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第6話

 ルキウスの両親は誰か。

 

 丁度ヴェルマの問いをラウドも考えていた所だった。ルキウスは両親を魔力のない一般人だと言っていたが、本当だろうか。クワント並みの魔力を持つ者は実はクワント以外の魔術師からも生まれるのだが、ルキウスのような『幻覚』など、特殊な能力を持つのはやはりクワントからしか生まれないと言われている。実際前例もない。『魔封じ』や、ルキウスを二度も見つけ出した『魔力追跡』もクワント出身故のラウドの特殊能力で、それは魔力の強いヴェルマにもない力だ。彼は彼でラウドにはない特殊能力を持っている。


 ヴェルマの言葉でルキウスの体が強張るのが見て取れたが、ヴェルマはお構いなしに続けた。


「クワントは今、十二人いるわよね、その内ジョコフ家の三人とガレッド家の二人、クラフ家の二人は家系がしっかりしているから除外。のこりは五人ね。その内の一人、スティーヴェル家は魔力のある子供を亡くして以来魔力を持つ子供が生まれたって聞いたことがないし、モイア・ダニングはラウドの父親よね。私のママも除くでしょ。後は…」


「フォゴル・リルツェン」


「そうそう、彼はもう結構いい歳なのに魔力をもつ子供がなかなか生まれなくて慌てているらしいわ。最近また新しい妻を貰ったっていう話よ。こう改めて見てみると、クワントの存続も大変ね」


 ヴェルマは喉を鳴らして笑った。


 何人子供が出来ようと、魔力を持つ子供は一人しか生まれない。だが、魔力のある子を亡くすと再び魔力のある子を一人授かる事ができる。何故かは分からないが、それが神の決めた魔術師と一般人のバランスなのだろう。早い時期に魔力のある子供が生まれないばかりに子沢山の魔術師は世の中に結構いるのだ。


「リルツェン家は1リュキ硬貨に彫られている大魔術師の家系だから絶やしたくないんだろうな。では、クワントの中でルキウスの親になりそうな人は…」


 そこまで言い、ラウドはにやりと笑った。


「ヴェルマしかいないな」


「悪いけど私の子供ならもっと可愛いわ。可能性をいうなら、クワント出身のあんただって入るんじゃない?」


「もしそうなら、十歳の時の子だぞ? 流石にその歳では身に覚えがないな」


「だーかーらー、おれの親は普通の人間だっていっているだろ」


 ルキウスは黙っていれば果てしなく続きそうな会話に割って入った。ヴェルマはルキウスの言葉に軽い驚きを美貌ににじませた。


「じゃあ、あんたはすごく珍しい例だわ。八百年位前の文献に一人、一般人から魔力の強い人間が生まれたって書かれているものがあるの。古すぎるし、それ以後そんな例がなかったから信憑性がないと思われていたんだけど、本物なら二例目ね」


 ヴェルマの言葉にルキウスの顔が途端に明るくなる。


「きっと、俺はそれだよ。例外ってちょっとかっこいいかも」


 ルキウスはうんうんと頷いた。ヴェルマは瞳を閉じ軽く肩を竦める。


「はいはい、それは良かったわね。もう魔力を試さないのならさっさとこの『珍種』を魔封じした方がいいわよ。逃げるという愚行を再び実行する前にね」


「嫌なこと思い出させるなー」


 ルキウスはヴェルマを睨んで、次に哀れっぽくラウドを見上げた。


「そんな顔しても駄目だ。努力して俺への信頼を回復してくれ」


 ラウドは湧き出る笑みを片方の口端に押しとどめて再び魔封じを施した。

     



「ヴェルマはさ、得意な魔法はなんなの?」


 魔封じが気持ち悪いのか、腹を気にしながらルキウスは聞いた。声色からかなり『魔術師』に興味を持ったようだ。


「私を誰だと思っているの? クワントの中のクワントといわれている私に不得意なものなんてないわ」


「彼の特技の一つは『記憶の消去』だ」


 二人の仲がまた険悪にならないうちにラウドが何気を装い代わりに答えた。何故自分がこんな気苦労をしなくてはならないのか、と考えながら。


「相手が魔法の使い方を忘れちゃうって事かな?」


 ルキウスは首をひねる。


「魔法だけじゃないわよ。自分が誰なのかのみならず、『えにし』まで消してやるの。つまり、私に記憶を消された奴は同時にそこの家系の血の流れから外れちゃうわけ」


 わかる? と言うヴェルマにルキウスは曖昧に頷いた。感覚的には分かるのだが、実は今一つピンときていないという様子だ。


「俺が魔封じとしてちゃんとやっていけるまで彼が変わりに違法魔術師をとりしまっていたんだ。相手が魔力を使えなくなるのだから俺の魔封じと同じという訳だ。…いや、彼のは記憶を一度消すと元に戻せないから、魔封じよりも酷かもしれないな」


 ラウドの言葉にヴェルマは軽く片眉をあげた。


「そうかしら? 昔魔術を使えた頃の思い出を引きずりながらも只人ただひととして暮らさなければならない事に比べたら、全てを忘れて何も知らずに一から生きていける方が遙かにマシだと思うけど。そういえば…」


 ヴェルマはくすくす笑いながらラウドの頬を両手で挟んだ。


「初めて会った時のあんたはまだ十二歳で、可愛かったわよね。いつも一人で人恋しかったのか私にすぐ懐いたし。私の行くところ、どこへでも付いてきたわね」


 心の中でラウドは苦い表情をした。だが、反論は出来ない。


 幼き日に一人で過ごす時間は果てしなくつまらなく、永遠に続くかと思われた。そんな中、『魔封じ』の職務を滞りなく遂行するためとして魔封じ不在の間に違法魔術師を取り締まっていた魔術師がラウドの元に送り込まれた。それがヴェルマだった。彼は気分屋で口も悪いが、ラウドは嫌いではなかった。彼に初めて会った時、長い長い黎明からようやく眩しいほどの太陽の光を得た気がした。それを逃してはいけないと幼心に思ったのかもしれない、ヴェルマが言うように、ラウドはすぐヴェルマに心を開いた。良いことも悪いことも全て教えてくれた彼のお陰で急速に世界が広がり、物や書籍では決して埋められなかったラウドの心の隙間も知らない間に狭まっていった。偶に彼の突飛な行動に付き合わされる自分に不安を覚える時もあったが、常識に囚われない彼だからこそ人に明かせぬ闇を持つラウドの傍に今までずっといてくれたのだろう。


「ヴェルマ」


 ラウドはヴェルマには感謝しているものの、今は自分の頬から首に手を移動させ絡めるヴェルマを軽く引き離しつつたしなめた。放っておけばルキウスに見せたくない展開がまっている。ヴェルマは器用に片眉を上げた。


「なによ、恥ずかしがることないじゃない。あんたはいわば私の初めての弟子といってもいいかもしれない。違法魔術師の取り締まり方だけでなく、いろ〜んなことを教えてあげたわよね〜。しかもそれにすべてちゃんと答えてくれたし」


 二人の間に流れる異質な空気を嗅ぎ取ってルキウスは目を見開いた。思惑通りの表情を浮かべるルキウスに、ヴェルマが満足げにほほ笑むのをラウドは見逃さず、内心重いため息をついた。


 興に乗ったヴェルマはルキウスに見せ付けるようにさらにラウドに体を密着させる。同時に胸元から手紙を取り出すとラウドの体にすべりこませた。


「はい、これであんたの頼まれごとはすべて完了よ。今度はこっちの願いを聞いてもらう番ね」


 ラウドの精悍な顎のラインを指先で撫でる様に辿り、にっこり微笑んだ。


「とりあえず、もっといい宿に移りましょう」


 その言葉にはルキウスも嬉々として頷いた。が、それはぬか喜びだった。ヴェルマに連れられるまま移動した宿に入った途端、ルキウスは豪華に設えられたメインの部屋に隣接する使用人が控える質素な小部屋へとヴェルマに追いやられてしまった。


「オコサマはここで寝てなさい。これからは大人の時間だから」


 ヴェルマは意味ありげに笑うと扉を閉じた。


「この扱いはなんだよー」


 この使用人部屋もさっきまでいた宿よりはかなり上等なのだが、期待していただけに落胆が激しい。


「ヴェルマのバカ。俺の初恋を返せ」


 ルキウスは隣に聞こえないようそっと毒づいた。



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