第26話・終章
クワントの評議会は大騒ぎだったという。
フォゴル・リルツェンを魔封じし、結果的にこの世から大魔術師の一人を消し去ってしまったということで一部の評議会委員から非難をあびたラウドだったが、『六つ星』が彼の首筋から綺麗に消えたという事実と、リグ・ガレッド、モイア・ダニング、ヴェルマ・サレイド、そしてエスカトの町からわざわざ出てきたマリー・ジョコフの口ぞえもあり、彼の罪は問われることはなかった。
しかも、程無くラウドの望みどおり『六つ星』は迷信であり、痣のある子供は殺さないようにとの法ができた。
慣習として染み付いているのですぐになくなることはないかもしれないが、救われる子供は確実に増えるだろう。
評議会に『六つ星』の報告をするにあたり、ラウドは自分の出生を明かし、ラウド・ダニングから実家のラウド・スティーヴェルと名前を変えた。そして二十六年ぶりの親子の対面にルキウスも立ち会った。
(モイアとは全然似てないと思ったけど、血がつながっていないなら当然だね。やっぱり本当のお父さんの方が容姿も雰囲気もなんとなく似ているな)
当のルキウスといえば、クワントの一人に列せられることになった。ルキウス・リルツェンではなく、ルキウス・クリスハルドとしてだ。神話の七魔道士以外からクワントに任命された初めての例となる。
当初この話を聞いた時、母の名誉を守るために断った。リルツェンの息子としての名誉などいらなかった。しかし、モイアはルキウスの魔力の高さを認め、事実を伏せたままルキウス・クリスハルドとしてクワントになれるよう掛け合ってくれた。
「あんたが誰から生まれようと、私には興味の無いことだわ」
ルキウスの出生を知るもう一人、ヴェルマはそっけなくそう言ったが、彼なりに黙っていてくれるという事らしい。ルキウスは苦笑しつつもヴェルマに感謝した。
そのためルキウスは歴史上二人目の一般人から産まれた魔術師として、又人気のあった首長のクレル・クリスハルド家の生き残りの息子として広く知れ渡るようになった。それにはナラも喜び、リグ・ガレッドの計らいもあって、首都エルクサンドラで彼女と再び一緒に住むようになった。
同時にルキウスはヴェルマの下で本格的に魔術の勉強をしはじめた。魔力は強くても一般的に魔術師の卵たちがやるように、ルキウスも魔術師の元で基礎からしっかり学びたかったのだ。ルキウスはヴェルマの屋敷に毎日通い、七日目にようやく弟子にしてもらえた。
「私の弟子になったからには絶対恥ずかしい魔術は使わないでよね」
口は悪いし厳しいが、結構丁寧に教えてくれるのだ。ただヴェルマの性格上、彼に振り回され、修行というより試練と思われるような目にもあわざるを得なかった。しかも、
「六つ星って、リルツェンの血筋に仇をなす者を見つけ出すためにかけた魔法なんでしょ? ってことは、ラウドが心変わりしたら、またラウドの首筋に六つ星が浮かび上がるってことよね。せいぜいラウドの首筋をこまめにチェックすることね。彼、結構モテるから」
とか、
「ラウドの体、結構良かったでしょう? 仕込んだのは私だから、あんたが気持ちいい思いをしたら私に感謝しなさいね」
等々、わざとルキウスを嫉妬させることも平気でいったりするのだ。
「ヴェルマほど優雅に魔術を使いこなす人はいないと思って頼んだんだけど、ちょっと人選間違ったかな、俺」
ルキウスは神殿の中庭を巡る回路の柱に背をもたせかけながら座った。
今やルキウスの右手の甲に彫られた魔術師の印である太陽の紋章を眺めつつ、ため息をついた。
「元気がないな、何かあったのか?」
突然上から降ってくる声に、ルキウスは自然と微笑が浮かんだ。ここ二月ほど仕事で首都を離れていたラウドが帰ってきたのだ。
「お帰り…」
立ち上がったルキウスはラウドを眩しそうに見つめる。もう首筋を隠す必要もないので長かった髪を短く切っていた。それはそれでかっこいいとルキウスは思う。
「少し背が伸びたか? それに髪も伸びた」
ラウドはルキウスの髪の毛をいとおしそうに指に絡めた。
「ヴェルマがさ、髪を伸ばすように命令したんだよ。俺としては鬱陶しいんだけど」
ヴェルマは真っ白な自分と真っ黒なルキウスのコントラストを重視したいらしい。
「並んだときに、白が際立つでしょう? それに髪を伸ばした方があんたの童顔が隠せていいじゃない。切ったら許さないわよ」
それだけの、たぶんその場の思いつきの理由でその日から伸ばすこととなったのだ。そのうち思いつきでまた切れとか言うに違いない。
「おまえの髪は綺麗だから、伸ばしたら見事だろうな」
久しぶりに会ったということもあり、髪をまさぐるラウドの手にルキウスはたまらず瞳を閉じた。
「そんな顔、するな。この青空の下で押し倒したくなる」
そう笑って、ラウドの唇は素早くルキウスの唇を掠め取った。
「しばらくはここにいられるの?」
少し照れながらルキウスは囁いた。二月程放っておかれて寂しかったのは事実だが、そんなにもの欲しそうな顔だったのだろうか?
「ああ、神殿へ報告したら今回の仕事は終わりだ。それからは一緒にいられる。そうだな、まず晩飯を一緒に食おう」
「じゃあ、その席にヴェルマを招待しなくちゃね」
「それは重要だ」
ヴェルマは誘わないと無理やり付いてくるくせに、誘うとこないのだ。二人きりの時間を確保するための、ヴェルマの性格を熟知した二人の知恵であった。
ルキウスとラウドは並んで歩き出す。自然と二人の手の甲がふれ、そして繋がれる。雲間から漏れた陽の光はヴェールのように回廊に差し込み、二人の行く末を照らし出すかのように辺りを輝かせた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
また次回作でお会いできることを楽しみにしております。