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第128話 異形

 

 非情な音とともに閉ざされた、祭壇の間の扉。

 一瞬の静寂。


「な、なんで?!」


 扉の取っ手に手をかけ、押し引きするエリス。

 が、扉は微動だにしない。


「お、おいっ。まさか閉じ込められたなんてことは……」


 うろたえるジャイルズ。


「手を貸せ、スタニエフ」


「はいっ!」


 俺とスタニエフも駆け寄り、今度は三人がかりで体重をかけて押す。


 だが扉はびくともしなかった。

 ガタつきすらしない。まるで最初から溶接でもされていたかのように。


 その時、後方から嫌な声が響いてきた。


「……まったく。どいつもこいつも」


 妙にしゃがれた、不気味な声。

 一斉に振り返った俺たちの目に入ってきたのは、祭壇の壇上に立つバケモノだった。




「なんだよ、あれ……」


 呟くカレーナ。

 その言葉は、おそらく俺たち全員の気持ちだった。


 腰の曲がった老人のような姿勢で立つラムズ。


 その右腕は不自然に肥大化し、巨大な鎌のように変形し、床に突き刺さっていた。


 刺された床には鎌の先から金色の光が注ぎ込まれ、まるで水でも注いでいるかのようにあたりに光が波打っている。

 それらの波は床を這い、壁を這い、天井を這って、巨大な広間全体を覆っていた。

 そしてそれは、今しがた閉ざされた扉にも。


「今さら逃げられるとでも思ってるんですかねぇえ?」


 爛々と輝く金色の瞳でこちらを睨みながら、しゃがれ声で呟くラムズ。

 次の瞬間、その背中が不自然に膨らんだ。


「おいおい、ヤバそうだぞアイツ」


 カエデさんをおぶったジャイルズが、呟く。


 ボコッ ボコッ


 脈打つ筋肉。

 ラムズの腕が、胴体が、歪に膨らみ、萎む。その度に纏っていた衣服が破れ散る。

 赤黒く染まっていく皮膚。


 ブシャッ、と嫌な音を立て、背中からサソリの尾のようなものが生えた。

 ーーーーいや、あれは腕だろうか? 象牙のような鋭く白い先端が光を放つ。


 メキッ、メキメキッ


 背中から生える()は一本、二本、と数を増やし、音を立てて伸びてゆく。


「コォオオオオオ……!」


 グチャ ブシュ バリッ ブシャッ


 それはもはや人間ではなかった。

 動物や、魔物ですらない。


 異形。

 この世のものではない何か。


 祭壇を覆わんばかりに肥大化したそれは、巨大な蜘蛛のような、蟹のような巨体をブルブルと震わせた。

 そして真ん中の本体に取ってつけたように埋め込まれたラムズの顔が、こちらを見る。


 それを果たして人の顔と言えるのか。

 まるで画像加工で横に引き伸ばしたように変形し肥大化した目鼻と口が、ニタリと嗤った。


「さア、食事ノ時間デすヨ」


 化け物が、六本の脚でゆっくりと動き始めた。




「ジャイルズ、カエデを柱の陰に! 戦闘準備!!」


「お、おう!」


 慌てて武器を構える俺と仲間たち。


 できれば正面から戦いたくない。せめて地上に引っ張り出して、数で押すべきだ。

 だが敵はそれを許すつもりはないらしい。


 なんの力だか知らないが、金色の光が部屋を覆っている限り、おそらく扉は開かない。

 その光の出元がラムズである以上、ヤツを倒さない限り脱出することもできないだろう。


 俺は婚約者に顔を向ける。


「エステルはカエデさんのところに」


「わ、私も戦います!」


 詰め寄るエステル。

 だが、


「武器も防具もなしじゃ、さすがに……さ」


「あっ……」


 自分の格好を見て、エステルは顔を赤らめた。


 彼女は拐われてきた時のままーーつまり寝間着姿だった。そこに男物のマントを羽織っているだけ。

 当然、武器も持っていない。

 カエデさんの薙刀は、ホール中ほどの壁際に落ちている。拾いに行くにはちょっと遠い。


 少女は一瞬ためらったあと、俺に顔を近づけた。


「……ご武運を」


 エステルは、小声でそう告げるとパタパタとカエデのところへ走って行く。


 ーー護らなければ。

 この命にかえても。




 化け物と化したラムズは寄り道をしていた。

 余裕の表れだろうか。エリスの封術で血塗れになっているジクサーのところに向かったのだ。


「な……んだ、それは?」


 もはや人を捨てた仲間の姿を、両膝をついたまま見上げる帝国の剣士。


「コドモ相手ニ、トンダ無様デスネぇ。(オルリス)モ失望さレテマすヨ」


「き、貴様、まさか禁忌に……」


「役ニ立タなイアなタヲ、セメテ役立てテアゲまショウ。我ガえさトシてネえ!」


 ラムズが鎌の腕を振り上げる。


「うおっ、おおおーーーー」


 叫ぶジクサー。

 振り下ろされる刃。


 グサッ


 まるで昆虫標本のように。

 背中から鎧ごと串刺しにされるジクサー。

 貫かれた腹部から赤い液体が滝のように流れ落ちる。


「グフッ……」


 口からも赤いものを吐き出したジクサーを、化け物はひょいと持ち上げた。


「アーん」


 胴体に張り付いた巨大な口が、ガバッと開きーーーー


 バキ グシャ ガリ グシャ


 鎧ごとジクサーを噛み砕く。

 化け物の口から流れる大量の液体。肉も、骨も、金属も、関係なく咀嚼してゆく。

 焦点が合わず感情を感じられない、虚ろな金色の目。


 やがて……


「ーーンべ」


 ガシャン、と吐き出された何か。

 それは血と肉に塗れた金属の塊だった。


「う……」


 カレーナが口を押さえた。

 俺もだ。胃から酸っぱいものが這い上がってくる。

 いつもは冷静なスタニエフも、能天気なジャイルズさえも、顔を真っ青にしてその光景を見ていた。


 カエデの看病をしているエステルと、すでに詠唱に集中しているエリスは不幸中の幸いと言えるだろう。あれを見なくて済んだのだから。


 食事を終えたラムズは、棒立ちになっている俺たちにゆっくり視線を移してゆく。


「アーあ。ヤはリ役立タずはマずイデスネぇ。ソレニ比べ、子ドモの肉ハ柔ラかクテ美味(ウマ)ソウダ」


 デカい口を歪め、にやりと嗤う化け物。

 ぞわり、と背すじが寒くなった。


 ラムズが、今度こそこちらに向かい動き出す。


「来るぞ! 俺とジャイルズとスタニエフが前衛、カレーナは遊撃。絶対にヤツを後衛に近づけるな!!」


「おうっ!」 「はい!」 「了解っ」


 俺たちは敵に向かって走り出した。




 走りながら、脳みそをフル回転させる。


 敵は見たことのない化け物。

 あんな異形の怪物、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』には出てこなかった。

 似たモンスターですら心当たりがない。


 この世界のモンスターも、舞台設定も、ほぼゲームに準じているはず。

 だからこそ今、俺たちはここにいるというのに。


 テルナ湖に遺跡があることを知っていたからここに来た。

 祠の入口と遺跡のマップを知っていたから、迷わず最短距離で突き進んだ。

 遺跡の出現モンスターを知っていたから、弱点を知っていたから、レベル差を埋めて最深部(ここ)まで来れたんだ。


 一体、何がどうしてああなった?


 ……いや。

 迷っている場合じゃないな。


 知らない敵なら、戦いの中で知るしかない。

 そのためには、とにかく皆で生き延びること。


 死中に活を求めるんだ。




 俺は並走するジャイルズとスタニエフに叫んだ。


「勝たなくていい。敵の攻撃を(しの)ぎきるぞ!!」


「「了解!!」」


 前を向いたまま叫ぶ二人。


 化け物が目の前に迫っていた。

 ニタリと嗤い、鎌の右腕を振り上げるラムズ。


 その時、後ろから叫び声が聞こえた。


「『爆轟(エクスプロージョン)』!」



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