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第24話

 フォゴル・リルツェンの瞬間移動の魔法で飛ばされたルキウスは地面に転がっていた。着地した時に軽く頭を打ったようで少しくらくらする。


「大丈夫か?」


 声に反応して瞳を開いてみるとラウドが心配そうにこちらを見下ろしている。


「うん。ヘーキだよ」


「無茶をするな!」


 ラウドは驚きと怒りを隠せないようだ。


 ルキウスは口を開こうとしたが、ラウドは素早くルキウスを立たせると自分の後ろにかばう姿勢をとった。いつも守られてばかりな気がする。


「…ごめん。でも俺は『六つ星』の協力者のつもりだったんだ」


 背中ごしにルキウスは呟いた。ラウドは知らないから仕方がないが、『六つ星』以外にもルキウスはこの戦いに参加する理由は十分にあるのだ。ラウドは少し離れた所に立つフォゴルから目を離さないままだが、ルキウスの手をきゅっと握った。


「すまない。ないがしろにしたわけではないんだ」


「知ってるよ」


 わかっている。しかし、ここまで来てしまった以上もう引くことはできない。ラウドはもう一度ぎゅっとルキウスの手を握った。


「なんだ、その乱入者はラウド君の知り合いなのか。なかなか手荒な子のようだが」


 余裕ある言いようだったが、フォゴルも警戒は解いていない。


「手荒な事は望みません。ただ、六つ星の解き方を教えていただきたいだけなのです」


「先程と答えは変わらん。知らん、だ」


「それでは仕方がありません。これ以上罪のない子供が死ぬのを見ていられない。あなたに魔封じを施します」


 ラウドの言をフォゴルは鼻で笑う。


「綺麗事だな。もう『六つ星』持ちという非難の視線に曝されるのが怖くて嫌だ、と言えばまだかわいいものを。予定外な者も一人いるが…受けて立とう、来なさい」


 きっとラウドと二人で戦うために場所を移したのだろう。いつまでもラウドの背に隠れてはいられない。ルキウスはラウドの隣へと並んだ。


(母さんの仇、ラウドの敵。そして俺の本当の…)


 はじめて間近でみる実の父親。整った顔立ちで、品のよさの中にも男らしさを失っていない。しかしこんなに早く彼に対峙する日が来るとは思わなかった。


(瞳は…父親ゆずりだったんだ)


 ルキウスと同じ深いグリーン。この瞳をルキウスは愛していたが、母はこの瞳を見るたび苦しんでいたに違いない。


 母を死に追いやった男。それに、ラウドの敵は自分の敵だ。それはかなり前から心に決めてきた事だ。それが自分と血を分けた者になるとは思わなかったが。


 ルキウスは手のひらに気を集中させると、すばやく回転する風の塊を投げつけた。ラウドに何かいわれる前に強制的に戦闘へ自ら入っていった。


(復讐…?)


 ふとその言葉がルキウスの心によぎった。ヴェルマから昔聞いた話によると、フォゴルは随分いい歳のようだ。ラウドの魔封じを受けるとガロンの様に消えてしまうのだろう。


(母さんを殺し、ラウドを苦しめ続けた男だ)


 気持ちを奮い立たそうと何度もそう思うのだが『復讐』という言葉の重さに急に身がすくんだ。母への愛し方を間違えたかわいそうな男。その男とこれから命のやり取りをするのだ。母はそれを望むだろうか? その現実に気づかず、自ら勢いで戦いに入ってしまったことをルキウスはようやく認識した。


「随分威勢がいいな」


 ルキウスの心内を知らないフォゴルはそう言うと、ひらりと攻撃を避け、二人から距離を取ったところに着地した。


「では、こちらからもいかせてもらおうか」


 差し出して広げた手から炎が飛び出る。まるで狙いを定めた蛇のように音を立てながらこちらへ向かってくる。ラウドは動けないルキウスを抱えると横へ飛んだ。背中に炎がかすったが、いかなる魔法攻撃もラウドには効き目がないので怪我ひとつ負わない。我に返ったルキウスは、転がった態勢から魔術で水を出し、フォゴルの炎で燃える木々の火を消した。


(火を消さないと俺が足手まといになってしまう。でも、今なら消せるし、大丈夫)


 ルキウスは震える自分に言い聞かせた。


「俺から離れるな、間合いに入る。お前の援護が必要だ」


 そう囁き、ラウドはルキウス立たせると、隣に立ちフォゴルを睨んだ。ルキウスが見上げると、ラウドは力強く頷いた。


 ラウドの様子に、今までの憂いが綺麗に晴れた気がした。自分がフォゴルの息子であることを認めた上でラウドについていくことを決めたからだ。


(もう、迷わない)


 そして認めてくれたからには絶対役に立つ。ルキウスは改めて気を引き締めた。


 自然と体の震えも止まっていく。


「いくぞ」


 ラウドはルキウスをフォゴルの魔術から庇いながらも彼へと近づいていく。ルキウスはフォゴルが逃げないよう、行く手を阻むように魔術を繰り出した。


(追い詰めた。でもあっけなさずぎる)


 逃げ場のない一角にフォゴルを誘い込むことに成功した。しかし彼の表情は変わらず冷静である。ルキウスにはそれが不気味だった。


 ラウドの右手が緑色の閃光を放ち始める。同時にフォゴルは左の手のひらを差し向けた。そこから勢いよく飛び出したのは今まで出していた魔術ではなく、単なる砂であった。 


 ラウドは砂をよけるように少し顔を背ける。


 そのために隙が生まれた。


「先祖の苦労を無駄にするわけにはいかないのでね」


 フォゴルの顔に不敵な笑みが浮かぶ。


(あぶない!)


 咄嗟にルキウスはラウドを突き飛ばした。フォゴルの右手に光るものが見えたからだ。 


「っつ…」


 ルキウスのわき腹に熱いものが走った。ナイフがかすったらしい。しかしそれに構わずルキウスはフォゴルの腕を掴む。


(今まで魔力しか使わず、わざと追い詰められた様に見せたのはこの時を狙っていたからだ。フォゴルはラウドの弱点を初めから知っていたんだ)


 腕を掴まれたフォゴルは、空いている左手を振りかざし、指先に光を集め始めた。


 魔術はラウドと違い、ルキウスには十分効果がある。しかし、フォゴルの腕は振り上げたまま降りてこない。ルキウスが必死に腕を掴みながら見上げたその顔には驚愕が浮かんでいた。


「お前の相手は俺だ」


 ルキウスに気をとられたばかりに、今度はフォゴルに隙が出来た。ラウドはそれを逃さず、フォゴルに魔封じを施した。緑の光がフォゴルを包む。


「…ラ…」


 ガロン・マクバーグと同じようにフォゴル・リルツェンはさらさらとした砂と化し、風と共に消えていった。その時、ルキウスは確かに聞いた。フォゴルは最後に母の名前、『サラ』といって消えたのだ。


(俺が母に生き写しと言うことに気づいたのか、夢中で知らない間に出た『幻術』でフォゴルが母の姿をみいだしたのか、今となっては分からない)


 ここでもまた母に助けられた気がした。


 今までつかまっていたフォゴルの体がなくなったので、ルキウスは地面に座り込んでしまう。


 実の父親がなくなった事よりも、ラウドが生きていてくれた事を喜んでいる自分を客観的に複雑な思いで見ているもう一人の自分を心の中に見出した。そしてそのもう一人の自分の存在に嫌悪と安堵を感じた。


「大丈夫か?」


 ラウドも同じようにしゃがみ、ルキウスがさされた傷を見る。


「かすっただけだからヘーキだよ。これくらいならあっという間に治せるし」


 ラウドが心配しないように微笑むと、ルキウスはすぐに傷を治して見せた。安心して気が抜けたのか、ラウドも隣に座り込んだ。


「それよりさ、六つ星消えた?」


 詳しい説明も聞かずフォゴルの魔封じに手を貸したが、だぶんフォゴルがいなくなれば六つ星の呪印が消えるのだろう。


 ラウドは首筋をルキウスに見せた。


(消えてない! そんな…)


 ルキウスは顔がこわばっていくのが自分でも分かった。期待に反し、相変わらず六つ星はしっかりそこにあったのだ。


 ルキウスの表情でラウドも悟ったらしい。突然笑ったかと思うと、激しく地面に拳骨をたたきつけた。


「なぜだ! リルツェンの魔術師の血筋を絶てば消えるのではないのか!」


(え…)


 ラウドの言葉にルキウスは耳を疑った。


(リルツェンの血を引くもの…? まだその血を断ち切れてはいない。だって、ここに俺がいるから)


 ルキウスの心は不思議なくらい冷静で、穏やかであった。


「ラウド…大丈夫だよ」


 ルキウスはラウドをなだめるようにいい、フォゴルとサラの顛末をすべて話した。母の為に黙っておこうと思っていたが、話さなければ分かって貰えないだろうし、ラウドになら話しても母は許してくれるだろう。


 ラウドは驚きを隠せぬままルキウスの話を聞いていた。話終わると口を開いたが、何も言えない様だ。一方ルキウスはラウドを苦しめてきた『六つ星』から彼を解き放つことができるのであれば自分は魔封じされて魔力を失っても構わないと心の底からそう思っていた。


「だから、俺を魔封じすれば終わるんだ」


 しかしそのルキウスの申し出に、ラウドは首を横にふった。


「約束しただろう? お前には二度と魔封じはしないって」


「そんな約束もういいよ」


 いまさら何を言っているのだろう。あの時と今とでは状況が違う。ルキウスはラウドににじり寄った。


「早く!」


「魔封じをしたらお前はお前でなくなってしまう。魔術の練習をしていたルキウスは生き生きとしていて、俺はその姿を見るのが好きだった。それにお前には今まで沢山助けてもらった。最後まで迷惑はかけられない」


「迷惑だなんて思ってないよ」


 ラウドは力なく微笑むと、ルキウスを引き寄せた。


(えっ?)


 そのままルキウスの唇にラウドのそれを重ねる。しかしそれはルキウスの深みを探ることもなく離れていった。


「ありがとう、感謝する」


 そうルキウスの耳元で囁くと、ラウドはすばやくその場を立ち去った。


「ラウド!」


 ルキウスは街中探したが、ラウドの姿を見つけることは出来なかった。


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