第125話 突入
祭壇に祀られた、棺のような箱。
ゆっくりとその蓋が開いてゆく。
隙間から溢れだす光とともに。
蓋が完全に開き中から浮かび上がってきたのは、青白い光に包まれた何かだった。
柔らかな光を纏ったそれは、一振りの両刃の剣。
次の瞬間、俺の頭の中にある光景がよぎった。
☆
ゲーム『ユグトリア・ノーツ』終盤の、帝国との最終決戦。
主人公たちの活躍によって、次第に崩壊してゆく帝国の空中要塞。
その中枢。
近世ヨーロッパの王城のような内装の要塞にあって、明らかに異質な空間に、主人公たちは立っていた。
薄暗い中、煌々と明滅する多数の計器。
天井に向かって這う無数のチューブ。
床に描かれた巨大な封術陣。
そして、広い部屋の大半を占有する異形の装置。
部屋の中心には、膝をつく一人の男がいた。
豪奢な軍服を纏った、若き皇帝。
瀕死の彼は、ポタポタと血を滴らせながらゆっくりと後ずさり……背後の操作盤に手をかけた。
異形の装置が、不気味な音を立てて動き始める。
噴き出す蒸気。
封術陣が、金色の光を放つ。
ーーと、装置の奥に設置された5つの台座が輝き始めた。
宙に浮かぶ、5つの武具。
鎧、兜、籠手、脛当て、そして剣。
そのうちの1つ、籠手は、かつて主人公たちがある遺跡で手に入れるも、仲間の裏切りにより帝国の手に渡ってしまったものだった。
誰も装備できないイベントアイテムーー『大地の籠手』。
籠手の存在とそこに至るストーリーによって、他の4つの武具は、帝国が各地の遺跡から集めてきたものであることがプレイヤーに示唆される。
5つの武具は空中で渦を巻くように回転しながらその速度と輝きを増してゆきーーーーやがて眩い閃光を放つ。
大地に向かって伸びる、光の柱。
地が砕け、海が割れ、空が黒く染まる。
そして、空間が裂ける。
暗い裂け目から顔を出したのは、巨大なーー美しい女性のかたちをした何か。
焦点の合わない瞳に狂気を映したそれは、両手で裂け目を開いて半身を現すと、おぞましい声で絶叫した。
その声に、空を舞っていた帝国の飛空船が制御を失い、バタバタと海に落ちて行く。
耳を押さえる主人公たち。
急激に高度を下げ始める空中要塞。
あわや全滅、というところで部屋に突っ込んできたのは、主人公たちの飛空船だった。
間もなく、完全に姿を現した邪神ユーグナ。
主人公たちは邪神を倒すため、飛空船で彼女の下へ。
そして、ラストバトルが始まる。
☆
ゲーム内で邪神復活の鍵となった5つの武具。
その中で公式に名前が明かされているのは『大地の籠手』だけだった。
残りの4つの武具は、ただビジュアルとして作中で描かれるのみ。
イベントアイテムとして扱われることもなく、攻略本ですら名前が語られることがなかった。
だが…………。
今、祭壇の上で青い光を纏っている両刃の剣。
ーーそれがゲームの中で一度だけ登場したあの剣であることを、俺はなぜか確信していた。
細かなデザインなど覚えてない。
確たる証拠もない。
あるのは、設定が一致するという自分の記憶だけ。
だけど俺の直感は、二つが同じものであるとーーそして『絶対に敵の手に渡すべきではない』と訴えていた。
その剣に、帝国の封術士が手を伸ばす。
「うおおおおおおーーーーっ!!!?」
剣に触れようとしたラムズの全身が、飛び散る紫電とともに痙攣する。
ーーが、眼鏡の術士は手を引く様子はない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっっ!!!!」
人とは思えぬ咆哮とともに、金色の粒子を撒き散らしながら青い光の中に腕をつっこんでゆく。
禁術と封術の衝突。
剣を護ろうとする青き禁術と、それを打ち破らんとする金色の封術。
幾度も閃光が走る。
部屋の空気が、建屋全体が、震える。
その衝撃に、誰もが腕で顔を庇った。
俺も、子分たちも、エステルも、帝国の剣士も。
「……っ!」
はっと我にかえる。
俺は何をやってるんだ?!
今が『その時』じゃないか!!
誰もが目の前の光景に目が釘付けになっている。
敵も、味方も。
ーー突入するなら、今だ!
俺は子分たちの背中をど突いた。
「「痛っっ?!」」
「武器を構えろ」
慌てて剣を持ち直すジャイルズ。
盾を構えるスタニエフ。
振り返ると、詠唱中のエリスと目が合った。
頷く天災少女。
「行くぞ!!」
俺たちは、祭壇の間に突入した。
祭壇まで、目測80m。
左右には、太い柱が5mほどの間隔をもって立ち並び、奥に向かって一直線に道をつくっている。
その柱の間を、真っ直ぐに走り抜ける。
祭壇へ。
エステルのところへ。
正面の祭壇では、禁術の封印を破りついにラムズが剣の柄に手をかけようとしていた。
一層強く輝きせめぎ合う二つの力。
ラムズが剣に触れる。
その瞬間、剣を包んでいた青い光が、パリン! と音を立てて砕け散った。
それはまるで、最後の鎧を剥がされたかのように。
ーーあと50m。
「ふふっ…………ふははははっ」
剣を手に取り、観察しながら笑い始めるラムズ。
「ははははっ! ーーははははははははははははははははっっ!!!!」
静寂を取り戻した祭壇の間。
哄笑する帝国の封術士。
その声は、聖堂内によく響いた。
ーーそして、俺たちが駆ける足音も。
最初に気づいたのは、帝国の剣士だった。
こちらを振り返るジクサー。
俺たちを見た誘拐犯は、ぎょっとした顔をする。
まさかこんな子供がここまで来るなど、思いもしなかったんだろう。
ーー30m。
「クソ餓鬼がっ!」
ジクサーが、叫びながら背中の剣を抜く。
左手に持っていたものを投げ捨てて。
カンッと音を立てて床に転がる、カエデの薙刀。
その音に、声に、ジクサーの背後にいた彼女がワンテンポ遅れてこちらを振り返った。
視線が重なる。
目を見開くエステル。
驚き。
安堵。
そしてーー
「ボルマンさまぁっっっ!!!!」
エステルの叫び声。
「『閃光音響破裂弾』!!」
同時に背後から聞こえる発動句。
ドンッ、という射出音。
俺は彼女に向かって叫んだ。
目の前にいる、婚約者の少女に向かって。
「伏せろ、エステルっっ!!!!」
ーー時間がゆっくり流れる。
二体の狂化ゴブリンはこちらに背中を向けたまま動かない。
封術を斬ろうというのか、両手で剣を構えるジクサー。
その場でうずくまるエステル。
やっと俺たちに気づき、振り返る壇上の封術士。
全てがゆっくりと動いて見えた。
そして俺はその場で片膝をつき、耳を塞ぎ、目を瞑った。