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執行人の逃亡  作者: 名紗すいか
後編
29/40

二十八


「いいかちび、城へ入るには三つの方法がある」


「三つ、ですか?」


 チリルは腰が反るほど城を間近で見上げ、レカルドへと目線を下げた。

 城に比べれば随分と小さく見える彼は、指を三本立てている。


「まず一つ目は、正面から堂々と入る。おそらくレガートたちはそうやって、この衛兵だらけの門を潜っていった。一番正しい方法だが、ある意味無謀だ」


 門前にはうようよ兵がいて、チリルは観光客を装うため、城を仰いでは、「おぉっ」と感嘆をもらす努力を忘れない。

 ロトはずっとむすっとしているので、視界に入れないようにしていた。

 彼を見ると、また胸が痛む。


「そして二つ目が忍び込む。その名の通り、兵の隙をついて侵入することだ。ちびには逆立ちしても無理だ」


 それなら言わなければいいのに、とチリルは思った。


「三つ目は、何ですか?」


「三つ目は正門じゃなくて裏から入る。正しいやり方で、裏門から入るんだ」


「そんな方法があるんですか?正しいやり方って、何ですか?」


「ふむ。ちびはそれを一度、経験してるはずだぞ」


「えぇ!?お城に侵入なんて、したことありません!」


 断固として抗議するチリルの後ろから、久しぶりにロトの声が響いた。


「黒血城に初めて入ったときのことだよ」


 あれは屋敷だけど、とロトが小さくつけ加えた。


「初めて……?えぇと、親戚の人に黒血城へ奉公に行くよう言われて、荷物を持って挨拶へと伺ったんですけど、使用人の募集なんてしてなかったんです」


「……それで?」


「慌てて戻ったら親戚の人はもういませんでした」


 今ならば、厄介払いされたのだと受け止めることが出できるが、その時は途方に暮れて、森を彷徨い歩いた。

 何とか雇ってもらはなくてはと、黒血城を目指して。


「そこでリナさまか?」


 チリルは大きくうなづいた。


「森でばったりリナさまに出会ったんです。白い服を着ていたから、まさか一族の人だとは思いませんでした。何で森にいるのか訊かれて、事情を話したら、ついて来なさいって言ってくださって。それからリナさまに仕えるようになりました」


 初めに使用人は募集していないと断った一族の人は、フィリナが勝手に連れ帰ってきたチリルに文句一つ言わなかった。

 あの頃すでに高名な死刑執行人だったフィリナの行動に、口出し出来る人間の方が少なかったのだ。

 レガートはフィリナに寛大で、レイチェルは女中が一人増えても気づいていなかっただろう。

 エヴィルに関しても同様だ。


 フィリナは無表情や心がないなどと世間で噂されているらしいが、実際はそんなことなかった。

 笑ったり泣いたりはしなかったが、優しかった。

 

「それが三つ目だ」


 フィリナと過ごしてきた日々を走馬灯のように振り返りかけていたチリルは、一瞬きょとんとしてしまった。


「え……?――――あっ、こねってやつですか?」


 その通りだと、レカルドはにやりとした。


「中のやつに口を利いて貰って、雇われればいい。こういう城ん中は人手不足が常だ。身元のちゃんとしたやつのこねなら、下働きぐらいはすぐ通るだろ」


「なるほど!そういう人に、心当たりがあるんですね!」


 一気に道が開けたようで、チリルは弾んだ声を上げた。

 しかしロトは呆れたようにため息をついて、レカルドを見上げている。


「あいつに頼る気か?」


「あいつしか知り合いなんていないだろ」


「あいつって、誰ですか?」


 おずおずと尋ねると、表情の異なる二人がチリルを見下ろし、声を重ねた。


「「レイズだよ」」


 その名前に、チリルは見事に言葉を失った。




◆◇◆◇◆◇



 待っていろという命令を、エヴィルは無視した。

 言うまでもなく、レイチェルも。

 三人で城の中へと通されたことに、レガートは不満そうだった。

 しかしレガート一人に行かせては、フィリナを盾にされたときの対処を冷静に行えないのが目に見えている。

 残酷な決断が出来るエヴィルがいなくては、一族長は揺らぐ。

 ことフィリナに関しては特に。

 彼のその感情は、あまり口にしたくないので、これまで目を逸らし避けてきた嫌いがある。

 おそらく、これからもそうするだろう。


 三人が通されたのは、やや狭さの感じる一室だった。

 大剣を携帯しているからだ。

 この室内で刀を振るえば、身内を傷つけかねない。

 一国の王城へと上がるというのに、取り上げられなかったわけだ。


 それでも、柄にかけた手をなかなか下ろせなかったのは、ソファに尊大に座る男の後ろに、従者のように立つ男のせいだった。

 彼は微笑みを浮かべて、カメリア一族の来訪を愉快そうにながめている。

 それが本心ではないとわかってしまったことに、エヴィルはささやかな苛立ちを覚えた。

 牢にいたあのくたびれた男と、この綺麗な笑みの男は似ても似つかないのに、重なる。

 やはり、あの時の……。


「何故……」


「どうかしたのか?」


 怪訝そうな視線が集まり、エヴィルは目を伏せ首を振った。

 何でもない、と。


 胸の内を見抜かれることはなかった。

 レガートとレイチェルはソファへと腰掛けたが、エヴィルは立ったままでいることを選んだ。

 その男に、見下ろされることを嫌った。


 それが伝わったのか、彼は肩を竦め、レガートへと目線を変える。

 刹那、冷淡な炎が宿り、消えた。

 それは憎しみのような何かだった。


 エヴィルが気取られている間に、アーサーと名乗った宰相が口火を切った。


「それでわざわざこんなところまで、カメリア一族が揃って家族旅行か?」


 傲慢で手前勝手、そして他人を見下す目をしていた。


「あなたの遊びにつき合うつもりはない。――――一族の娘を返して欲しい」


 毅然と言い放ったレガートに、アーサーは眉間を寄せて答えた。


「何のことだ。ここには迷子の娘などいないがな」


 吐き捨てた言葉尻から、不機嫌さを覆い隠すことなくにじみ出させていた。

 誤魔化しではなく、本当の意味でフィリナはこの城にはいないらしい。

 まだ逃げ回っているようだ。あの、出来損ないの末妹は。


「では、いなくなった五人を返して欲しい」


 レガートは一族長として、正式に要求をした。


「そうよ。あたくしの配下を返してちょうだい」


 ここまで奇跡的に空気を読んで大人しくしていたレイチェルが、自分ごとなので口を挟んだ。

 それを聞いたアーサーは口元を歪めて片頬で笑んだ。

 レガートたちを、鷹のような目でいたぶるように見据えている。

 生きている可能性に賭けているレガートとレイチェルを、いかにして地面へと叩き落とすか考えているように見えた。


 エヴィルは面倒ではあったが、相手に主導権を握らせないために、あえてため息をついてから素っ気なく告げた。


「死体でも返せ。捨てたのなら場所を言え。帰りに回収する」


「さぁな。そんなやつらのことなど知らないから返答に窮するが、中央と違ってこちらには獰猛な動物が多くてな。人なんぞ軽く噛み殺して腹の中だ」


 レガートが膝で拳を固く握り締めた。

 レイチェルも引き攣った顔をしている。

 エヴィルだけは彼らを一瞥するに留めた。動揺したら、やつらの思う壺だ。


「どうです?折角いらしたのですから、このまま永住してはいかがかな?」


「何を――」


 思わず声を上げたレガートよりも、なぜかあの男の方がアーサーの提案に驚いた顔をした。

 味方同士で、意思の疎通が行われていなかったのだろうか。


「中央より、よい待遇を保証する。一族全員こちらへと来るなら、解き放った猛獣たちを駆逐しようではないか。仕事はどこでも出来るだろう」


 断る。と即答すると思った。――――が、レガートは考えさせて欲しいと言った。

 エヴィルは目を見張り、レイチェルも不思議そうにレガートを見つめた。


「では、しばらく滞在するよう用意をさせよう。毒など入れはしないから、食事も安心していい」


 気をよくした様子のアーサーとは逆に、あの男の顔色は冴えない。

 だがすぐに微笑へと作り替え、部屋を案内すると動いた。


「ジュン。俺に逆らうことは許さないからな」


 アーサーは背後から回ってきた男に呼びかけ、威圧的な念押しをした。

 そうしなくてはならない、関係性が垣間見えた。

 彼らは利害でしか、繋がっていないのだ。

 二人の間に、わずかな歪みが生まれている。


「ええ。承知してますよ」


 にこり、としたジュンに続いてレガート、レイチェル、エヴィルの順で退室した。

 回廊を無言で進み、辿り着いたのは等間隔で並んだ三つの扉の前だ。

 その一室へと、レイチェルは早々と入っていった。


 レガートがいる手前迷いはしたが、エヴィルは問いかけた。今聞かなくては、もう機会がないかもしれない。

 フィリナが、聞けなかったであろうことを。

 聞かずとも、わかっていたことを。


「フィリナに会って、どう思った?」


 ジュンはわずかに首を傾げた。

 なぜそんなことを聞くのかという純粋な疑問が窺えた。

 彼は知らないのだ。あの時、エヴィルが傍にいたことを。

 だから率直に、尋ねた。


「あいつは、――――変わっていたか?」


 瞬間、ジュンはすぅっと寒々しく目を細めた。

 それから、さぁ、とため息混じりに言う。


「エヴィル?何の話だ」


「レガートには、関係ない」


 フィリナと彼の問題だ。

 そして、それを知るエヴィルの。


「……昔のこととはいえ、盗み聞きは感心しませんね。――――では」


 肝心なことには何も答えず、ジュンは軽く会釈をして回廊を戻っていった。

 別に盗み聞きしていたわけではないと、エヴィルは苦々しく舌打ちをした。

 フィリナと家の前で堂々と抱き合っていたからだ。


「知り合いだったのか……」


 レガートがまっすぐジュンを見据えてつぶやいた。

 後ろ姿さえ、絵になるあの男を。


「だからフィリナは、ついて行ったのか……?」


「何?」


「あの男が、逃亡した罪人なのだろう?あの日、議会の帰りに牢へと連行される彼の後ろ姿を、ちらっとだが見た気がする」


 あの子供が、牢にいた罪人ではないかと、エヴィルは早い段階で気づいていた。

 だが確証がなく、断言できずにここまで来ることとなった。


 フィリナをどうするつもりなのかは、今もわからずじまいだ。


 ジュンに逃げる素振りはなかったので、帰りに生け捕りにするとして、今度は一族長の真意を問うために、レガートを部屋に押し入れた。


「どういうつもりだ。何を考える必要がある」


 アーサーに、なぜあんなことを言ったのか。


 しかしレガートは、いや、と首を振って否定した。


「時間稼ぎが必要だと思ったんだ。どちらにしても、彼らが私たちを生かしておくとは思えない。ならば従う振りをしていれば、フィリナが捕まったとしても安心だろう」


 東は執行人を求めている。一族長が諾と言えば、逃げたフィリナでも迂闊には殺されないかもしれない。

 もしくは、いらないものとして見逃されるか。

 だが確かにこの場所にいれば、フィリナの動向や処遇がいち早くわかるだろう。

 逆に、あの出来損ないの妹にも伝わるかもしれない。カメリア一族の滞在が。

 それをあいつが黙って見過ごすはずがない。何か行動を起こすだろう。

 

「返事を伸ばすにしても、長くはもたない。せいぜい二、三日が限界だろう」


「そのときは、――――潔く逃げよう」


 無計画な発言に、エヴィルは思わず笑ってしまった。

 さすがは革新派の頭だ。

 人を傷つけることを何よりも嫌う、レガートらしい決断であった。



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