第23話
思ったより広い部屋だった。
リグ・ガレッドがルキウスのために用意してくれた部屋はちょうどクワントの評議会が行われる部屋の真隣にあり、しかもご丁寧に覗き穴まで作られている。
(怖っ。いつも誰が覗いているんだろう)
しかし今回ばかりは有り難かった。さっそく穴を覗いてみるとまだ部屋には誰もおらず、重厚そうなツヤツヤのテーブルと等間隔に並べられた椅子が見えるだけだった。
始まるなら早く始まってほしい。始まらないなら永遠に始まらないでほしい。
何が起こるか分からないこの待っている時間が苦痛で仕方がない。
(もしかしたら簡単に六つ星の原因が分かるかもしれないじゃん)
一生懸命楽天的に考えてみるが心の胸騒ぎは収まらない。不安と闘っていると、隣から数多くの足音が聞こえてきた。クワント達が部屋に入ってきたらしい。
ヴェルマは髪を掻き上げつつ入口に近い椅子にすわった。リグは部屋の奥にすわり、こちらに顔を向けると軽くだが頷いて見せた。ルキウスがここにいることを知っているので、彼なりに励ましてくれたのだろう。後は知らない人だが、みな魔力の高いクワントばかりなので、見た目に若い青年や少女ばかりだ。
次々に席が埋まり、最後に背の低い優しそうな顔立ちの男性に連れられたラウドが神妙な面持ちで部屋に入ってくる。ルキウスは不安げに彼の姿を追った。ラウドの姿にヴェルマも珍しく驚いた表情を見せ、ラウドの背中を見ている。
「それではクワントの臨時議会を始める」
ラウドの前を歩いていた青年が仕切り役のようだ。すぐにクワントの一人から声が上がった。
「何故クワントの評議会に参加できない者がここにいるのだ、モイア?」
ルキウスは自分の事かと思い思わず覗き穴から顔を引いた。しかし、ルキウスの事ではなく、ラウドの事を言ったらしい。
「彼にはここに居てもらわねばならない」
進行役の青年はモイアというらしい。モイアは静かにそう言うと、辺りを見回した。
「今日の議題は『六つ星』についてだ」
モイアの言葉にまたクワントの一人が机を叩いた。
「そんなことでわざわざ我々を呼んだのか? もう六つ星については何度も議論し尽くしたのではないか」
「確かに何度も話し合い、何も変わらなかった。だが、今回は違う。そのためにわざわざリグ・ガレッドにお越しいただいたのだ」
「ほう、何か新しいことでもわかったのかな?」
ルキウスに背を向けて座っているクワントがリグの方を眺める。静かな声だが威圧的な感じがした。モイアは室内が静かになったのをかわきりに話を続けた。
「貴賤問わず六つの痣をもつ『六つ星』と呼ばれる子供は殺されてきた。六つ星は世の中に不幸をもたらす者として考えられていたからだ。だがそれは間違いであった」
「間違いとはどういうことだ?」
モイアはラウドに一歩前へ進むように促す。ラウドは少し顔をこわばらせながらもその通りにした。
(ラウドの首の呪印をみんなに見せるんだ)
ルキウスもラウドと同じように顔をこわばらせる。
「私の息子、ラウドだ。彼は魔封じとしての能力を持って生まれたが、同時に六つ星の痣を持って生まれた」
モイアはラウドの首筋を隠す襟を少し下げ、綺麗に並んだ六つの円の呪印をクワント達に見せた。もちろん部屋内のクワントからは驚きとどよめきが起きる。
「彼が生まれてすでに二十数年。世の中を滅ぼすような災害は何も起きなかった。立派な証明になると考えられる」
「これから起きるかもしれないじゃない」
女性のクワントがおびえた声でいう。やはり、長年にわたって信じられてきた『六つ星』の呪縛は簡単に解けそうにない。
「起きないのだ。詳しくはリグ・ガレッドに聞いて欲しい」
静かに立ち上がったリグに皆の視線が集まる。ルキウスも何を言うのか固唾をのんで見守った。
「語ってもいいかな? フォゴル・リルツェン」
ルキウスはリグの出した名前に心臓が止まりそうになった。
(そっか、クワントの集まりだからあいつもいたんだ!)
ラシルの六つ星の事ばかり気にかかって全く思い至らなかった。どれがフォゴル・リルツェンだろう。止まるかと思った心臓が、今度は早く打ち出した。
「何故私に許可を取るのかな?」
ルキウスに背を向けて座っていた男が答えた。彼がフォゴル・リルツェンらしい。
(あいつが母さんを苦しめた男)
しかも、ラシルの『六つ星』にも関わっているようだ。ルキウスは思い切り拳を握りしめた。そうしなければ自分がどう動くか分からない。
「ラウド君。『六つ星』持ちで、今までよく生きてこられたな」
フォゴルの声は低音で深みがある。
「周囲の人々に恵まれましたから」
初めてラウドは口を開いた。そしてかすかに微笑んでいた。
「そのようだな。それで、お前がただ私に『六つ星』を見せにきたわけではなかろう。ここに来たということは、私を魔封じするのかな?」
「できればしたくありません。六つ星の解き方を教えていただきたい。六つ星について調べているうちにあなたにたどり着いた。たぶんあなたにしかこの呪印は解けない」
「何を根拠に…知らんな」
しらばくれるフォゴル・リルツェンの乾いた声に、ルキウスの中の何かが切れた。
激しい轟音と共にルキウスと会議室を隔てていた壁に穴があく。抑えきれない気持ちが勝手に魔法となり、壁を破壊していた。
「ふざけんな、フォゴル・リルツェン!」
突然の破壊音と見知らぬ乱入者に時が止まったかのように周りの人々は止まり、ルキウスだけがフォゴルへ猛然と向かっていく。
ルキウスをはじめは驚きの表情で見ていたフォゴルだったが、口端を挙げて笑った。
「とりあえずラウド君とは二人きりで話す必要があるようだ」
そう言うとフォゴル・リルツェンはラウドのケープの端を掴み、何かを小声で唱えた。途端にフォゴルとラウドの体が光り出し、体がゆがんだかと思うと透け始めた。ルキウスの乱入に乗じてどこかへ場所を移すようだ。
(フォゴルも空間移動ができるのか。でも行かせない!)
ルキウスは慌てて手を伸ばし、フォゴルの服の端をつかんだ。
同時にルキウスの体も透け、しゅっという音を耳元で聞いた次の瞬間には見知らぬ広場に飛ばされていた。