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第123話 エステルの駆け引き

 

 ☆


 祭壇の間には断続的に閃光と衝撃が走っていた。

 響き渡る轟音と振動。


 それらは悪意ある侵入者を排除するために神殿の防衛機構が発した力だったが、侵入者が展開した封術術式にことごとく防がれ目的を果たせずにいた。


「…………………………………………」


 降り注ぐ閃光と轟音の中、ラムズの詠唱が続く。


 少しずつ、しかし確実に床に描かれていく巨大な封術陣。

 その陣はただ巨大であるだけではない。

 見る者が見れば普通のものとは本質的に異なる術式であることが分かるだろう。


 この術式は、魔石の力……魔物の魂のエネルギーを変換して使うものではない。

 オルリスの力を直接導き、行使する術だった。


 神の力を以って神を制す。


 禁忌に手をつけた封術士の周囲には、異変が起こり始めていた。


 コォオオオーーーー


 封術陣から金色の粒子が立ちのぼり始める。

 それらはまるでラムズを祝福するように彼の身体の周りに集まってゆく。


 その不快な光景に、カエデは眉をひそめた。


(これは…………何?)


 舞い上がる粒子は、オルリスの力。

 彼女が見ている精霊たちが棲まう世界とは、相容れない力。


 封術陣の周囲から、水の精霊たちが悲鳴をあげて距離をとる。


 コォオオオオオオオオ


 封術陣が完成に近づくにつれ、金色の粒子が渦を巻きラムズを中心に回転を始める。


 そして、最後の一節が埋まった瞬間ーーーーそれらの粒子は一気にラムズに向かい、彼の身体に吸い込まれた。


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 ラムズの絶叫がホール全体に響き渡る。


 金色の電光が術者の全身を駆け巡り、周囲に紫電を撒き散らす。


「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」




 数秒か、数十秒か。

 しばらくの間続いたそれは、光が完全に彼の体に吸収されることで収束した。


「ふっっ、ふぅーーっっ!!」


 肩で息をするラムズ。


 やがて落ち着いた彼は、カエデたちを振り返った。


「っ!!」


 その姿に、カエデが無意識に後ずさる。


 ラムズに外見上の変化はほとんどない。

 ただ一箇所を除いて。


「さてさて。なかなか大変な作業でしたが、なんとか無事終わりましたよ」


 歪に唇を捻じ曲げ、にたり、と笑うラムズ。

 その瞳は金色に輝いていた。


「……狂化?!」


 それはかつてボルマンたちを襲った野犬ワイルドドッグや、背後でエステルを抱える狂化ゴブリンたちと同じ。


 狂化の証。


「まさか貴方……オルリスの力で自らを狂化したのですか?!」


 愕然とするカエデを、ラムズは「はっ!」と鼻で笑った。


「狂化ぁ? あんな適応障害の変異種と一緒にしないで頂きたいですな。私は長年の研究の結果、オルリスの力を制御し、拒否反応を抑えて生体に取り込むことに成功したんですよ。少々時間は掛かりましたがね。そこのゴブリンどもはその副産物。私が……ははっ。そう、私こそが適応に成功した進化種なのです!! ヒャハハハハハハハッ!!!!」


「そんな……。そんなことをして、ヒトの体がもつはずが…………」


「黙れ!」


 突き出された拳から、金色の電撃がほとばしる。


「ぁあああああああああああああああっ!!!!」


 響き渡るカエデの悲鳴。

 その声に思わずーーーー


「カエデ!!!!」


 ずっと寝たふりをしてきたエステルが、反応してしまった。




 ☆(エステル)


「おやおや、やっとお目覚めですか? お嬢様」


 眼鏡の封術士はカエデへの攻撃を止めると、電撃を放っていた手を小さく掲げ、そして下ろしました。

 まるで何かを置けとでもいうかのように。


 するとその動作にわずかに遅れ、狂化ゴブリンが抱えていたわたしを降ろし床に立たせます。


「カエデ……っ!」


 わたしは居ても立っても居られず、床に倒れているカエデに駆け寄りました。


「カエデッ!!」


 どれほどの仕打ちだったのか。

 彼女はうつ伏せに倒れたまま、痙攣するかのように小刻みに震えていました。


「……くぅっ……」


 わたしは枷を嵌められた両腕でなんとか彼女の半身を持ち上げると、半回転させて横向きにします。


「え、エステル、さま……」


 焦点の定まらない目でわたしを探すカエデ。


「カエデ、カエデっ! わたしはここにいます!」


 両手で彼女の手を握り必死で呼びかけると、気づいた彼女はわたしの手をぎゅっ、と握りました。


「ああ、エステルさま……。わ、私は大丈……………」


「大丈夫じゃないです! すぐに治療を…………」


 焦って詠唱しようとするわたしの手を、更に強い力でカエデが握りしめました。


「えっ……?」


「だ、ダメです……いまは、まだ……」


 驚いて顔をのぞき込んだわたしに顔を近づけ、微かに聞きとれるほどの声でささやくカエデ。


「ボルマン、様が……ここに…………」


 そう言うと、すっと力が抜けーー


「カエデ!?」


 崩れ落ちる彼女を、腕とひざで受けとめました。

 わたしのひざの上で、力なく横たわるカエデ。


「…………」


 わたしは容体を確認するため、彼女の身体に触れ目を閉じて集中しました。


 いつのまにか痙攣はおさまっています。

 細いながらも規則正しい呼吸。

 周囲の精霊たちにも、大きな動きはありません。


 どうやら命に関わることはなさそうです。


「はぁ……」


 わたしがほっとして息を吐くとーーーー


 パチ、パチ、パチ


 眼鏡の封術士がこちらを見ながら拍手してきました。




「いやはや、美しい主従愛ですなぁ。いや、師弟愛と言った方がよいですかな?」


 そのわざとらしい所作に怒りを感じながら、同時に今、彼が口にしたことに戸惑いを覚えました。


「…………。これは計画的犯行、ということですか?」


 この人は、わたしとカエデの関係をよく知っている。

 つまり、相当な下調べをした上で今回の事件を起こした、と察しました。


「おやおや、箱入りのお嬢様だと思っていたら、随分と賢くていらっしゃる。ーーその通りですよ。あなた方のことは一通り調べさせて頂きました。あなたがカエデ殿から武術の指南を受けていることも、ちゃんと把握してますよ。私、働き者でしょう?」


 ヒ、ヒ、ヒ、と笑う男。

 嫌悪感を覚えながら、わたしは全力で次の言葉を探します。


「カエデには手足に枷を嵌めているのに、わたしには手枷しか嵌めないのですね。ーーこれはつまり、わたしの薙刀なぎなたはあなた方にとって脅威となり得ない、ということですか?」


 わたしはギリと奥歯を噛みしめ、男の足元を睨みつけます。


 すると男は更に愉快そうに首肯しました。


「ええ、ええ。『子ブタ姫』なんて呼ばれていたあなたがそこまで痩せられたことには敬意を表しますがね。残念ながら付け焼き刃の武術など、私たちにとっては無意味ですな。せいぜいそこで指をくわえて成り行きを見ていればよろしい」


「……っ」


 わたしは更に悔しそうに、顔を歪めてみせます。


「さて。おしゃべりはここまでです。いい加減時間をかけ過ぎました。目当てのものを回収しなければ、ね」


 眼鏡の封術士はそう言うと正面に向き直り、ゆっくりと歩き始めました。




 祭壇に向かい歩く男。

 彼に向かい、再び神殿の結界から力の波動が放たれます。


 がーー


 バチッ

 バチバチバチッ


 それらは男を覆う金色の粒子に阻まれ、彼に触れる寸前で霧散してしまいました。


「フヒヒヒヒヒヒヒ!」


 放たれる波の中を、愉快そうに笑いながら進む封術士。


 やがて彼は、一つ目の結界のところにたどり着きました。

 次から次に押し寄せる波を物ともせず、結界の膜に右手を伸ばす男。


「!!」


 その手が触れた瞬間、結界はバリバリと音を立てて不規則に波打ち、まるで生き物が断末魔の雄叫びをあげるかのようにのたうち回ります。


 やがてーー


 ババババババッ ーーーーパリン


「きゃあっ?!」


 激しい閃光が走ったあと、あたかもガラスが割れるかかのように砕け散りました。


「フフフフ……。フハハハハハハハッ!! いいですねえ。実にいい! 私の予想の通りです。ーーこれで邪神に干渉できるようになりますねえ。ヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」


 自分に酔ったように不気味に笑う眼鏡の男。

 彼はこちらを振り返ると、金色の目を光らせながら声をかけてきました。


「さあ、行きますよ。私の後をついてきなさい」


 男の指の動きに従い、狂化ゴブリンが倒れていたカエデを背負います。


 そして私には、


「立て」


 封術士の仲間の無口な剣士が、抜き身の剣先を突きつけてきました。



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― 新着の感想 ―
[一言] ラムズ、禿げるか逆モヒカンになるのかと思ってましたw
[一言] コレ勝てんのか? 封印された邪神の力で暴走して自滅するぐらいしか生存フラグが無い気がする。
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