第118話 水天の広間
「下がって!!」
後ろから飛んできた天災少女の声に、俺とジャイルズは即座に飛び退いた。
キシャーッ!!
何十本もの鋭い歯が密集した大口を開け、俺たちに追い縋ろうとする巨大なムカデ。
「『炎の鞭』!」
通路を塞ぎ、うねりながら襲撃してくるジャイアント・ワームに、新体操のリボンのように螺旋を描きながら飛んでいった炎の縄が絡みつく。
ギシャアアアア!!!!
悲鳴のような音を立て、燃えながらのたうちまわる巨大ムカデ。
こいつの表皮は強固で剣をも弾くが、本体は熱にめっぽう弱い。
『火の鞭』での拘束からのタコ殴りは、ゲームの中でもよく使った戦法だった。
がーーーー
「あ、熱ちっ!!」
一撃入れようと不用意に近づいたジャイルズが、悲鳴をあげて飛び退く。
うん。
エリスの術が強力すぎて、近づくことができん。
まあ、術だけでかなりのダメージを入れられてるから、無理にタコ殴りすることもなさそうだが。
「ジャイルズ、無理に攻撃しなくていい。弱らせてから一撃で頭を落とせ!」
「お、おうっ!!」
俺の声にジャイルズはさらに後退し、敵に向けて飛び込むタイミングを計り始める。
しばらくして魔物の動きが鈍くなってきたところでジャイルズが落石斬で飛び込み、その一撃でかたをつけたのだった。
水の遺跡に突入して一時間ほど。
ダンジョンの探索と追跡は順調に進んでいた。
俺のゲームの記憶を頼りに無駄なルートを避け、有用なアイテムだけを回収しながら、どんどん奥に進む。
時々現れる魔物の死骸と戦闘の跡が、正しいルートを歩んでいることを教えてくれる。
最短ルート以外にも戦闘の跡があったことから、先行する奴らが普通にダンジョンを探索しながら進んでいることが分かった。
朗報だ。
これなら、きっと追いつける。
ゲームではそこそこエンカウント率が高いダンジョンだったが、帝国のスパイどもが先に魔物を倒して通ったためか、俺たちはたまに遭遇する狩り残しを掃討しながら相当な勢いでつき進んでいた。
もちろん一戦一戦は苦戦を強いられてはいたが。
一歩間違えれば、誰かが死ぬ。
そんなギリギリの戦いを続けた結果、すでに皆、レベルが2つほど上がっていた。
このままレベルを上げつつ、なんとか連中に追いつければ。
進みながらそんなことを考えていた俺の横で、不審そうにブツブツ呟くお嬢様が約1名。
不審の理由はーーーー
「ルートが正しいのはともかく、なんで宝箱がある場所まで知ってるのよ?」
宝箱だった。
ゲーム同様、このダンジョンの各所にはアイテムが入った宝箱が放置されていた。
いかにもゲームちっくなその光景に、最初見たときはちょっと感動してしまったが。
それはともかく。
もちろん俺は、どこに宝箱があるかも覚えている。
いや正確には『有用なアイテムが入った宝箱の場所』だけだけどな。
それでもすでに2つの防具をゲット。
防御禁術が付加された『水流の盾』はスタニエフに。
素早さアップの禁術が付加された『風のアミュレット』はカレーナに渡していた。
ジャイルズが「俺には何かないのかよ?」と情けない顔をしていたので「お前は自分の努力が何よりの能力強化だよ」と慰めたら、がっくりと肩を落としよった。
まあ、この先ジャイルズ向けの武器もあるんだけどな。
その時のお楽しみだ。
「ねえ! なんで宝箱の場所まで知ってるのか、って訊いてるんだけど???」
最初の問いかけを聞こえないふりでスルーしていたら、エリスのボルテージが上がった。
「ーーうちにあった古文書を書いた奴が、すごく有能だったんだろう」
俺の言葉に、エリスがさらに眉をつり上げる。
「そんなわけないでしょう! せっかくレアアイテムの在り処を知ってるのに、その著者はなんで自分で持ち帰らなかったのよ?!」
「知らんがな。きっと事情があって持ち帰れなかったんだろ。怪我した仲間をおぶってたとか、他のお宝で荷物がいっぱいだったとか。ーーあ、ほら。通路を抜けるぞ」
もはやうまい言い訳を考えるのも辛くなってきた俺は、前方の通路の先、明るい光が漏れてくる方を指差した。
「「うわあ……!」」
その光景に、俺を含むパーティーメンバー全員が息を飲んだ。
そこは光と水の広間。
湖に沈んだ巨大な泡の中とでも言おうか。
頭上には魚たちが泳ぎ、水をつきぬけてきた光のカーテンが湖面の波によってゆっくりと揺らぐ。
この世のものとは思えない光景が、目の前に広がっていた。
「きれい……」
うっとりと目を細めるカレーナ。
その隣で天井を見上げ、茫然と立ちつくすエリス。
ジャイルズとスタニエフも「すげえ!」とか「これが『遺跡』……」とか言いながら、圧倒されている。
皆が上を見上げて感嘆の声をあげる中、俺は正面にある開かれた頑丈そうな扉を睨んでいた。
水の神殿への入口。
扉の左右には、石の台座がある。
ゲームの『ユグトリア・ノーツ』と全く同じ光景だ。
この台座は他にもダンジョン内に何箇所かあって、ゲームではその中の一つでガーゴイルとの戦闘イベントがあった。
まあ今回はそのルートは避けてここまで来ていたが。
そんなことを思いながら広間の中央に向かって歩いていると、靴の裏に、ざり、という感触を感じた。
「ん……?」
それは砂だった。
部屋の中央に散らばる灰色の細かい砂。
よくよく見るとそれは横幅4m、奥行き2mほどの大きさで床に撒かれていて、少し離れた先にも同じような砂跡があった。
これはーーーー
「皆、ちょっとこっちに来てくれ」
俺の言葉に、水の天井を見上げていた皆が集まってくる。
「何よ?」
尋ねるエリスに、足下を指差してみせた。
つられて床を見る仲間たち。
「…………砂、ね」
「ああ、砂だ。ーーところでそれ、何かの形に見えないか?」
俺の問いかけに真っ先に反応したのは、カレーナだった。
「……鳥?」
呟く金髪の少女に、首肯する。
「俺にも、そう見える。……そこの扉の両脇に石の台座があるだろ? おそらくこの砂はガーゴイルの残骸だと思う。古文書にも『神殿に続く扉の守護者』として、ガーゴイルの記述があった」
「扉の守護者?」
眉をひそめながら、開け放たれた扉と足下の砂の間で視線を往復させるカレーナ。
俺は続けた。
「古文書によれば、そこの扉には封印が施されていたはずだ。遺跡の入り口にあったのと同じものが、な。その封印が解かれて扉は開かれ、さらに守護者たるガーゴイルの残骸が残されている。つまりーーーー」
「帝国のスパイたちがここで戦い、カエデに封印を解かせたのね?」
エリスが答えを口にする。
いちいち頭の回転の速いやつだ。
「ーーそうだな。だけど俺が今、話をしたいのはそこじゃない」
「じゃあ何よ?」
少しむっとした顔でこちらを睨むエリス。
「ーーそれは、これだ」
俺は床を指差した。