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第25話

 ルキウスは所々苔むして趣のある石垣に囲まれた屋敷の前に立った。すぐさま門から警護兵が三人出てくる。


「俺、いや私はルキウス・クリスハルドと申します。モイア・ダニングにお目通りを」


「旦那様と約束はあるのか?」


「ありません、でも」


 ルキウスは前にラウドからもらったネックレスを取り出した。


 前に「何か」あったときにモイア・ダニングにネックレスを見せれば良い様に計らってくれるといった。今がその「何か」の時だ。


 紫石の嵌ったネックレスをみた途端、門番達は態度を変え、中へと通してくれた。


(すごいな、これ)


 驚きを隠せぬままルキウスは彼らの後ろに従った。


 ルキウスはモイアの姿を『六つ星』会議の時に隣室からこっそりと覗いていたので知っているが、モイアはルキウスの事は知らない。いや、突然の乱入者として顔は見られたとは思う。だが彼はルキウスを旧知の友の様に暖かく迎えてくれた。


 小柄な体、柔和な顔立ち。はっきり言ってラウドとは全てにおいてまったく似ていない。


「ラウドの行方を知りませんか? どうしても会わなくてはならないのです」


 勧められた椅子に座るなり、ルキウスはモイアに言ったが、残念ながらモイアはラウドが何処にいるか知らなかった。


「あなたのお役に立てなかった事は残念です。しかしあなたをラウドがどれくらい大切に思っていたか、そのネックレスを託した事で分かります。他に私が出来る事があれば喜んで力を貸しましょう」


 モイアの言葉にルキウスはネックレスを見つめた。そして一息ついてから、ルキウスはモイアにフォゴルとの全ての出来事を話した。モイアなら話しても大丈夫と思ったからだ。


「俺に魔封じをすれば終わりなのにそうしなかった。六つ星が消えなければ、ラウドはただの人殺しになってしまう」


 必死な口調で語るルキウスの話を最後まで聞き、モイアは静かに口を開いた。


「あなたに魔封じをしなかったのは、彼がそう望んだからでしょう」


「でも…」


「私も呪印からあの子を解き放ってあげたい。しかし彼が選んだ道だから、こればかりは私にはどうすることもできない。ただ、彼が助けを求めてきたら、私は全力を尽くします。今はあの子を信じる、それだけです」


 ルキウスとモイア、ラウドに対する思いは同じでも考え方は違う。これ以上話しても平行線を辿るばかりだ。そう思ったルキウスは礼をいってモイアの屋敷を後にした。


(俺は絶対呪印からラウドを救う。ラウドが望まなくても、俺が望むことだから)


 暫く考え抜いた末、ルキウスはラウドに頼らなくてもいい方法を見つけ出した。

 

* * *


「あんた、本気?」


 ヴェルマはルキウスの申し出にあからさまに眉を寄せた。ヴェルマに頼むため、仕方なく彼にもフォゴルとの顛末を話さざるを得なかった。


「冗談で言うわけないだろ」 


「本当に、あんたってラウドにいかれちゃったのね」


「そうかも」


「素直に認めるんじゃないわよ、つまらないわねー」


 ルキウスの額を指ではじくと、髪を掻き揚げつつルキウスの前に座って足を組んだ。


「ラウドの魔封じと違って、私の『記憶の消去』は元に戻せないの。もう何もかも思い出せなくなるのよ、いいの? あんたの大好きなラウドの事だって全く忘れちゃうわよ。それにあんたがリルツェン家の『縁』から外れたとしても『六つ星』が消えるとは限らないんでしょ?」


「消えるかどうか、やってみなくちゃ分からないじゃん。…俺は全てを忘れても別にかまわないよ」


 母の事、父の事、ラウドの事…下手に記憶かある方がつらい気がする。


(でも、同じくらい楽しい思い出もいっぱいある。忘れたくないけど…仕方がないよね)


 軽く息を一つ吐くと、ルキウスはヴェルマに深々と頭を下げた。


「頼むよ、ヴェルマしかもう頼る人がいないんだ」


 自分で命を絶つことも考えた。しかし、そんなことをすれば、ラウドはきっと己を責めるだろう。彼はそういう人なのだ。だから、形だけでも生きていなくてはならない。


「本当にいいの?」


 ルキウスは頷いたきり口を閉ざした。心は決まっているのでもう他に言うことはない。そんな彼を見ていたヴェルマは立ち上がると、乱雑に真っ白な髪を掻き毟った。


「もう、面倒ごと持ち込んで! わかった、あんたがそう言うならやってあげるわ」


「ありがとう、ヴェルマ」


「じゃあ、こっちにきなさいよ」


 ヴェルマはルキウスをベッドへ横たえた。


「次に目を開けるときは、何もかも忘れているわよ。はじめに見る顔は私だから、あまりの美しさにびっくりしないでね」


「覚えておくよ、忘れちゃうんだろうけど」


 ルキウスは微笑んで瞳を閉じた。


「やめるなら今よ」


 ヴェルマは躊躇しているようだ。


「最後にさ、ヴェルマがいい人だってわかってよかった。 …それも忘れちゃうんだったね」


 ルキウスは瞳をとじたまま告げた。


「本当、気づくのが遅いわよ。じゃあね」


 ヴェルマがそう言った直後、ルキウスは体が温かくなるのを感じた。


(お願いします。絶対ラウドの呪印が解けますように。絶対…)


 薄れゆく意識の中、ルキウスの心に浮かぶのはただそれだけだった。

  

* * *


 眠りから覚め、ゆっくりと瞳を開けた。眩しい光が人影に遮られる。


「やっとお目覚め?」


 逆光で分らないがヴェルマの声みたいだ。


 ヴェルマ?


(…って、忘れてないじゃん)


 驚いてルキウスは上半身を起こし、ヴェルマの腕を掴んだ。


「失敗してるよ! だって俺、ヴェルマの事覚えて…ってっ!」


 ヴェルマはルキウスの額を手のひらで叩いた。


「失礼ねー。失敗もなにもまだ何にもしてないんだから。あんたがうるさいからちょっと眠らせただけよ」


「やってくれるって言ったじゃん」


「私は別にやっても構わないんだけど、どうしてもやめてくれっていう人がいるのよね」


 ヴェルマは体をずらす。奥の椅子から立ち上がる人影、それは紛れもなく…


「ラウド」


 掠れた声で、ルキウスは呟いた。


「ラウドにあんたが来ても記憶は絶対消すなって言われていたの。でもあんたは消せ消せってうるさいし。二人でちゃんと話し合ってどちらにするか決めてよね。私、人を振り回すのは好きだけど、振り回されるのは大っ嫌いなのよ」


 そういい残し、ヴェルマは部屋から出て行く。二人きりで残されたルキウスとラウドは見つめあったまましばらく過ごした。


「どこにいってたんだよ? すごく心配したんだから…」


 口を開いたのはルキウスの方だった。言葉と共に涙も溢れそうになる。ラウドはゆっくり近づいてルキウスの側に跪いた。泣きそうな顔を見られない様にルキウスは下を向いた。


「すまない。お前がここまでするとは、いや、ルキウスなら必ずヴェルマの所へ行くと思った。だから彼に頼んでおいてよかった。ルキウスには俺の事を忘れて欲しくないんだ」


 ラウドはルキウスの手に自分の手を重ねた。


 その手に力がこもる。


「俺はルキウスが好きだ」


 突然の告白にルキウスは顔を上げた。その勢いで今まで瞳に溜まっていた涙が落ち、ラウドとルキウスの手を濡らした。今まで待ちわびていた一言。とても嬉しい、けれど…


(言葉にするとなんて短くあっけないんだろう。この言葉が聞きたいために意地になって、大切な時間を無駄にしていた気がする)


 居ても立ってもいられず、ルキウスは両手でラウドを抱きしめた。今はただラウドに触れたかった。


「ルキウス」


 ラウドもぎゅっと抱きしめてくれる。そう、求めていたのはこのぬくもり、この逞しさ、この香り、このやさしさ…。


 彼の鋼色の瞳は熱を帯び、ルキウスを優しく見下ろしている。


「ラウド」


 ため息まじりのルキウスの呟きが合図となり、ラウドはルキウスをベッドへとゆっくり押し倒した。


* * *


 まどろみから覚め、けだるい満足感の中、ルキウスは体をラウドの胸へ預けた。ラウドは瞳を閉じているが、口元だけ綻ばせると、ルキウスの髪を撫ぜた。やさしく撫でられながらルキウスはぼんやりと部屋を眺めた。


「ねえ、そーいえば、ここってヴェルマの屋敷だよね」


 ルキウスの言葉にラウドは声を立てて笑う。


「俺の実家だ。流石の俺でもヴェルマの屋敷でルキウスを抱こうとは思わないよ」


 ルキウスは頬を上気させた。目覚めた後はラウドが見つかった事に、その後はラウドを感じることに夢中で、場所が移動していた事に今の今まで気付かなかったのだ。ラウドは上半身を起こすと一緒に起きあがったルキウスに口づける。


(ラウドの呪印、やっぱり解けてない)


 首筋には赤い六つ星が相変わらずそこにあった。


 ルキウスは体を少しずらし、ラウドの首筋の呪印に口付ける。


 ラウドもそれに気づき、ルキウスを抱きしめた。


(俺たち、どうすればいいんだろう)


 二人の気持ちがはっきり通じた後では、ヴェルマに記憶を消されるのが惜しい。


(やっぱり、魔封じしてもらうしかない)


 そう心に決めて、ルキウスは体をはがした。


(ん…えっ?)


 ルキウスは目を疑い、何度か瞬かせた。 


(まだ夢の中? でも、ない!)


「ちょっと、ラウド、鏡!」


 ルキウスはあわててベッドから飛び降りた。足の奥が重い痛みにうずいたが、そんなことは構っていられない。


「大丈夫か?」


 ルキウスの慌てようにラウドも後に続く。


「見て! ないよね? それとも俺の見間違いかな?」


 興奮したルキウスがようやく見つけ出し差し出す手鏡にラウドも驚いた。


「どうして…?」


「さあ?」


 まったく分らない。ラウドの首筋から綺麗さっぱりあの『六つ星』がなくなっていた。


「ルキウス、何かしたか?」


「何かした…って…」


 どちらかといえばされた方だ。そう思い、先ほどの行為を思い出してルキウスは顔を赤くした。


「わからない。でも恥ずかしがらずにあえて言うならば」


 ルキウスは前置いた。


「愛の力かな?」


 その答えにラウドは笑い出す。


「ひどいな、笑うことないだろ」


 ルキウスの顔は完全に真っ赤に染まった。


「すまない。でも、お前がいてくれたから俺は救われた。それは真実だ。だから俺も恥ずかしがらすにあえて言おう」


 ラウドはルキウスへ真摯な瞳をむけた。


「俺もあなたを愛しています」


「ラウド…」


 お互いの顔に幸福の笑みが広がる。そして二人は再び、嵐のような倒錯の世界へ入る始まりのキスを交わし始めた。


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