第119話 遺跡の中の作戦会議
「『これ』って……だから砂でしょ? ガーゴイルの残骸だ、ってあなたが言ったんじゃない」
俺が指差した先……踏み散らかされた床の砂を見たエリスが眉をひそめる。
一方でスタニエフとカレーナは俺が言いたいことに気づいたようだった。
「足跡、ですか」
「……靴を履いてるものと裸足のものが…………これ、ヒトの足跡じゃないね」
片膝をついて検分するカレーナ。
彼女のスキル『隠密』はこういうことにも役立つらしい。
「カレーナ。あっちの足跡と合わせて、敵の人数と構成を割り出せるか?」
「ーーわかった。やってみる」
金髪の少女は力強く頷いた。
俺たちが見守る中、カレーナによる検分が続けられる。
今のところ分かっているのは、少なくとも敵が二人はいる、ということ。
うちに来た二人の風体から推測するに、一人は剣士、一人は封術士だろう。
彼らはエステルとカエデさんを誘拐した訳だが、一体どうやって彼女たちを連れているのか。
歩かせているのか。
担いでいるのか。
それとも別の方法があるのか。
それによって奪還の動きも変わってくるだろう。
そんなことを考えているうちに、カレーナが立ち上がった。
「確認したよ」
俺たちは彼女の前に集まった。
「人間の足跡は二人分。それに加えて魔物の……多分、狂化ゴブリンの足跡が二体あった」
カレーナが指差した先には、靴の跡と、人間に似ているが1.5倍ほどのサイズの裸足の足跡が残されている。
「人間の方は、男? 女?」
「両方とも男だと思う。大きめのと、それよりは小さいのと、二組のブーツ跡があった」
なるほど。つまりーー
「狂化ゴブリンが、エステルとカエデを抱えてるのかしら?」
エリスが同じ考えに到ったらしい。
彼女の言葉に頷く。
「多分な。魔物との戦闘もこなさないといけないから、二人をゴブリンに運ばせて自分たちで戦いながら進んでるんだろう」
「……てことは、ゴブリンは丸腰?」
「少なくともすぐに武器を構えられる状態ではないだろうな」
話しながら、連中の姿を想像する。
「敵は剣士1、封術士1、狂化ゴブリンが2。ひょっとするとまだいるのかもしれないが、とりあえず確認できたのはそれだけだ。ゴブリンはそれぞれエステルとカエデさんを抱えている。多分二人は手足を拘束されているだろう」
スタニエフが小さく手を挙げる。
「すみません。ボルマン様は先ほど『戦闘は人間が担当』と仰いましたが、ゴブリンが戦闘に参加するということはないでしょうか?」
「もちろんないとは言い切れない。ただ、この遺跡の魔物は狂化ゴブリンよりも強いからな。下手に戦わせたらむしろ足手まといになる。それに……」
俺は少し考えた後、言葉を続けた。
「狂化ゴブリンをどうやって操っているのか、という問題がある。先日森で戦った時の様子を振り返ると、隠し通路を使って奇襲をかけるような戦略的行動をする割に、攻撃自体は武器を振り回すだけの単調なものだった。あの体格から繰り出される力任せの攻撃こそ脅威だったが、フェイントを入れるようなトリッキーな技を使わない分、戦い易い印象すらあった」
「そういや、あいつら数は多かったけど見かけほど強い感じはしなかったなあ」
ジャイルズがぼんやりと呟いた。
俺もあの日のことを、敵の様子を、思い返してみる。
そもそも最初に出くわした巡回中の二体も、こちらに気づいたはずなのに『まるで気づかないかのように』巡回を続けていた。
あたかも命令された以外の反応や行動をしない機械のように。
「そこから推測すると、だ。あの狂化ゴブリンはおそらくあまり複雑な命令を実行できない。せいぜい『歩け』とか『戦え』とかその程度だろう。ただし、術者が知覚を共有できる可能性は考えておいた方が良いと思う」
「ゴブリンの知覚を共有?」
首を傾げたエリスに、頷いてみせる。
「ああ、そうだ。あれからずっと、森で奇襲を受けた理由を考えていた。最初にゴブリンの斥候と遭遇してから、そう間を置かずに大規模な奇襲を受けただろ? あの斥候が言葉で仲間に侵入者のことを報告したと考えると、実際に襲ってくるまでの時間が恐ろしく短かったと思うんだ。なんせ俺たちが例の広場で待機し始めてからものの数分で襲撃を受けたからな」
「なるほどね。確か、集落の偵察に出た三人も待ち伏せを受けたと言っていたわね」
そう。
ゴブリンの集落の手前の広場で俺たちは待機。
クリストフたち三人の領兵は、ゴブリンの斥候を追ってその先の集落に偵察に向かった。
結果、俺たちは奇襲を受け、クリストフたちは待ち伏せにより一人重傷者を出してしまった。
「そういった諸々を考えると、敵は何らかの手段でゴブリンたちと知覚を共有していると考えた方が良い」
そういえば……ゲーム『ユグトリア・ノーツ』の後半。帝国兵たちとの戦闘で、魔獣を操る封術士が出てきた気がする。
ーーああ、そうだ。なんで今まで思い出さなかったんだろう。確かにいたよ、そんな敵が!
その帝国封術士は魔獣を前面に出して主人公たちを襲わせながら自分は後列で詠唱し、範囲攻撃封術を仕掛けてくる実に嫌な敵だった。
敵の一人……メガネを掛けた方は、あれか、あれの同類なのかもしれない。
となると、敵はかなりの高レベルであることを覚悟しなければならない。
ゲームの中であの帝国封術士が戦闘時に出現するようになるのは、主人公たちが帝国に潜入し、物語の核心に触れ始めるあたり。
確か、レベル50近辺のマップじゃなかったか。
それに対して、今の俺のたちのレベルは25前後。
ーー正面から倒そうとしても、勝負にならない。
「搦め手を考える必要がある」
皆にそう言うと、エリスが軽く腕を組みこちらに鋭い視線を送ってきた。
「搦め手、ね。ーーなぜ? 数で言えば、こちらは五人、向こうは二人と二匹。しかも二匹はエステルとカエデを抱えてるから動けない。正面からやりあう選択肢もなくはないんじゃない?」
本気なのか、俺を試しているのか。
彼女は挑発的にそんなことを言った。
俺は少し考えると、彼女にこう返した。
「正面からやりあうべきじゃない理由、その一。言うまでもないが、人質を取られている」
しかも二人もな。
「狂化ゴブリンはおそらく自律的にエステルやカエデを傷つけることはない。が、封術士の命令で腕を折るくらいのことはやるだろう。カエデに利用価値があるうちはエステルの命を奪うことまではしないだろうが、死なない程度に彼女を傷つける可能性は高い」
「まあ、そうね」
偉そうに頷くエリス。
分かってるならわざわざ説明させるなよ。
俺が心の中でツッコミを入れていると、彼女はそのまま言葉を続けた。
「エステルの人質としての価値は『カエデに言うことをきかせること』。じゃあ、カエデの利用価値がなくなった時点で二人は殺される、ってこと?」
「多分な。ーーだけど、今お前が言った『カエデの利用価値』は、当分の間はなくならないと思う」
「それはなぜ?」
「この遺跡がおそらく彼らにとって『最初』だから。ーーつまり世界の何ヶ所かに現存する遺跡の踏破にはカエデさんの力が必要で、それらが成されるまでは彼女たちを手元に置いておく必要があるからさ」
ゲーム中ではその役を幼馴染ヒロインのティナと彼女のペンダントが担っていた。
だが今その位置にあるのはカエデさんだ。恐らく帝国はティナとペンダントの存在にまだ気づいていない。
カエデさんがテルナ湖で力を使ったのを村の子供に目撃された時点で、本来あるべき歴史が書き換わってしまった訳だ。
これが後々どんな影響を及ぼすかは分からない。
ひょっとすると『主人公が旅立たない』可能性すらある。場合によっては何らかの手を打たなければならないだろう。
ーーだがまあ、それは後で考えればいい。
今はエステルたちの救出に集中しなければ。
そんなことを考えていると、エリスが怪訝な顔でこちらを見つめているのに気づいた。
「……ねえ。なんであなたにそんなことが分かるのよ」
「……え?」
「なんであの連中が他の遺跡を探索しようとしていることをあなたが知っているのか、と訊いているの」
彼女の鋭い言葉と視線に、嫌な汗が背中を伝った。