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第14話 領地見学 (という名の初デート)

 

「お嬢様。見学先はどちらに参りましょうか?」


 馬車に乗り込んだところで、隣に座ったカエデが尋ねて来ました。


「そうですね。どういうところが良いのか……。ボルマンさまは、何かご希望はありますか?」


 向かいに腰かけた婚約者の男の子は、うーん、と少し考えた後、わたしに視線を戻しました。


「エステル殿は普段、街に出られることはありますか? 今日はもう少ししたら日が傾きますし、遠出せずクルスの街を見てまわるのも良いのかな、と」


「クルスの街中ですか……」


 その言葉に、わたしは頭を抱えてしまいました。

 わたしが街に出るのは、用事がある時だけです。


「たまに買い物に出ることはあるのですが……そこが男性の、ボルマンさまの興味を引くとは、思えないのです」


 わたしの言葉に、ボルマンさまは小さく首を傾げました。


「ちなみに、どういうお店に行かれるのか、お伺いしても?」


「……はい。お菓子づくりの材料を買うために、小麦粉を売ってるお店や、果物を売っているお店に時々足を運びます」


 するとボルマンさまは笑顔で、ぽん、とひざを叩きました。


「それはいい! ぜひ、そこに行きましょう」


「え? でも、本当に普通の食材屋さんですよ?」


 わたしが戸惑いながら尋ねると、ボルマンさまは恥ずかしそうに首をすくめました。


「ダルクバルト領にはそのようなお店がないのですよ。小麦や野菜は自分たちで作ったものを村で共有してますし、果実は嗜好品なので収入の少ない我が領の領民は買うことができません。せいぜい、たまたま森で採れたものを口にするくらいです」


「まあ! そうなのですか……」


 わたしは驚きました。

 ミエハル領でもクルス以外の村では、村ごとに小麦を共有しています。

 ですが、野菜や果物を売るお店は村ごとにあって、皆さんそこで買い物をされているからです。


「分かりました。では、お恥ずかしながら、私がよく行くお店にご案内しますね」


「ええ。ぜひお願いします」


「カエデ、いつものお店にお願いします」


 こうして私たちは、街に出かけることになりました。





「へえ、これがギフタル小麦ですか」


 ボルマンさまが、ギフタルの小麦粉の入った小皿を興味深そうに観察しています。


「純白の粉なのに、ところどころ金色に輝いてますね。初めて見ました」


「はい。ギフタルの小麦粉で作ったパンはすごく柔らかくて、甘みが強いんです。よほど焦がさない限り真っ白に焼けるので『白パン』と呼ばれています。お昼に召し上がって頂いたパンが白パンですね。ギフタル小麦は我が領の主要な産品なんですよ」


「ああ、あれが噂に聞く『白パン』でしたか。うちで食べている黒パンとは比較にならないな、とは思っていましたが」


 ボルマンさまは感心したように何度も頷くと、わたしの手元の袋に視線を移しました。


「そういえばエステル殿は、先ほど普通の小麦粉を買われてましたよね。価格もそんなに変わらないみたいですが、何か理由があるのですか? お菓子づくりに向かないとか」


「いえいえ、ギフタルで作ったクッキーはとても美味しいですよ。上品で華やかな風味が出るんです。わたしがギフタルを使わないのは…………理由、という程ではないのですが、普通の小麦の素朴な風味が好きなんです」


「なるほど、そういうことでしたか。先ほど頂いたアップルパイも上品ながら家庭的な味わいで、どこか懐かしい感じがしましたね」


「そ、そんなことは……」


 ボルマンさまの優しい微笑みに、顔がほてってくるのが分かり、思わずうつむいてしまいます。


「さて、次は果物のお店でしたか。楽しみにしてますよ!」


 ボルマンさまはニコニコとそんなことを仰います。この方は天然の女たらしなんでしょうか。




 果物のお店でも、ボルマンさまは興味しんしんでかごに盛られた様々な果実を見ていました。



「エステル殿、ちょっといいですか? これなんですが……」


「ええと、これは南の地方の……」



「エステル殿、これ、試食できるみたいですよ!」


「あ、おいしいです……」



「あの、ボルマンさま、これ食べてみてください」


「おお、美味しい!!」



 こうしてその日は、二人でわたしがよく行くお店を巡り、楽しい時間を過ごしたのでした。





 翌日は、ボルマンさまが領内の農村を見てみたい、と仰っていたので、馬車で半日ほどのところにあるクルシタ家の別荘地に行くことになりました。


 泊まりでの視察となりますが、わたしを含め家族が頻繁に滞在する別荘なので、使用人が何人か常駐しており食事や部屋の準備に困ることはありません。


 ボルマンさまは次の日の午後に出立されるということで、一泊して翌朝には別荘を出るという旅程になりました。




「街道以外の道も、ちゃんと石が敷き詰められているんですね」


 別荘に向かう馬車の中で、ボルマンさまが感心したように仰いました。


「道に石が敷かれているのは普通だと思っていたんですが、違うんですか?」


 わたしはミエハル領から出たことがなく、よその領地には行ったことがありません。


「王国が整備している街道にはきちんと石が敷かれてますけどね。こういう枝道は各領地が管理していますから、お金があって、領主がその大切さを理解していないと、なかなか整備はされないものです。我が領を含め、枝道は土を踏み固めただけ、というところがほとんどでしょう。この道ひとつ見ても、お父上がどれだけ優れた為政者なのか、よく分かります」


 ボルマンさまは目を細めて窓の外を眺めながら、そんな話をされました。


「そうなのですか。……お恥ずかしい話ですが、そこまで意識したこともありませんでした」


 わたしがそう言うと、ボルマンさまは慌てたようにこちらを向かれました。


「ああ、すみません。つまらない話でしたね」


「いえ、わたし、外のことをあまり知らずに生きてきてしまいましたので……とても面白いお話でした。よかったら、もっとお聞かせ下さい」


 わたしが微笑むと、ボルマンさまは少しだけ意外そうな顔をされました。


「そ、そうですか。分かりました。では、こんな話はいかがでしょう。…………」


 それから、向かいに座った男の子は、色んな話題を面白おかしく語って下さいました。


 昨日から思っていることですが、ボルマンさまはとても博識です。

 また、よくものを見ておられ、それに対して疑問を持ち、自分なりの見解を持とうとされているように思います。




 わたしには六人の兄がいます。

 まだお屋敷に一緒に住んでいて、たまに話をするお兄さまもいれば、成人して外に出られ、顔もよく知らないお兄さまもいます。


 ですが、ボルマンさまほど博識で機知に富み、何より思いやりのある男性は、わたしの身近にはいないように思います。


 この方であれば、将来きっと素晴らしい領主、そして夫になるでしょう。


 わたし、こんな方と婚約させて頂いて、本当にいいのでしょうか?



 ボルマンさまの話を聞きながら、そんなことを考えていた時です。


 突然、馬車の前の方から馬のいななきと、御者が「どう、どう、どう!」と叫ぶ声が聞こえ、馬車が急停車しました。


「何があったのです?!」


 カエデが前の窓を開け、御者台に向かって叫びます。


「ゴブリンの襲撃です!!」


 その言葉に、わたしは背筋が凍りました。



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