表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
執行人の逃亡  作者: 名紗すいか
後編
27/40

二十六



 ――――どかんっ!


 チリルは馬に弾き飛ばされた。


「ぎゃっ!!」


 幸い掠っただけであったが、勢いよく尻餅をついてしまった。

 いたた、と呻きながら見上げた先で、馬が鼻を鳴らして足踏みをしている。


「大丈夫か!?ちびっ子!」


 ロトが青ざめながら駆け寄り、チリルを抱き起こした。

 それから怪我がないか腕や足の骨や関節から、体のいたるところを触って確かめる。

 チリルは赤くなりながら、「大丈夫ですよ」と言い張った。


「馬に轢かれたんだぞ?骨とか折れてるかもしれねーだろ」


「チリルッ!」


 レガートも馬をエヴィルへと預け、チリルの傍へと膝をついた。

 すると、空から馴染みのある声が降ってきた。


「――――あら、レガート?」


 チリルは慌てて馬に乗る人物へと視線を向けた。

 そこにいたのは紛れもなく、レイチェルだった。


「久しぶりじゃないの。ぞろぞろとお供までつけて。あたくしなんて、五人も連れて来たのに、いつの間にか一人なのよ。信じられないわ」


「叔母さま……?いつこちらに?」


 レガートは茫然としながら立ち上がった。

 

「さぁ、いつだったかしら?フィリナに会ってからも大分経つし――」


「フィリナに!?」


 レガートが驚愕し、チリルもこぼれるほど大きく目を見開いた。

 いつもと何一つ変わらない様子のレイチェルに、困惑しかない。

 フィリナと会ったならば、なぜ連れ帰ってこなかったのか。

 一人馬を走らせてきたわけが、まるでわからない。

 ロトやレカルド、さらにはエヴィルまでもが怪訝そうにしている。


「なぜフィリナを連れて来なかったのですか!」


 レガートに怒鳴られ、レイチェルは迷惑そうに顔をしかめた。


「フィリナが逃げろと言ったのよ。――――そうそう、レガートにおかしな託けをしていたわ。東国が一族を暗殺しようとしてるとか、どうとか」


 やはりそうなのだろうか。

 チリルはレカルドをうかがった。

 彼の予想は完全に的を射ていたらしい。


「それでフィリナは」


「行けって言うから置いてきたけれど、一人だったわよ。罪人に捨てられたのね」


 その言い種に、チリルはカチンときたが我慢した。

 これでもお仕えする家の方だ。

 レガートはほっとしているようだが、レカルドとロトは不可解そうに目配せをし合っていた。

 レイズがいないことを気にしているのだろう。


「――――レガート。それで、どうするんだ?」


 エヴィルが焦れたのか、レガートに今後の指針を尋ねた。


「目的は変わらない。フィリナを連れ帰ることだ。叔母さまに情報を託したぐらいだ、フィリナ自信も切羽詰まる状況なのだろう。早く助けないと。――――叔母さまも私たちと一緒に行動してください。狙われている可能性があります」


 レガートがそう告げた直後、エヴィルが不審そうに問いかけた。


「さっき……、配下はどうしたと言った?」


 レガートがはっとして、レイチェルを振り仰いだ。

 彼女はきょとんとしながら、いなくなった経緯をそのまま口にした。

 それを聞いたレガートは、みるみる顔色を失い、絶句した。


 チリルですら、説明がなくともわかる。

 彼らはもう……。


 レガートはすぐさま馬へと跨がると、レカルドに敬意を払った口調で言った。


「私たちは先に行ってフィリナを捜します。その間、チリルのことをお願いできますか?」


 レカルドは当然とばかりに、鷹揚とうなづく。

 レガートは慇懃に頭を下げると、すでに騎乗していたエヴィルへと声をかけた。

 そしてレイチェルも引き連れ、三人で颯爽と馬を走らせて行ってしまった。

 残されたチリルには、手を振る暇さえ与えられなかった。


「……なぁ、レイズはどうしたんだよ?」


「フィリナに振られたんだろ。一人で逃げてるってことはな」


 ロトは、チリルの手のひらについた砂を払いながら、眉を顰めた。


「あんないちゃついてて?」


「女心は男にはわからんもんだぞ。おまえだって、ちびの乙女心がわかってないじゃないか。いくら怪我がないか心配だったとしても、体中まさぐられたら赤面もするだろ」


 よく見ている。チリルはレカルドを感心して見遣った。

 逆にロトは無意識だったらしく、「そんなことしたか?」と首を捻っている。

 胸もお尻も触られたが、ここは許すとしよう。

 こうして一つずつ大人になるのかと、チリルは達観しながら二人の会話に耳を傾ける。


「というか、レイズの子供を産むって話だったのか?」


「そりゃあな。そうじゃなきゃ、わざわざ自分で拐って来んだろう。みすみす他の男に渡す女を、道中猫可愛がりするか?」


「初めっからあの子狙い?でもあの子が牢にいたのは、偶然じゃなかったのかよ」


 そういえば、とチリルは口を挟んだ。


「リナさまは罪人が捕まると、必ず地下牢へ行きますよ。狙っていたというのなら、それを知っていたんじゃありませんか?」


 ふむ、とレカルドが無精髭をなぞった。

 だいぶ伸びてしまっているせいで、山男のようだ。


「そうかもしれん。いや、おそらくそうだ。ずっと気になってることがあったんだが、これはひょっとするとあれかもな。レイズがいつも女に振られる原因の、あれだ」


 いつも振られるとは意外な話だ。

 レイズが女の人を捨てるというのなら、腑に落ちるのだが、その反対は想像がつかない。


「それの何が気になんの?いつも前の女の名前、呼んじゃうんだよな。レイズって意外と天然?」


 それは天然の一言で片付けてよいものなのだろうか。


「狙ってやってたりもするが、あれは素だな。一回だけ怒鳴り散らしてた女の話を、盗み聞きしてたことがあるぞ。レイズのやつ、やってる最中いつもリナって呼ぶって」


 やってるうんぬんは聞き流して、リナという名前にだけ反応した。


「リナって……」


「偶然だと思ってたんだが、レイズとフィリナは昔馴染みなんじゃないのか、ということだ」


 したり顔のレカルドに、チリルはロトと揃って仰天した。


「「えぇっ!?」」


「ちびが来なかったら気づかなかったがな。リナさまって呼ばれてるのを聞いて密かに、おっと思ってたんだ」


「はぁ〜?で、何?お互い知らない振り?――――いや、レイズだけかもしれないけどさ」


 ロトが呆れのため息をついて、空を仰いだ。

 雲一つない清々しい晴天だ。


「えー……と。リナさまとレイズさんは、昔お付き合いをしていたと……?」


「どうだろうな。レイズの片想いかもしれんし、そこは定かではないな」


 ううむ。チリルは唸る。

 あのフィリナがと、どうしても疑ってしまう。

 レイズの片想いというのも、いまいちしっくりとこない。

 この件に関しては憶測の域を出ないようだ。

 三人はとりあえず歩きながら、話を進めることにした。


「フィリナは東の要求を突っぱねた。そして、逃げた。これが現状なら、フィリナは東国の兵あたりに追われてるだろうな。俺らをつけてたやつらも、レガートたちを追って行ったからな」


 チリルは尾行には全く気がついていなかったので、いなくなったこともわかるはずなく、一度だけ振り返ったが、当然怪しい人の姿はどこにもなかった。

 しかしレガートたちを追っているという点は気がかりだ。

 そして、フィリナ。

 

「リナさま、大丈夫でしょうか……」


 たった一人で、逃げているだなんて。


「俺らはどうすんの?」


「東に入った時点で任務終了に近いしな……。一先ず静観するか。レイズがどうオチをつけるか、見届けるぞ」


「オチって……」


「私はリナさまを助けます!」


 唐突なチリルの宣言に、二人はぽかんとして足を止めた。


「いやいや、無理でしょ?俺ら足だし、今行っても遅いから」


 それはそうかもしれないが、何かできることがあるかもしれないではないか。

 チリルは頬を膨らましてロトを見上げた。


「う、上目遣いは反則だって!」


 たじろぐロトをながめて、レカルドがニタニタとしている。

 チリルは構うことなくロトへと詰め寄った。


「とにかく、急ぎましょう!」


 髪をくしゃりとして面倒そうにしていたロトだったが、最終的にはチリルに圧されて陥落した。

 力なく両手を挙げて、降参している。

 ならば次は、レカルドだ。


「お父さん!」


 チリルはあえて、そう呼びかけた。

 おっ、と眉を上げ、レカルドは乗ってきた。


「リナさまを助けに行きましょう!」


「おう、いいぞ」


 軽い調子でレカルドが答え、ロトが額に手を押し当て、げんなりと項垂れた。

 緊張感は欠片も存在しないが、チリルたちはフィリナ救出のために一致団結した。が。


「時に娘よ」


 チリルは初めの一歩をレカルドによって邪魔をされ、踏みと留まった。


「はい?」


「これは仕事として請け負う形になるぞ?」


「えっ!?――――そ、そうなんですか?」


 てっきり善意だとばかり思っていたチリルは、世の中の世知辛さを痛感した。

 女中の給金では足りないということは目に見えている。


「お、お金は、その……働いて返します」


 しゅんと肩を沈ませ言うと、ロトがチリルの側へとついてレカルドへと反論した。


「ちびっ子から金取る気かよ」


「俺たちは善人じゃないんだぞ。いくらちびとはいえ、人を雇うのにタダというわけにはいかん。身売りしてでも払って貰わんとな」


 チリルはびくりと体を竦ませ、さっきまでの勢いは急速に萎んでいった。


「身売りって……。おっさんふざけんなよ!ちびっ子を花街に売る気か!」


 ロトの激しい剣幕に、チリルはますます身を縮こめた。


「いや、花街には売らん」


 レカルドはきっぱりと断言した。

 なのでチリルはおずおずと彼を仰ぎ見た。

 びたりと目が合うと、快活な笑顔で言ってのけた。


「俺の娘にならんか?」


「え?」

「はぁ〜?」


 チリルは予想の斜め上をいく言葉に、何度も瞬きを繰り返した。


 レカルドが本当の父親に――――?


「おっさん!何だよそれ、どんだけちびっ子気に入ってるんだよ!」


「いや、待て待て。最後まで人の話を聞け」


 手のひらを前に突き出し制するレカルドに、ロトは渋々といった様子で口をつぐんだ。


「俺には一人、実の息子がいてな。そいつの嫁にならんか、という話なんだ」


「――――ッ!?おいッ!ふざけんじゃねーぞ!!」


 それを聞くなり、ロトは憤怒で歪んだ顔を紅潮させて、レカルドへと掴みかかった。

 肌がひりつくほどの怒気だ。

 感情が錯綜する瞳は初めて目にするもので、チリルはあわあわとして、二人の間に突入した。


「ま、ま待ってください!お、落ち着いて、話し合いましょうよ。ね?」


 一拍して、ロトがレカルドの胸ぐらを、振りほどくように手を離した。

 けれども彼は苦痛にも似た表情で、レカルドを睨み続けている。

 レカルドはその眼差しを真摯に受け止め、まっすぐに告げた。


「俺はこの条件を取り下げん。もちろん成功報酬で構わんぞ」


「俺はっ――!……いや、ちびっ子。おまえはいいのかよ。こんな馬鹿げた条件」


 チリルのために心を砕き、辛そうにしているロトの表情に、きゅう、と胸が締めつけられた。

 しかしレカルドの協力なしでは、城まで辿り着けるかさえ、わからない。

 溢れてしまいそうな感情を押し込め、こくりと深くうなづいた。

 そのまま顔を俯け、足元へと目を落とす。


「…………。馬鹿だな、ちびっ子。おっさんの息子なんてろくなやつじゃねーぞ。堅気の仕事どころか、悪事働いてたりするんだよ。絶対」


 ロトは忌々しそうに吐き捨てた。


「まぁ、間違ってはいないな。息子が幼い時分に別れたきりだったし。俺には似てないから、安心していいぞ。――――ちび。どうするんだ?自分の身を売ってでもフィリナを助けたいなら、協力してやるぞ」


 チリルの心はもう、揺らぎを止め、冬場の湖のように固まっていた。


「……はい。お願いします」


 丁寧に頭を下げると、ロトの舌打ちが聞こえてきた。

 涙が出そうになったが、ぐっと堪えて顔を上げた。


「ロトさんは、条件とかありますか?」


「……特にない。強いていうなら、――――後悔するなよ」


 ざっくりと切りつけられたように、チリルの心は痛みを負った。

 それでも、一人でも多くフィリナの味方が必要なのだと言い聞かす。

 何を犠牲にしてでも、フィリナを助けたい。

 チリルを、救ってくれた大切な人だから。

 チリルは切なさを振り切り、無理矢理笑顔を作った。


「はい!」


 ぽん、とロトの優しい手が頭に乗った。

 下手くそ、とつぶやく彼を、チリルはじっと見つめた。


 子供の時間はきっと、もう終わりなのだ。

 憧れは胸の奥に、リボンをかけてしまっておけばいい。

 たまに手に取りながめて、昔を懐かしむ。

 それだけで、満足だ。


 風化しない想いというものは、時が経っても色褪せることはないのだから。



 背中を押すように柔らかな風が吹き、チリルはようやく新たな一歩を踏み出したのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ