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第22話

 ナラに宿屋まで送ってもらったルキウスは一人ラウドの帰りを待っていた。

 

 夕食の時間が過ぎてもラウドは戻らず、仕方なく一人で食べて再び部屋で待った。ベッドに腰掛け、心もとなげになかなか開かないドアを見つめ続ける。


(明日の評議会で六つ星に決着がつくのかな)


 よく考えればルキウスはリグ・ガレッドの証言内容を知らない。ここ数日間、ラウドは六つ星の話を避けているように見えたのでルキウスもあえて触れなかった。


 リグの証言だけで大丈夫なのだろうか? 評議会に参加するクワント達の前で、ラウドは自分が六つ星持ちだということを話すのだろうか?


 思いに耽っている中、廊下で物音がした。慌ててルキウスはドアへ駆け寄り、思い切りよく扉を開けた。


「遅いじゃん、ラ…」


 ルキウスの言葉は尻すぼみになる。ドアの向こうにはラウドではなく、昼間見たモイアに仕えている少年が目を見開いてこちらを見ていたのだ。


「…ごめん、驚かせちゃったね」


 少年はルキウスの謝罪に軽く首を振り、笑顔をみせる。その屈託のない笑みにルキウスも自然とほほ笑み返してしまう。


「ラウド様からの伝言をお伝えに参りました」


「な、何て?」


 先ほど浮かべた笑みはどこかへ吹っ飛んでしまった。必要としてくれるなら何所へでも行くし、何でもする。しかし、伝言はルキウスをただガッカリさせるものだった。


「今日は帰るのが遅くなるから先に休んでいて欲しい、との事です」


「…それだけ?」


「はい」


 落胆が顔に出ていたのだろう、少年の顔にもルキウスの感情が伝播してしまい悲しそうだ。ルキウスは慌てて笑顔を作りなおした。


「えっと…君は」


「ユーリ、と申します」


「伝えてくれてありがとう、ユーリ」


 濃いブラウンの髪に同じ色の瞳。その瞳は興味深げにルキウスを見つめている。少しくすぐったくなってきた。


「俺がそんなに珍しい?」


 冗談めかしていったが、ユーリは慌てて首を大きく横にふった。


「すみません。そう言うわけでは決してありません! でも…ラウド様から聞きました。ルキウス様は一般人の両親から生まれた珍しい魔術師なんですってね」


 ここ最近忘れていたが、ラウドにはそういう身の上話をしていたのだった。いや、ラウドに会ったばかりの頃は本当の父親がフォゴルとは知らなかったのだ。


 どちらにしても本当のことは話せないので、自分の嘘に最後まで責任を持って付き合わなければならない。


「やっぱり珍しがっていたんだ」


「ごめんなさい、いえ、あのっ」


 ユーリは焦って何を言っていいのか分からなくなっていた。ルキウスはユーリが憎めず声を立てて笑った。


「別にいいよ。でも魔力があるって気づいたのはごく最近だから、まだ手の甲に魔術師たる太陽の紋章もないんだけどね」


 ルキウスの話にユーリは目を輝かせる。


「いいなあ、私も遅咲きでいいから魔力に目覚めたりしないかなあ」


 やはり魔術師はあこがれのようだ。ラウドを助けられるのは強い魔力を持っているからだが、その強い魔力はクワントであり、母のかたきでもあるフォゴル・リルツェンの血を引くからで、ルキウスはその葛藤に日々悩まされ続けている。


 ユーリと別れ、ルキウスはまた一人部屋に戻った。もうドアを見ていてもラウドは帰ってこないので、ルキウスはすることもなくベッドに横になった。


「とうとう話してくれなかったな…」


 自分以外誰もいない広い部屋にその言葉は寂しく響いた。


 ルキウスはコッドを手繰り寄せるときゅっと抱き締めた。六つ星を解くための協力者のつもりでいたが、何一つとしてラウドの役に立った気がしない。だが、自分はラウドに出会って大きくかわった。まず、いろいろな魔法が使えるようになった。


 それより一番大きな変化はラウドを好きになった事だ。


 相手のために真剣に考え、自分を顧みず身体が勝手に動いてしまう。そんなことは今までなかったので、ルキウスは戸惑い、素直に自分が出せなかった。


 ラウドが今回、評議会について何も言わない理由はもう分かっている。実力がないからではない。信頼されていないからでもない。ラウドはルキウスを六つ星という試練から切り離そうとしてくれているのだ。


 ラウドはいつも優しかった。それをルキウスは誰よりも欲していたのに、自分の作ったかせで遮ってきた。


 ラウドの事を愛しているのなら、彼を信じて何も聞かず、何も言わずに『明日』という日を過ごすべきなのかもしれない。


(ラウドがそう望むのなら、そうしよう)


 自分にそう言い聞かせ、ラウドの伝言通りルキウスはベッドに横たわると目つぶった。


 あまり深くは眠れない。短い夢を見ては目覚める、それの繰り返しだ。そしてその夢は全て意味が分からないものばかりだった。


 何度か目の夢から醒めた時、ドアが静かに開く音が聞こえた。ベッドの中にいたが、ルキウスにはすぐに分かった。


(ラウドが帰ってきた)


 ルキウスはすぐには起き上がらなかった。ラウドには何も聞かない事にしたのだ。もう少したってから目覚めたふりをしようと思う。ルキウスは明日の評議会について何も知らない事になっているのだから。


 ラウドの近づいてくる足音が聞こえ、傍らに座る振動を感じた。


「ルキウス…」


 暫くしてからラウドはそう呟くと、ルキウスの髪をなでた。何度も、何度も。


 優しい手つきにルキウスの鼓動が嬉しさで早くなるのがわかった。


(一言いってくれたら…)


『好きだ』でも『愛している』でもいい。わかりやすい言葉で欲しかった。


 しかし、その願いは叶わず、ラウドは立ち上がると再び外へ出て行った。

 

 戸が閉まり、ルキウスは胸騒ぎに襲われた。今までこんなことはなかったのに、どうして急に触れてきたのだろう。どうして再び出て行ってしまうのだろう。


(やっぱり明日、何かあるんだ)


 思い至った答えに、ルキウスは跳ね起きた。


 重大な何か。ラウドは今までルキウスに触れないという約束を頑なに守って来た。それなのに、禁を破ってまで急にルキウスに触れてきたのだ。


(俺はラウドの役に立ちたいと思っているのに、どうしていつも置いていくんだよ)


 ルキウスの心中にもどかしさが湧きあがる。


(もう何もせずに明日という日を過ごすのはやめた)


 すっかり目が冴えてしまったルキウスだったが、ベッドからは出なかった。明日、いや、もう時間的に今日だが、何があるか分からないので体力を温存しておきたかった。


 まんじりと夜明けを過ごし、ルキウスは服を着替えると宿をでた。


 ひんやりとした空気の中、ルキウスは黙々と石畳を歩く。いくつかの路地を抜け、首都エルクサンドラの中でも広大な屋敷の鐘を鳴らした。


「おはようございます、ルキウス様。旦那様がお待ちです」


 応対に出たナラに連れられ、ルキウスはリグ・ガレッドの屋敷へ入って行った。


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