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第103話 失踪

 

「「……はぁ?!」」


 俺とエリスの反応が被る。

 ジャイルズが持って来た知らせに、俺たちは耳を疑った。


 ゴツい方の子分は、一瞬「うっ……」とか呻いて仰け反ったが、すぐに気を取り直し再び口を開いた。


「いや、だからエステ……むぐっ!!」


 慌ててジャイルズの口を手で押さえ、肩に手を回してロビーの端に連れてゆく。

 当然、エリスもついてきた。


「でかい声を出すな。外交問題になる」


 自分たちの反応を棚に上げ、小声で脳筋ジャイルズをたしなめる。

 もう手遅れかもしれないが、でかい声で改めて吹聴されるよりはマシだ。


 だが、そんなことはどうでもいい。


「いつ、どこで二人はいなくなった?」


 焦りから、自然と口調がキツくなる。

 全身がじんわりと汗ばんだ。


「け、今朝、エステル様の屋敷のメイドが本邸に駆け込んで来たんだ」


「昨晩は屋敷にいたのか?」


「た、多分……」


「「たぶん、だと(ですって)?」」


 俺とエリスに詰め寄られたジャイルズは、再び仰け反る。


「うっ…………あ、そうだ!!」


 ジャイルズは腰の布袋をガサガサさぐり、一通の手紙を取り出した。


「執事のクロウニーから預かった」


 その手紙をひったくり、急いで開き、目を通す。

 そこには簡潔にこう書かれていた。


『エステル様とカエデ嬢、未明より行方不明。早朝クルシタ邸メイドより通報あり。昨夜は普段通り就寝。争った形跡なし。エステル様着替えの形跡なし。カエデ嬢着替えの形跡あり。目撃者なし。現在、領内全域で調査中』


「くそっ!!」


 俺は毒づき、手紙をエリスに押しつけた。

 続けて、傍らに控えていた領兵に怒鳴る。


「急いで馬の準備を!」


「は、はいっ!!」


 慌てて宿を出て行く兵士。


 俺はそのままカウンターに向かい、受付の女性に金貨を渡した。


「釣りはいらん」


 言うだけ言って出口に向かう俺を、エリスとジャイルズが追ってくる。


「ちょっと、待ちなさいよ!!」


「待たん!!」


 エリスに短く言い返して宿を出ると、街はずれの厩舎に向かった。




 地面が、足もとが、崩れていく感覚。

 早足で街を歩きながら、足だけが空転している気がした。

 ーー前に進まない。


 自問する。


 何があった?


 深夜、寝間着のまま消えたエステル。

 着替えをして消えたカエデさん。

 争った跡のない二つの部屋。


 ーー何かが。

 ーー何かが、おかしい。

 何がおかしい?


「……………………」


 分からん。


 俺は自分の頭を殴った。


「とにかくダルクバルトに戻る。帰ったら何か分かるかもしれない」


 歩きながら、後をついてくるエリスとジャイルズにそう言い放つ。


 その時、ぐい、と腕を引っ張られた。


 立ち止まり、振り返る俺。

 腕を掴んだエリスと睨み合う。


「…………離せ」


「気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着きなさい」


「脳に血はまわってる」


「真っ青な顔して、何言ってるのよ」


 エリスはスカートのポケットから手鏡を取り出して、俺の前にかざした。


「…………ひどい顔だ」


 鏡に映っていたのは、眉間に皺がより、表情が消え、目だけがギラギラ光っている、病的な少年の顔。


「心配なのは分かる。私も同じ。だけど冷静になりなさい。頭に血が上った状態じゃ、どんな優れた人間でも判断を誤るわ」


「そんなこと分かってるよ!」


 エリスの腕を振り払い、大声で叫ぶ。

 道行く人々が振り返り、いくつもの視線が突き刺さる。


「…………分かってるよ」


 渦巻く不安。

 大切な人を失うのでは、という恐れ。


 もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。


 そんな俺にエリスは…………つかつかと近寄ると、いきなり襟元を掴んで捻じ上げた。


「ぐっ…………」


「あの子たちのことが心配なのは私も同じだって言ってるでしょ? 甘えてんじゃないわよ!」


 エリスの厳しい視線が俺を射抜く。

 そんな彼女に俺は何も言えない。


 だが、そこからエリスは意外な反応を見せた。


「甘えてんじゃないわよ……。あなたがやらなきゃ、誰がやるのよ? 実家に捨てられたあの子を、誰が助けるのよ?!」


 そう言って、涙を浮かべたのだ。




「ちょっ、ちょっと待て。泣くなよ……」


「泣いてないわよ!」


 そう叫んで俺から手を離し、そっぽを向いてハンカチで目を拭うエリス。


 ーー泣いてんじゃねえか。


 遠巻きに見ている人々の、視線が痛い。


 俺は途方に暮れ、空を見上げた。

 暗い雲が、空を覆っている。


 エステルが失踪した。

 彼女の盾であるカエデさんも。


 その意味を、可能性を、考えなければならない。


「ーーーー冷静に」


 俺の声に、エリスが振り返った。


「冷静に考える。全力でペントに帰る。ーー両方やるさ」


 エリスがこちらを流し見しながら口を開いた。


「いつものふてぶてしいダルクバルト准男爵なら、きっと正しい道を見つけるわ。ーーあなたが父を、フリード伯爵家を手玉に取った知恵と度胸を、私は信じてる」


「お褒めに預かり、光栄だ」


 俺は片頬を吊り上げ、笑って見せる。


 なぜだろう。

 少し頭がすっきりした気がする。


「急いで戻りましょう」


「ああ」


 俺たちは急ぎ厩舎に向かい、馬に跨るとモックルの街を飛び出した。




 この半年ちょっとで何度も往復した、領都ペントへの道。


 曇天の下、俺は馬に鞭を入れながら、クロウニーからの手紙に書かれた内容を反芻していた。




 ーーまず、発生時刻だ。


 失踪が明らかになったのは、本日未明。


 昨夜はいつもと同じように就寝したということなので、事件が起こったのは夜中のうち、ということになる。

 おそらく、使用人が寝静まる23時頃から翌5時頃までの間だろう。


 わずか6時間ほどの間に、何かがあった訳だ。




 ーー次に、状況を整理する。


 通報者はクルシタ家のメイドで、エステルとカエデさんが行方不明になったことを本邸に通報してきた。


 このメイドは、なぜ二人が失踪したことに気づいたのだろうか?


 手紙には、争った形跡なしと書かれていた。


 つまり二人の部屋を含め、屋敷は自然な状態ーードアが開きっ放しになっていたりとか、そういうことはなかったのだと思う。


 メイドが早朝にいきなりエステルの部屋に入ることはないだろうから、最初に、カエデさんの姿が見えないことに気づいたのかもしれない。


 あの屋敷で一番早く起きるのは、カエデさんだった。

 ーーメイドの鏡だな。


 朝、そのカエデさんの姿がなかった。

 そこで彼女の部屋を見てみたら、着替えた形跡があった。


 念のためエステルの部屋を確認してみたら、エステルの姿もない。しかも着替えた様子もなかった。


 慌てて本邸に通報。


 これが、考えられる自然な流れだろう。


 まあ、通報してきたメイド自身が当事者で、嘘をついている可能性もあるだろうけど。




 ーーここまでが手紙の情報から読み取れることだ。


 ここから先は、エステルとカエデさん失踪の経緯について、考えられる可能性を検討してゆく。


 可能性その一。

 エステルが何らかの事情で寝間着のまま外出し、それに気づいたカエデさんが追いかけた場合。

 …………。

 エステルが部屋で起き出した時点で、隣室のカエデさんが気づくはず。

 それに二人とも寝間着ならともかく、カエデさんだけ着替えていたのは、おかしい。


 可能性その二。

 カエデさんが何らかの事情で屋敷を抜け出し、それに気づいたエステルが寝間着で後を追った場合。

 …………。

 エステルに後をつけられたら、カエデさんなら気づくよな。たぶん。

 大体、黙って屋敷を出たカエデさんを、エステルが追いかけるかどうか……。

 エステルはその辺を察せられる子だ。


 可能性その三。

 外敵の侵入。または内部犯の唆し。

 …………。

 ないな。

 争った形跡がないわけだし。

 カエデさんが動いてる時点で、すぐ大ごとになるか、知らないうちに解決してるか、どっちかだ。


 可能性その四。

 実はこれが一番ありそうだが……。

 カエデさんが、夜中に寝ているエステルを担いで連れ出した可能性だ。

 ーーーーなんで?


 いずれにせよ、情報が足りない。

 ここから先はペントに戻ってからだ。


 俺たちは焦りを抑え、馬を駆けさせた。




 ペントの街に着くと、北門は閉鎖されていた。

 ーーもちろん俺たちには関係ないが。


 領兵に話を聞くと、クロウニーの指示で一般人は出入を止めているということだった。

 さすがはじいだ。




 屋敷に戻った俺たちを、いつになく厳しい顔をしたクロウニーが出迎えた。


「お帰りなさいませ、ボルマン様」


「追加の情報は?」


 俺の問いに、老執事は淀みなく答える。


「二つございます。一つ目は、南門を守っていた兵士についてです」


「兵士?」


「はい。昨晩は南門に二名の兵が見張りに立っておりましたが、今朝方、街の外で昏倒しているのが発見されました」


「昏倒?! 重体なのか?」


「いえ、外傷はなく、二人ともいびきをかいて寝ております」


「はあ?」


「クリストフによると、薬物か、あるいは封術によるものではないか、と」


「ーー何者かによる襲撃か。エステルたちの件と関係があるかもしれん」


 一体、誰がやったのか。

 カエデさんか、それとも他の何者か。


 ペントに入るのが目的か。

 出るのが目的なのか。


 仮に南門から入ったとすれば、賊はペント市内に。出たとすれば、南のトーサ村方面に向かったことになる。


 これは詳しく調べなければならないだろう。


 そういえば……。


「そういえば、クリストフが戻っているのか?」


 領兵隊長クリストフには、ゴブリンの襲撃に備えてオフェル村にとどまり、村の防衛と防御柵づくりを命じていたはずだが……。


「はい。クリストフは昨日お帰りなられた旦那様がお命じになり、今朝からペントに戻っております。」


「父上か…………」


 まあ、仕方がない。

 豚父ゴウツークが戻った以上、指揮権は奴にある。

 それにこの事態にあっては、むしろよかったかもしれない。


「それで、二つ目の情報は?」


「二つ目は、これでございます」


 そう言ってクロウニーが懐から取り出したのは、粉々に割れた小さな緑色の石だった。


「なんだこれは?」


「エステル様の部屋の前に落ちていた、石の破片でございます。これと同様のものが部屋の中にもいくつか落ちてございました」


「エステルの部屋に? ーーーー部屋はどうなってる?」


「入室を禁止し、そのままの状態にしてあります」


「よくやった、クロウニー! 現場を確認しに行くぞ!!」


 こうして俺たちは、エステルの屋敷に向かったのだった。



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