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第109話 封術結界

 

「ボルマン様!」


 俺たちがテナ村に入ると、二人の若い領兵が駆け寄ってきた。


「ご、ご報告があります!」


 叫ぶ領兵を手で制止する。


「あれのことだな?」


 俺は森を囲む封術結界を指差した。


「はいっ、その件です! あと、もう一つお伝えしなければならないことが……」


「もう一つ?」


「は! ……それも、あの光る壁に関することではありますが」


「遮って悪かった。話を聞こう。ーーすまないがお前は村長を呼んで来てくれ」


「は!」


 もう一人の兵士が村長を呼びに行く。

 俺たちは馬から降り、領兵の報告を聞くことになった。




「夜明け頃のことらしいのですが、農作業の準備をしていた村の農夫が、カエデ殿らしきメイド姿の女性が森に入って行くのを見たそうです」


 西隣のトーサ村で目撃されたのが未明。

 時間的にも間違いない。カエデさんだ。


「森に入って行ったーーということは、その時にあの光る壁は?」


「その農夫の話では、カエデ殿が森に入った直後に地面から光の柱が立ち上り、あのような壁になったとのことです」


「その後、何か動きは?」


「ありません!」


 カエデさんは森に入ったきり出て来ていない。

 おそらく結界の中にいるであろう、エステルと誘拐犯たちも。


 ーーまずは、この結界をなんとかしないと。


「エリス。この結界がどんなものか分かるか?」


 俺の問いに、天災少女は首を振った。


「術者発動型の封術障壁シールドは知ってるし私も使えるけど、こんな定置型の結界は初めて見るわ。多分、封術障壁の応用だとは思うけど……」


「ーーそうか」


 つまり、実地で検証しないと何も分からない、ということか。


「すまん。馬を頼む」


 俺は領兵に馬を任せると、森の方……結界のところまで歩いて行った。




 近くで見る結界は、金色に輝く薄いエネルギー膜のようだった。

 膜ごしに、向こうの景色が歪んで見える。


 俺は足元にあった小石を拾うと、結界に向かって投げた。


 バチッ!!


 結界が波打ち、静電気のような光と衝撃音とともに石が弾かれ、地面にめり込んだ。


 ーーなかなかの威力だ。


「ただの壁、という訳じゃないのか」


 今度は腰から剣を抜き、上段から結界に斬りかかる。


「せいっ!」


 ーーバシッ!!


「うおっ??!!」


 結界が脈打って光ると同時に自分の手元に電撃が走り、思わず剣を取り落とした。


「いっ痛ぅ……」


 痺れてしまった両手を振る。


「ちょっ、大丈夫か?!」


 カレーナが駆け寄り、俺の手をとった。

 ーー見たところ、外傷はない。


「だ、大丈夫だ。ちょっと痺れるけど」


「あんたねえ……。もうちょっとやりようがあるだろ?」


「すまん。この結界の特性を知るには、とりあえず自分で攻撃するのが早いとおもってさ」


「ーーアホ。心配させんな」


 顔をしかめたカレーナの金色の前髪が、ふわりと風で舞った。




 さて。

 この結界に物理攻撃が効かないことは分かった。

 じゃあ、封術はどうだろう?


 俺は剣を拾うと、カレーナに向き直った。


「カレーナ。封術を一発、こいつに撃ち込んでみてくれないか?」


「はあ? さっきの石みたいに跳ね返ってきたらどうするんだ」


「……なるべく威力が弱いやつで頼む。跳ね返ってきたら俺が盾になるよ」


 カレーナは俺の言葉に一瞬ぽかんとして、その後片手で顔を覆いながら首を振った。


「はあ……。あんた、やっぱりバカでしょ? 奴隷の盾になる主人なんて聞いたことないよ」


「お前は大切な仲間だからな。俺の指示で危険なことをさせるんだから、せめてちゃんと守るよ」


「わかった。分かったから……」


 手で顔を覆ったまま、顔を背けるカレーナ。

 一体何なのか?




火球ファイアボール!」


 発動の叫びとともに、カレーナの手から小さな火の玉が放たれた。


 ソフトボールくらいの火球は、回転しながら直進し、やがて結界にぶつかる。


 ジュッ


 ぶつかった瞬間、例によって結界が波打ち、火球は水にでもぶつかったような音を立ててそのままあっさり消えてしまった。


「……跳ね返ってこなくてよかったよ」


 術の発動直後にカレーナの前に立っていた俺は、背後の彼女からそんな言葉をかけられた。


「そうだな。ーーこれで封術での結界破壊も無理そうなのが分かったよ。ありがとう、カレーナ」


「はいはい。どういたしまして」


 そう言って彼女は小さく笑った。




 俺は今度はエリスを振り返る。


「さて。どうやら物理攻撃も封術も効かないようだが、見ていて気がついたことはあるか?」


「ーーやっぱり、封術障壁に似てるわね。障壁を改良して定置式にしたのかしら。でも、どうやって? …………ひょっとして、封力石そのものに封術陣を刻んでる???」


 ぶつぶつと思考の海に沈む天災少女。

 もはや彼女の力にかける他ないだろう。


「この手の結界は、内側からも出入りができなくなるものなのか?」


「…………」


 顎に手を当て、考え込むエリス。

 やがて彼女は顔を上げた。


「ちゃんと調べてみないと断言できないけど、結界が生きてる間は出入りできないはずよ」


「結界を設置した人間でも?」


「たぶんね」


 やはり犯人たちはまだ目的を達していないのだろう。


 ーーまだ、間に合うはずだ。


「エリス。こいつを破ることはできるか?」


「…………っ」


 俺の問いに、天災少女はめずらしく返答に躊躇する。

 が、すぐに力強い目で俺を見返して来た。


「……正直、やったことはないわ。でも封術障壁の張り方は知ってるし、破り方についても考えたことがある。ーー紙とペンを。すぐに調査を始めるわ!」


「分かった」




 俺が頷き、エリスが結界に向かって歩いて行ったところで、ちょうど良いタイミングで村長たちがやって来た。


「ああボルマン様。よくぞ来て下さいました。村がこんなことになってしまい、私どもは一体どうしたらいいか……」


 不安そうに訴える村長。

 そりゃあこんな超常現象が起こったら狼狽えるよな。


 村人たちをどうするかも考えないと。

 だけどまずはーー


「落ち着け、村長。あれは今すぐどうかなるものじゃない。ただの封術結界だ。……ちょっと大きいがな。それより、机とイスを一基ここに持って来てくれ。あとペンと、紙をありったけ頼む」


「はっ、はあ……わ、分かりました」


 村長は傍に立っていたゴツいおっさんーー村長の息子ーーに指示を出す。

 おっさんは、村長の家の方に走って行った。


 俺はそれを見ながら少し考え、村長に尋ねた。




「オルリス教会の遺跡調査部の二人組が村に滞在していただろう。ーーあいつらはどうした?」


「おお、おお、あの二人ですか。ーーそういえば、二、三日前に『ペントに買い出しに行ってくる』と言って村を出て行ったままです」


 ーーやっぱりな。

 二人は言葉通りペントに来たわけだ。

 エステルを攫いに、な。


「最近あの二人に、何か変わった様子はなかったか?」


「ううむ……変わった様子ですか」


 考え込む村長。


「ーーーー変わった、というほどのことはないですが、このひと月ほどは『ペントに行く』と言って村を空けることが何度かありました。オフェル村方向に出て行ったり、トーサ村経由で行ったり、色々ですじゃ」


「……なるほど」


 オフェル村方面の用事は、狂化ゴブリンの仕込み。

 トーサ村経由でペントに向かったのは、誘拐時の移動ルートの確認だろうか。


 その時、結界の前にいたエリスが足早にこちらに戻ってきた。


 そして彼女は、こう言った。


「ボルマン、間違いないわ。結界の角になっているところにかなりの大きさの魔石が置かれていて、石に直接封術陣が刻んである。この術式はーーーー」


 エリスは拳を握りしめた。


「間違いなく、エルバキア帝国のものよ」




 くそ。

 やはり、そうなのか。

 それなら、そのように対処しなければ。


 俺は村長に向き直った。


「ーー村が戦場になるおそれがある。村人全員を連れてトーサ村経由でペントに避難しろ」


「ぜ、全員でございますか?!」


 唖然とする村長。

 そりゃあそうだ。

 トーサ村まで歩いて三時間。ペントまではさらに三時間近くかかる。

 今から出れば、着くのは夜中だ。


 ーーだが、人命には代え難い。


 ゲームでは、テナ村とトーサ村、南の二つの村が滅ぼされた。

 実際、北東のオフェル村は、今も狂化ゴブリンの襲撃を受けている。

 犯人が今回の事件の目撃者を根こそぎ消そうとしないとは限らないのだ。


 俺は頷いた。


「全員だ。老人から赤ん坊まで、死にたくなければすぐに避難しろ」


「か、かしこまりましたっ!」


 村長は、慌てて村の若い衆と避難の準備に取り掛かる。


 俺は避難に動こうとしていた二人の領兵を呼び止めた。


「今言ったように、トーサ村経由で全員避難だ。オフェル村は今、狂化ゴブリンの襲撃を受けている」


「しゅ、襲撃でありますか!?」


「そうだ。トーサ村にも領都ペントへの避難勧告を出す。手紙を書くから、トーサ村の村長に渡してくれ」


「しょ、承知しました!!」


 領兵は速やかな避難を進めるべく、村の中心に戻って行った。




 村に動揺が広がって行く。


 そんな中、村長の息子と若者たちが机とイスを担いでやって来た。


 結界の前にそれらが置かれると、魔石を観察していたエリスは机に向かい、猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。


 書き散らかされる封術陣と計算式の数々。


 この局面を打開するためには、彼女の力に希望を託すほかなかった。



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