に手間取り、村の周りをウロウロしていた。
「ウロウロ?」
思わず聞き直した俺に、クリストフは頷いた。
「さよう。ウロウロですぞ。あれは、そうとしか言いようがないですな」
「なんだそれは?」
首を傾げる俺に、ケイマンが補足してくれた。
「虚ろな目で村に近づいては堀に落ち、ダラダラと這い上がってはまた村に近づいて堀に落ちる。たまに柵に取り付いたものがいても、またバランスを崩して堀に落ちる訳です。狂化の影響なんでしょうか。まるで自我を持たない操り人形のようでしたよ」
なるほど。
操り人形、ね。
これは文字通りの意味だな。
ちら、とエリスの顔を見る。
彼女は、小さく頷いた。
「……ボルマン様。何かお気づきですか?」
俺とエリスの無言のやりとりを見た騎士ケイマンが尋ねてきた。
「ああ。後で説明する。とりあえず今は報告を続けてくれ」
「承知しましたぞ!」
ケイマンはやや腑に落ちないような顔をしていたが、クリストフは豪快に頷いた。
ウロウロと村の周りを徘徊し、堀に落ちる狂化ゴブリンたち。
クリストフたちはそんな魔物たちを不審に思いながらも、即座に攻撃を決断。敵の背後から急襲した。
奇襲を受け、虚ろな顔のまま錆びた斧やら剣を振り回す魔物たち。だが自我を失った魔物は、よく訓練され士気の高い兵士たちの敵ではなかった。
本格的な戦闘は三十分と経たずに終わり、兵士たちはすぐに掃討戦に移行。
村に侵入していた十体足らずの魔物を討ち取り、間もなく戦闘を終了した。
被害確認などを行っているうちに、魔物の集落の確認にやっていた斥候が戻り、集落がすでにもぬけの殻であったことを報告。
その報告を以て脅威がなくなったと判断したクリストフたちは、狭間の森に避難している村人たちを助けに向かった。
ケイマンによれば、リードとティナの話を聞いたのはこの時らしい。
村人全員を村に戻して被害を確認したところ、戦闘時に軽傷を負った兵士が数人いただけで、村人には怪我人もなし。
狂化ゴブリンの大規模襲撃というダルクバルト領の歴史に残る大事件は、最終的に死者ゼロという驚くべき結果で幕を下ろしたのだった。
一方、兵士たちが狭間の森で村人の救助活動を行っている頃、オフェル村の南門に一人の兵士が辿り着いていた。
彼は、俺……つまりボルマンからの伝言を携えており、誘拐犯が帝国の密偵であること、テナ村住民を領都ペントに避難させること、俺たちが賊を追って遺跡に突入したことなどを報告した。
この報告を受けたクリストフとケイマンは、オフェル村住民の帰還が完了するや、すぐに兵を率いてテナ村に向けて出発。
いざ、遺跡に捜索隊を送り込もうというところで、俺たちと再会したわけだ。
––––これで、ゴブリン討伐組の動きは大体分かった。
次は俺たちが彼らに誘拐事件の顛末を説明する番だな。
☆
「––––賊がエルバキア帝国の密偵、というのは間違いないのですな? しかも、あの狂化ゴブリンを操っていたと」
俺のかなり端折った話を聞き終えたクリストフは、ううむ、と唸った。
「ああ。テナ村に張られていた封術結界は、エリス嬢によれば帝国の術式だったそうだ」
俺がそう言ってエリスを見ると、彼女は端的に「間違いないわ」と返してきた。
「狂化ゴブリンの件も確かだ。遺跡の最深部まで行けば奴らが連れていたゴブが二体転がってるぞ」
さらに、ううむ、と唸る我らが領兵隊長。
隣のケイマンも深刻な顔で呟いた。
「先ほどボルマン様が仰っていたのは、そういうことだったのですか……」
「恐らくオフェル村を襲ったゴブが堀の周りをウロウロしてたのは、大雑把な命令のせいで目の前の状況に対応できなかったんだろう」
思考停止してたんだろうな。たぶん。
「オルリス教の国では帝国式封術を学ぶ機会などまずないからな。あれだけ強力な結界を張り、狂化した魔物を操る術を持ってるんだ。きっとあいつは帝国の中でも相当な遣い手だったんだろうさ」
俺の説明に、クリストフとケイマンもそこまでは納得したようだった。
「しかし、帝国の目的は何だったのでしょうな。ここまで大掛かりな企みを仕掛けてくるほどの『何か』があの遺跡にあるのか……」
首を傾げるクリストフ。
(まあ、その『何か』は目の前にいる訳だが……)
俺はそばでふよふよと漂っている謎生物をちら見しながら、
「さあな。遺跡最深部で奴らが開けた箱の中には結局何もなかったしな。奴らも失望してたぞ」
––––すっとぼけた。
パーティーメンバーの何人かが、ぎょっとしたようにこちらを見る。
俺は無言で彼らを一瞥した。
これはまだ秘匿すべき情報だ、と視線で伝える。
と、今度はケイマンが口を開いた。
「遺跡の入口を開けるのがアキツ国の出身者でなければならない、というのも不思議な話ですよね。我が国とアキツ国は歴史的な繋がりがほとんどないと思うのですが」
「それも不明だな。俺も彼女に尋ねてみたが、心当たりがないそうだ」
そう言って、カエデを見る。
彼女は、
「はい。心当たりはございません」
俺の意図を汲んで、そう頷いてくれた。
彼女がアキツ国の皇女であることも、当分秘密にしておくつもりだ。
「そうですか……」
ケイマンも首を捻っていた。
すまないが、今開示できるのはここまでだ。
☆
こうしてゴブリン討伐組とエステル救出組の報告会は終わった。
「俺たちも、もうちょっとだけ打合せしたら寝るよ」
そう言って二人の騎士を食堂から送り出す。
バタン、と扉が閉まる。
その直後。
真っ先に口を開いたのは、やはり『彼女』だった。
「それじゃあ、本当の話をしましょうか。––––『だいすけ』さん?」
俺の名を呼んだ、エリス。
皆の視線が、俺に集まった。