5.洗礼
再び湯を沸かし、今度こそカップラーメンに湯を入れて3分待つ。
その間に、僕は慎二から送られてきた特典コードを入力して、ゲームの登録を行うことにした。
登録すると、メールアドレスの入力画面が現れる。
ゲームをするのはともかく、こういうのは面倒だし、何だか嫌な部分でもある。通販で使っているフリーメールでアドレスを登録して、ゲーム開始手順を進めていく。
ゲーム内のハンドルネームを決めて、性別、クラス、アバターのカスタマイズに移行する。アバターのカスタマイズについては、フリーゲームでここまで出来るのか、などと感心した。けれど、それも今のゲーム業界の水準から言えば、珍しいものでもないのかもしれない。
ただ、僕はキャラクターのカスタマイズをするタイプのゲームをあまりやらないので、物珍しく感じる部分は大きかった。
画面に表示されたスタートボタンを押すと、画面が暗転する。読み込み時間のようだったが、その間に一つ、ワンポイントのゲーム説明が表示された。
『ようこそ、soulStrainの世界へ! あなたがこの世界に来て一番初めに経験する重大な出来事は、』
そこでテキストは一旦区切られ、画面は切り替わる。
『死ぬことです』
などという、何とも不穏な説明文である。
何だか、どことなく他国語の文章を機械翻訳に掛けたような不自然さがある。
暗転していた画面だったが、画面の奥に当たる部分から、光が漏れているのが確認できるまでになった。完全に見える訳ではないが、洞窟の中に居るみたいだ。画面内には、画面上部に体力を示すメーター、左下には半透明の仮想コントローラが有り、右側にはゲーム中のステータスボタン、オプションボタンが縦に並んでいる。
洞窟を出ると、そこは灼熱の砂漠だった。見渡す限りの砂の海は、地平線がゆらめいて見える。僕自身が実際に暑さを感じることはないけれど、見事な映像表現だと思った。よく見ると、黄土色の砂漠には幾つかの建造物が点在しているようだった。まずはそこまで行った方が良いだろう。
町……だろうか。建造物群へ向かって歩いていると、そちらの方から誰かが歩いて来るのが見えた。こちらまで来ると、その『誰か』は女の子であることが分かった。
『そんな格好でうろうろしてたら、すぐにバイタル無くなっちゃうよ?』
ゲーム中はテキストチャットとボイスチャットの両方が可能だったけど、僕はボイスチャットを選択していたため、スマートフォンのスピーカー部分から大音量で女の子の声が出力される。
『うわっ! びっくりした……』
つい、驚きが言葉に出てしまった。
『バイタルって、ああ、体力のことか。確かに、やられた訳でもないのに、ジリジリ減っているような』
僕の装備を見て、相手は話を続ける。
『そうそう。上体装備って結構大事なんだよ。こういう場所なら、特にね』
『なるほど、その辺りの装備もちゃんとしておかないといけないんですね』
僕がのんびりと返答している間にも、バイタルは低下していく。
『……君、初心者?』
『そうなんです。始めたばかりで』
『そうなんだ。ちょうど今、使わないアイテムとか装備あるんだけど、いる?』
その提案は、始めたばかりの僕にとっては願ってもないことだったので、素直に返答する。
『ありがとうございます。よろしくお願いします』
『じゃあ、アイテムボックスの中身見せてもらってもいい?』
『えっと、どうすれば良いんですか?』
『君はこのゲーム、スマホでやってる? PCでやってる?』
『僕はスマホでやってます』
『じゃあ、あたしの手の所、タップしてみて』
言われた通り、僕はスマートフォンの画面上に表示されている彼女の手をタップした。すると、僕のアバターと女の子のアバターが右手同士で握手をする。その手の周りには、透明に優しく輝くメビウスの輪が現れた。
『ふむふむ、なるほど。本当に初心者みたいだね。じゃ、まあクライムだけでも回収しとくか』
『回収って……? あの』
言葉の途中で、僕のアバターの首元にククリナイフが深々と刺さっているのが見えた。握手していた女の子の右手は、いつの間にか僕のアバターの首元のククリナイフを更に深く押し込む役目に回っていた。バイタルゲージは半分を遥かに下回り、気候の厳しさと相まってレッドゾーンに突入する。徐々に画面がフェードアウトしていく中で、能天気な女の子の声だけがスピーカーから聞こえる。
『じゃあね〜、今回はバイバイ☆』
画面が外側から赤く染まっていき、程なくしてブラックアウトした。
その際、ゲーム開始時と同じく、ワンポイントの説明文が表示される。
『The memory is accumulated.』
ほんの一瞬、英文が表示された後、日本語でTipsが続く。
『この世界では、奇襲、詐欺、何でも有りです。他人との交流は節度を持って行い、理不尽を楽しみましょう』
次に表示されたのは、ゲーム開始時とは微妙に違うようだが、洞窟内の景色だった。
所持品はempty、通貨を確認すると0 crimeと表示されている。
クライムだけでも、と言っていたが、少量だけあった回復アイテムも全て奪われていた。
「何だ、これ」
ふと、テーブルの上に視線を移すと、すっかり忘れ去られてのびきったカップラーメンがそこにあった。
「……マジかよ」
つづく




