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第5話

 ラウドの待ち人、ヴェルマ・サレイドは全身頭からつま先まで白色である。羽が生えていれば天使が舞い降りてきたと皆思うだろう。


 彫刻のように均整の取れたヴェルマの美貌を見たものは見とれて声が上げられない。そして、しばらくしてからやっと感嘆の声のみ・・を出すことができるのだ。


 ヴェルマを女性だと思っている人は沢山いるに違いない。顔立ちは中性的でどちらの性別ともとれるが、言葉は女性のように話す。服もレースをたっぷりあしらったものを好んで着る。しかしその下には締まった男性の肢体があることをラウドは知っていた。同時に魔術師の中で最高位のクワントの中でも強い魔力を持つことも。


「あの子が例の子?」


 ラウドから大体の経緯を聞いたヴェルマは眠るルキウスに近づくと躊躇いなく頬をつねった。


「起きないわね」


 そう言って軽く肩を竦めてみせる。別に何処へ行くわけでもない。あまりにルキウスが気持ち良さそうに寝ているので、ラウドは無理に起こすのが可愛そうになった。


「寝ているんだからほっとけよ。それにそんな起こし方はないだろう」


 ラウドの言葉で途端にヴェルマの唇が尖る。


「なによ、優しいじゃない」


「寝ている方が静かでいいんだ。ただそれだけだ」


 機嫌の悪いヴェルマは手に負えない。ここで彼以外の人物を誉めたりかばったりする発言は避けるに限る。


 にっこり笑ったヴェルマだったが、再度ルキウスの頬をつねり、更にひねりを加えた。相変わらず性格が悪い。しかしヴェルマとの付き合いの長いラウドにしてみれば、むしろそれはヴェルマらしい行動だと言わざるを得ない。


「ったいなあ」


 眠りを邪魔されて不満声のルキウスはもがくように手を伸ばしヴェルマの手を払う。そして驚いたようにそれを引っ込めた。ぱっちり開いた緑の瞳は辺りをさまよい、程なく落ち着く。自分の置かれている状況が昨日と変わったことを思い出したのだろう。


「あんたが二回も魔封じを受けた、かわいそうなおバカさんね」


 ヴェルマは喉の奥で忍ぶように笑った。


 いつもながら他に言い方があるだろうとラウドは思わずにはいられない。ルキウスも癪に障ったのかヴェルマを睨み上げる。が、すぐさま表情を変えた。


 ヴェルマを見てうっとりとした顔つきに変わる人は大勢見てきた。しかし今ラウドが見たルキウスの表情は感嘆ではなく単純な驚きが前面に出ているものである。ラウドは新たなルキウスの一面に興味を持った。ヴェルマもいつもと違う反応に気づいたらしい。


「私、あんたとどこかで会ったかしら?」


 慌てたようにルキウスは思いきり首をふる。


「ないない、初めて、初めてだよ。ただ、その、…あまりに綺麗だったからさ」


 あきらかに動揺を隠していることが分かるのだが、『綺麗』といわれてヴェルマも悪い気がしないのだろう、当然と言わんばかりに頷いた。


「で、この子をどうしたいんだっけ?」


 ヴェルマは腰に手をあてながらラウドへ振り向く。漸く本題に入れそうだ。ラウドは顔を引き締めた。


「ルキウスの魔力がどの方面に向いているかが知りたい」


「そう。じゃあお腹の呪印外してくれる?」


 ヴェルマの言葉に、顔には出さないがルキウスが色めきたったのが分かった。ヴェルマはわざと声に出して大きな溜息をついた。


「あんたさ、クワントの中のクワントと言われる私と、魔封じのラウドから逃げられると思っているの? おめでたいわね」


 すぐに釘をさされ、ルキウスもわざとため息をつき、両手を軽く挙げた。


「好きにすれば?」


     

 魔封じを外したルキウスをヴェルマは不躾に眺める。ルキウスも居心地が悪そうにはしているものの、どの系列の魔道士か知りたいのか大人しく黙っている。


「どちらかというと戦闘には向いていないわね。出来ないことはないでしょうけれど」


「何に秀でているんだ?」


 ラウドにはその点が重要だ。


「ちょうどいいわ、あんたその膝の怪我、自分で治してみなさいよ」


 ヴェルマはルキウスの膝の怪我を指差した。


 昨日転んでつくったものらしい。ラウドが追ってきたせいで転んだんだ、と散々文句を言われながらも手当てはしたが、一日で治るものではない。


「どうやるか分かんないよ」


 ルキウスは本気で困っている。今までそのように能力ちからを使ったことが無いのだろう。


「だから、手のひらに力を集中するイメージを描くのよ。言っとくけど『治す』がここでの目標だからね、その力に変換するの」


「なんか呪文とか無いの?」


 ルキウスの問いをヴェルマは鼻であしらった。


「言いたければどうぞ」


「なんて言うの?」


「それは自分で決めなさいよ。呪文なんて『きっかけ』に過ぎないんだから。高い魔力を持つ魔術師程呪文なんて唱えないわね。相手にこれから何か魔法を使います、って教えるようなものだから。まあ、何か唱えた方が庶民受けはいいわよ、実際」


 馬鹿にされたような気がしたらしく、ルキウスは少しムッとして眉間に皺をよせながらも手を傷口にあて始めた。黙っているところを見ると呪文を唱えるスタイルはとらないと決めたようだ。 


 ラウドはその様子に自然と笑みがこぼれるのを感じ、慌てて顔を引き締めた。見られたらヴェルマの機嫌をそこねる。そしてそのとばっちりを受けるのはラウドではなく残念ながら無実のルキウスの方なのだ。


 程なくルキウスの手から淡いブルーの光が出始め、完治まではいかないものの、捲れていた皮膚はほぼ元通りとなった。


「すごい…」


 ルキウスはため息に似た呟きを発した。自分の魔力の新たな使い道に感動を隠しきれない様子だ。


「教える人がいいから、当たり前よ」


 ヴェルマはすべてを自分の手柄とする。


(ルキウスの得意分野はヒーリングか)


 悪くは無いが、できれば少しは攻撃のできる魔力も備えて欲しい。そう思ったラウドの気持ちを察したのか、ヴェルマはラウドの肩を軽く叩いた。


「そんな事だけで満足してもらったら困るわ。次は基本の四つのエレメントね」


 水、雷、風、火の四つの基本となる攻撃魔法をルキウスに見せるのだ。


(いつもなんだかんだ言いながら最終的には協力してくれるのがありがたい)


 ラウドはヴェルマに感謝した。


「初めは水ね」


 ヴェルマはさっと優雅に片手の手のひらを上向きに翳し、その上で綺麗な水の円を作って見せた。宿の部屋の中ということで、規模も威力も抑えている。自由自在に規模を操れるのも魔力の強い証拠だ。


 ルキウスもまねをして手のひらを広げた。


 先程のヒーリングで力の変換のコツを得たのか、形は整っていないものの、水を出すことに成功している。


(初めてにしては筋がいい)


 驚きをもってラウドはルキウスを眺めた。


「できた!」


 よほど嬉しかったのか、ルキウスはラウドに満面の笑みを向けた。


 ラウドは平然と頷いてみせたが、ルキウスの笑顔に二度目の戸惑いを感じた。神殿跡で魔封じを解いた時に見せたルキウスの笑顔を見たときと同じ感覚だ。


(本当にこの子はやっかいだ)


 ラウドは心の中で軽く舌打ちをした。ヴェルマも驚いたように片眉を上げたが、何も言わず続けて雷、風と出していった。


 今やルキウスは食い入るようにヴェルマを見ている。


(いい傾向だな)


 ヴェルマの繰り出す魔術は美しくて乱れがない。魔術師への憧れを持たすには十分だ。しかしラウドは真剣なルキウスの瞳に恐れが浮かぶのを見た。それはヴェルマが最後の火を出したときだ。


(火が恐いのか?)


 ヴェルマはそれに気づかない。ルキウスも気づかれないように振舞ってはいるが、歯を食いしばって体が震えないようにするのに精一杯のようだ。


 咄嗟にラウドはヴェルマの肩を掴んでいた。


「ありがとうヴェルマ。いきなり沢山みせてもルキウスが混乱するだけだから」


「こんなの沢山の内に入らないわよ」


 そういいながらもヴェルマは火を納めた。ルキウスも細いため息を吐き出す。


「俺もそれが出来るようになるのかな?」 


 ルキウスは先程の恐怖感を隠すように明るく言った。


「ラウドに頼んでいい師匠に就けてもらうことね。別にあんたのこと褒めたいわけじゃないんだけど、がんばればそれなりの魔道士になれるわよ。私程じゃなくてもね」


 ルキウスに言っているようだが、それがラウドに対するヴェルマの『ルキウスの見立て』の報告だった。今回は主にこのために来てもらったのだ。「私程じゃなくてもね」というのは自画自賛も多少は、いや多大に含まれているだろうが、ルキウスの力はクワントになれる程の能力持ちだということを暗に言っている。


(やはり間違いなかった)


 ラウドは喜びに心が沸き立った。協力者はルキウス以外に考えられない。ラウドはヴェルマを振り返った。


「では…」


「駄目。私は弟子を取らない主義なの。それにオコサマは私の好みじゃないわ。こういうナマイキなガキは特にね」


 ヴェルマはラウドの願いを先読みし、且つ、にべもなく断った。


「ねえ、それより…」


 ヴェルマは膨れ面のルキウスに目を移す。


「この子、誰の子?」



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