第117話 知った道
「左、だな」
水の遺跡・地下1階(表層)。
俺は三方向に分かれた最初の分岐で、左の道を指差した。
「……左に沿って探索していくのね?」
迷路の探索でよく言われる「右手法(左手法)」。彼女はそれに近いものを考えているんだろうか。
確認するように視線を送るエリスに、俺は首を振った。
「いや、古文書に書かれていた道を試す。もちろん地図化しながらだがな」
「は? あなた道順を覚えてるの?? 一度も入ったことがない遺跡なのに???」
まるでホラ吹きを見たかのように仲間に詰め寄るエリス。
いやまあ気持ちは分からんでもないが、その詐欺師を見るような目はやめて欲しい。いい加減もうちょっと信用してくれてもいいんじゃないだろうか。
「俺がうちの書庫で古文書を見つけてから、もう何年も経つ。いつか探索してやろうと何度も読み返してたんだ。完璧じゃないが、道順は大体覚えてる」
まあ何周もしてるからな。…………ゲームは。
「大体?」
まだ胡散臭そうな視線をぶつけてくるエリス。
この信用のなさは何なのか。
「ルートを間違ってても戻ればいい。少なくともずっと片側の壁に沿って歩くよりは早くゴールに着けるはずだ」
俺はもう一人の少女を振り返った。
「カレーナ。悪いが気配探知と同時に地図化を頼む」
「ーー分かった」
頷く金髪の元・盗賊少女。
気配探知と地図化の同時作業は大変だろうが、その二つは彼女の持つ『隠密』のスキルの効果範囲に含まれるらしい。
本格的なダンジョン攻略は俺たちにとって……カレーナにとっても初めてだが、以前、念のためと思って本人に訊いてみたところ「どちらもやれると思う」という答えが返ってきた。
流石に「両方同時に」とは言っていなかったが。
まあ彼女のことだ。無理だと判断した時点でそう言うだろう。
「あ、そうだ」
「なに?」
腰の布袋から紙片と原始的な鉛筆らしきものを取り出しながら、彼女はこちらを見た。
「とりあえず封術は後回しでいいから。戦闘中も気配探知を優先してくれ。俺たちのレベルはまだこの遺跡を辛うじてクリアできるかどうかというところだ。戦闘中に突然敵のおかわりが来たりしたら、すごく危い」
「分かった。早めに警告を出すようにする」
頷くカレーナ。
「頼む。このメンツでまともに索敵ができるのはお前だけだ」
彼女の目を見てそう言うと、金髪の少女は一瞬目を見開くと、すぐに顔を背け怒ったように言い返してきた。
「だから、分かったってば」
俺はもう一度「頼む」と声をかけると、皆に宣言した。
「行くぞ」
こうして遺跡での追跡が始まった。
「すまんスタニエフ! 一匹行った!!」
「大丈夫です!」
ガンッ、という音とともに叫び返すスタニエフ。
続けざまに響く衝撃の音が、彼が盾での防戦に奮闘していることを教えてくれる。
俺は目の前でツルハシを構えじりじり迫って来る、二匹のもぐらの化け物に向き直った。
複数匹で徒党を組んで襲ってくる採掘狂土竜。
遠目には可愛くも見える二足歩行のモグラだが、今の俺たちには危険極まりないモンスターだ。
その武器はツルハシのような形をした右腕。
動きは緩慢だが、振り下ろされるツルハシの速度と力は尋常じゃなく、当たりどころが悪ければ一撃であの世行きだ。
また複数匹で連携して攻撃してくるため、こちらも全体を見ながら戦わなければならない。
通路の幅は目測で5mほど。
ぎりぎり二人が並んで剣を振るえるが、余裕はない。
「ふぬう!!」
俺の右前で、腹からの気合いとともに大剣を振り下ろすジャイルズ。
ガガッ、と金属がぶつかる音が響く。
その打ち合いと同時に、俺は踏み込んだ。
正面の二体のモグラがジャイルズの側面を狙って方向を変えたからだ。
ガ、ガンッ!!
左腕の金属盾でモグラたちの連続攻撃を防いで押し返しながら、長剣に勢いと体重を乗せ、右の個体の腹を思い切り突き刺す。
「『貫突』!!」
剣身が青く光り、残影を残しながら敵を貫く。
「グブッッ!」
真っ赤なものを吐き出すモグラ。
針金のような体毛と柔らかい内臓を突き通し、剣先は魔物を貫通していた。
「キキキィ!!」
怒りで目を真っ赤に光らせたもう一体が、体勢を立て直し、再びツルハシを振りかぶる。
迎撃!
だが右の魔物を深々と貫いた剣が、抜けない。
「ーーっ!」
剣から手を離し、モグラの第二撃を間一髪、盾で受け止める。
ガンッ!!
「ぐっっ!!??」
仲間を殺された怒りからか、先程の倍はあろうかという衝撃が、盾ごしに俺を襲った。
痺れる左肩と半身に無理やり言うことをきかせ、体勢を立て直すが、敵の戻りも速い。
「キキィ!!」
モグラは三たび振りかぶり、そのツルハシをーー
「『炸裂炎弾』!!」
後方からの叫び声。
ドンッ
次の瞬間、背後から小石ほどの白赤色の何かが高速でモグラに撃ち込まれーー
バンッ!!
ーーモグラは中から破裂した。
ビシャッ
あたりに飛び散る血液。
散らばった魔物の頭と四肢。
……グロい。まるでスプラッタ映画だ。
「うるぁあああ!!」
気合い一閃。
こちらのモグラが爆散するのと同時に、ジャイルズが大剣で敵を一刀両断する。
残り一匹。
前方の三体を片付けた俺たちが後ろを振り返った瞬間、グシャッ、という音とともに何かが崩れ落ちるのが見えた。
頭を潰されたモグラを前に鋼鉄製のラウンドシールドを下げ、肩で息をしているのはスタニエフ。
頭が良い方の子分の盾技には磨きがかかり、今や攻防一体の万能戦士となっていた。
スタニエフを前衛に置くことも考えたが、守りの面で器用貧乏の俺が彼に敵うはずもなく、結局従来の隊列で戦っている。
「敵の気配なし。戦闘終了だよ」
カレーナの言葉で緊張が解け、俺だけでなく皆が安堵の息を吐き出した。
「ギリギリだったわね」
採掘狂土竜との戦闘が終わり、さらに奥に歩みを進めていると、エリスが隣に来てそんなことを言った。
「最初に言っただろ? 『レベル的にギリギリだ』って」
前を向いて歩きながら、言い返す。
でもまぁ、正直、結構危なかった。
誰かが一つでもミスをすれば、一気に崩れていただろう。
「この先、魔物は強くなってく訳よね。本当に大丈夫なの?」
「ステータスを確認したら、さっきの戦闘で一つレベルが上がってたよ。多分、何度か戦ううちに適正レベルに追いつくはずだ」
少し背伸びしたダンジョンにリスクを冒して挑み、全員の短時間でのレベルアップを目指す。
この世界の経験値やレベルの扱いがゲーム『ユグトリア・ノーツ』と同じなら、それでいけるはずだ。
実際、一回の戦闘でレベルが上がってるし。
「普通のパーティーならかなり躊躇するけどな。このパーティーなら挑戦する価値はある」
「へえ。随分な自信じゃない」
僅かに眉をひそめ、エリスが俺の顔を覗き込む。
そんな彼女に俺は小さく頷いた。
「お前の特殊な封術。カレーナの隠密スキル。スタニエフの盾技。ジャイルズの堅実な剣。それになぜか頻発する『戦士の祝福』……。このパーティーはどこか普通じゃない。何かに護られているんじゃないかと思うくらいだ」
「『何か』って何よ?」
「さあ?」
俺の答えに、はぁ、とため息をつくエリス。
「いずれにせよ、進むしかない。この先でエステルが待ってるんだからな」
「そうね。最初はどうなることかと思ったけど、今のところあなたが覚えているルートも正しそうだし」
彼女の言うように、遺跡の迷路はこれまでのところ行き止まりになることもなく、俺たちはゲームと一致するルートを進んでいた。
ーー早く。
エステルの顔が頭に浮かび、つい早足気味になるのを抑えながら、ひたすら奥に進んでゆく。