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第21話

 首都のエルクサンドラに来て五日間。ルキウスはラウドと毎日のように出歩いていた。


(有名な時計台でしょ、噴水が奇麗な広い公園に高台の丘の展望台、彫刻の素晴らしい神殿…)


 子供の頃、エルクサンドラに住んでいたが、ルキウスは全く表に出してもらえなかったので、見るものすべてが新鮮で楽しかった。人々がこぞって行く所には訳があるのも分かった。


(それに、隣にラウドもいるしね)


 楽しいと思うのはそれが一番の理由だと思う。ラウドはエルクサンドラの街を知り尽くしているようで、高級な所から雑多な場所まで迷いなく道案内をしてくれる。しかし流石に六日目ともなるとルキウスも心配になってくる。毎日こんなに遊び歩いていていいのだろうか?


「ねえ、六つ星の話ってどうなったの?」


 ルキウスの問いに振り返ったラウドはただそっとほほ笑んだ。


「まだ、いいんだ。それよりせっかく文化の中心地エルクサンドラに来たんだから楽しもう。それとも連日出歩いて疲れたか?」


 ラウドがいいというのなら、大丈夫なのだろう。


「疲れてないよ。今日はどこにつれていってくれるの?」


「行けばわかるさ」


 出かける時、ラウドが行き先を言わないのはルキウスを驚かせたいかららしい。見た目飄々として大人びた印象の彼だが、時折みせる子供っぽい面もルキウスは好きだった。


 大分地理も分かってきたつもりのルキウスだったが、さすがは広い首都、今日は今まで歩いてきた道ではないらしい。たわいのない話をしつつ見知らぬ石畳みの路地をいくつも曲がる。


「ここだ」


 ラウドが指さした先にルキウスは驚きの表情を隠せなかった。


「テーラ―ロキシス…」


「ルキウスが前、服の生地を首都から取り寄せていたって話してただろ? 全国的に有名で腕がいい仕立て屋はここだから、ここで生地を取り寄せていたんじゃないかと思って」


「…うん、そうだよ」


 この建物はルキウスも知っていた。それはルキウスの昔住んでいた屋敷から見えたからだ。身なりのいい人々が入っては出ていく様を窓から見ていたルキウスはナラにロキシスは有名な仕立て屋だと教えてもらったのだ。


「坊ちゃんの着ている服の生地もあそこからきているのですよ」


 そう言われて外とのつながりを初めて強く感じたのを覚えている。だから地方にいた時もここで生地を取り寄せたのだが、逆を言えばここ以外の仕立て屋は知らない。


(ということは、俺の住んでいた屋敷がどこら辺にあるか分かるってことだ…)


 高台から見降ろしてこの店が見えたのだ。


 おもわず駆け出したい衝動に駆られたが、思いとどまった。ラウドは自分が都長クレル・クリスハルド家で育ったことを知らないので変に思われるだろう。


 ラウドに過去を聞いて欲しい。その思いが急に心を占めた。だが、話せは自分がクレル・クリスハルドの子ではなく、フォゴル・リルツェンの子だということを話さなくてはならない。


(母さんの名誉の為にもそれは話せない)


 ルキウスは知らぬ間に握りしめていたこぶしを緩めた。一人の時に見に行こう。どうせ行くのなら母の好きなバラを買っていくのもいいかもしれない。


 気づけばラウドが心配そうにこちらを眺めている。


「ここで、ルキウスに服をプレゼントしようと言ったが、他の所がいいか?」


 ラウドの言葉を全く聞いていなかったルキウスは苦笑を浮かべた。


「ありがと。買ってくれるなら、ここがいい」


 さすがに有名な仕立て屋だけあり、生地の種類は豊富で心惹かれる柄が多々あった。店の主任はラウドがどういう人物か知っており、金銭的に問題はないことが分かっているのだろう、ルキウスに付いてまわってどんな質問も笑顔で親切に答える。


 ようやく選んだ生地を見てラウドはまた黒か、と笑ったが、好きな色なのだから仕方がない。少し緑がかった滑らかな黒色はルキウスに一番よく合う色なのだ。


 服の形は店のカタログから選んだ。


「ボルドーの生地をアクセントに先ほど選んだ黒色の下から覗かせたらいかがでしょう?」


 主任が持ってきた赤い生地を添えることで先ほどの黒い生地がさらに美しさを増した。ルキウスはその配色に心奪われてしまったのだが、実際支払うのはラウドなのだ。


「ラウド、いい?」


 いつにないおねだり口調にラウドも苦笑は見せたもののすぐ頷いてくれた。


「ようございましたね。それでは採寸いたしましょうか」


 主任の言葉を合図に専門の採寸師が静々と奥から出てきた。三人ほどがルキウスの周りに立つと手早く体の到る所を図って行く。ルキウスはされるがままだったが、嫌悪感は全くなく、むしろ店での一連の流れは優雅で上品で心地よかった。


 楽しい時間はあっという間に流れ、店を出るころには昼も少しすぎていた。


「何か腹にいれるか」


 そう言って歩き出した二人に駆け寄る一人の少年がいた。


「ラウド様。宿にいらっしゃらなかったので宿の主人に聞いてきました」


 ラウドの父モイアの元で仕えているこの少年は年相応の小奇麗な身なりをしている。


「何があった?」


 ラウドの問いに少年は急いで息を整えた。


「旦那さまが明日の事についてお話があるそうです。急いでお屋敷までお越しください」


 明日の事とはなんだろう。ルキウスはラウドの顔を見上げたが、その横顔は少し硬さを持っているように見えた。


「わかった。すぐ行くと伝えてくれ」


 承知しました、と少年は頭をさげ、隣にいたルキウスにも気づくと頭を下げた。なかなか躾が行き届いている。彼はまた再び走り去っていった。


「すまない」


「別にいいよ、仕事でしょ?」


「そうだ。だが、宿までは送ろう」


 返事があるまでの少しの間が気になったが、先に歩き出したラウドをルキウスは慌てて止めた。


「たぶん一人で帰れると思うから、もうすこし街を見て帰るよ。ラウドの仕事が終わって宿に帰ってきた時、俺がいなかったら迎えに来て。ラウドの能力ちからなら簡単でしょ? 二度も逃げる俺を見つけたんだから」


 その言葉にラウドは苦笑する。


「そうだな。では気をつけて行けよ」


「ラウドもね」


 足早に歩き出すラウドの背中を見えなくなるまで見送ったルキウスは再び先ほどまでいたテーラーロキシスの店内へ入る。店主は先程と変わらぬ営業的な笑顔でルキウスを迎えてくれた。


「あの、聞きたい事があるんですけど。このあたりに…クリスハルド家ってありましたよね」


 店主は少し小首を傾げた。


「昔、首都長をされていた方ですか? ええ、ございましたよ。うちもそのお屋敷に出入りしておりましたからよく存じております」


「そこに行きたいんですけど…」


 ルキウスの言葉に店主は少し困惑の色を見せた。


「ご存じかどうか知りませんが、クリスハルド家は火災にあったのです」


 よく知っているよ、とルキウスは心の中で呟いた。


「火災の後、瓦礫は奇麗に取り除かれましたがその後まだ何も建物がたっていないのです。最近では減りましたが首長を慕ってまだ献花に来る方もいらっしゃいます」


 父がそれほど慕われていたかと思うとルキウスは嬉しくなる。と同時に本当の父親であったらどれだけよかったかとも思った。


「その場所教えてもらってもいいですか? それと花屋の場所も教えて下さい」


 このあたりに住んでいたはずなのに全く何があるか知らないのだ。しかし店主は快く二つの場所を紙に書いて渡してくれた。更に場所がわからないのなら人をつけましょうか、とまで言ってくれた。それは丁寧に辞退したが、この辺りの気配りが人気になる仕立て屋の秘訣かもしれない、とルキウスは思った。


 紙に書かれた通りの道順をたどり、花屋で真っ赤なバラの花束を見繕ってもらった。それを抱え向かったクリスハルド邸の外壁はまだ残っており、一見普通の邸宅と変わらないようだ。だが、いったん敷地内に入るとテーラーの店主が言うとおり建物と言えるものは殆どない。入口付近に残っている炎の熱で曲がった門の鉄柱の元には新旧あるものの、いくつかの花束が置かれていた。


「本当に、全く変わっちゃったんだ…」


 ルキウスはゆっくりと中へ進んでいく。


「確かここが玄関だから、あっちが広間か」


 初めてヴェルマをみた広間。就任祝いの時はあんなに人が多く華やかだったのに、今では全く見る影がない。


 幼いころ過ごした離れの屋敷も延焼で燃えたのか建物はなかった。昔は母屋ととても離れていると思ったが、今再び歩いてみるとそうでもない事に気づいた。


 離れの隣には母が大切にしていたバラ園があった。いつも手入れが行き届き良い香りを漂わせていたが、今では誰も顧みるものがなく雑草が生え放題で、その中に昔の名残でバラの花が所々顔をだしている。


 母との思い出深いこの庭にルキウスは花屋で買ったバラを母や家族の為に手向けた。


 思い出とのあまりの変わり様に急に虚しさを覚えたルキウスは一人しゃがみ込むと嗚咽をかみ殺して一人泣いた。自分の所為で賑やかだったこの場所が廃墟になってしまったのだ。母が自ら命を絶った場所。父や兄もルキウスと関わったせいで亡くなった。もしかしたら自分の事を恨んでいるかもしれない。


「…ごめん、なさい…」


 何度も何度も声に出して謝った。


「坊ちゃんが謝ることは一つもありません」


 背後からそう声がしたが、ルキウスは顔をあげなかった。声からナラだとすぐ分かったからだ。


「そんな風にメソメソされていたら、天国の奥様が心配なさいますよ」


 ナラは口調とは裏腹に優しくルキウスを立たせた。ハンカチを取り出すと頬を伝う涙をぬぐってくれた。昔はナラだけに泣き顔をみせていたが、今ではもう一人見せてもいい相手ができた。ラウドだ。二人の存在はルキウスの中ではとても大きい。そう考えるとルキウスは悲しい気持ちが治まってきた。


「よくここにいるのが分かったね」


 やはり、少しは気恥ずかしさがこみあげてきて、照れ隠しに尋ねた。


「坊ちゃんの宿に向かおうとしたら、丁度ラウド様に会いましてね、彼の能力ちからで坊ちゃんの居場所を探していただいたのです。どうしてもお伝えしたいことがありましたから。それで花屋付近にいると教えられたのですが、場所が場所だけにこちらにみえているのではないかと思いまして」


 やはりいらっしゃいましたね、とナラは微笑んだ。


「伝えたいことって、何?」


 わざわざ探してまで来たのだ。きっと大切な事に違いない。ルキウスは少し緊張した。


「明日の事です」


 明日、何があるのだろう。ラウドも『明日』の事でモイアに呼ばれて出かけて行った。


「明日、何かあるの?」


「ご存じないのですね。旦那さまもそうではないかと仰っておいででした」


「リグさんが?」


「ええ。明日全てのクワントを招集して評議会がおこなわれるそうです。議題は…」


 ラウドとモイアとリグ。この三人がそろえばあの話題しかないだろう。


「六つ星の事?」


「そうです。明日の朝、旦那さまの屋敷にきていただければ旦那さまが坊ちゃんをその評議会の内容が聞けるように取り計らってもよいとおっしゃっているのです」


 クワントの評議会で『六つ星』について話し合われるのだ。もしかしたら明日、ラウドの首筋から六つ星の呪印が消えるのかもしれない。


(でも、どうしてその事をラウドは俺に知らせてくれないのだろう)


 クワントではないからルキウスは参加できないとしても、評議会の事は教えてくれてもよさそうなものだ。


「リグさんは俺を評議会へ参加させてくれるの?」


「参加は難しいですが、他のクワントには内密に隣室で話が聞けるくらいはできるそうです。…それよりどうして評議会への参加を坊ちゃんにお許しになるのでしょうか。もしかして、旦那さまは坊ちゃんがあのフォゴルの子だと知って…」


 ルキウスは強い視線でナラの話を遮ぎった。ここは母の最後の地、フォゴルの話など聞きたくないだろう。


「それは知らないと思う。六つ星の評議会に参加させてもらえるのは、俺とラウドが協力して六つ星の謎を解くために動いているからなんだ。六つ星の手掛かりを求めていたらリグさんにたどり着いたからね、俺にも六つ星について知る権利があると思ったんじゃないかな」


 そう、六つ星について知る権利はあると思う。そのためにラウドはルキウスに魔封じまでして仲間に引き入れたのだ。それに、自分でもラウドの協力者という自負がある。


(俺の事、まだ信用してないのかよ)


 ルキウスは腹を立てたがすぐ冷静さを取り戻した。もしかしたら、今日、これから話してくれるかもしれない。明日までにはまだ時間があるのだ。


(きっと、言ってくれるよね)


 ルキウスはラウドの言葉を待つことにした。


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