表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/26

第19話

「ナラは昔とちっとも変らないね」


 ルキウスは隣で歩くナラの横顔を見て苦笑した。もう子どもの頃のルキウスではないのに昔の様に手を取って歩くのだ。しかし、彼女にしてみれば急にいなくなったルキウスを再び見失わないように、と思っているのかもしれない。悪い気は全くしないのでルキウスも久しぶりの感覚を楽しむことにした。


「坊ちゃんは本当に大きくなりましたね。昔はあんなにお小さかったのに」


 感慨深げにナラは言う。確かに、見上げていたはずのナラより少し背が高くなった。


ナラの住まいは町の中心部にほど近いところにあるらしい。町はずれにあるリグの家から徒歩で向かう途中、ルキウスはゆっくりと町並みを眺めた。


「なんか、町の様子変わっちゃったね。ナラに会うまで思い出せなかったよ」


 少しだけ見覚えがあると思ったが、やはりルキウスの屋敷が火事で焼けた後にナラに連れられ少しの間暮らした町だった。町についたばかりの時も思ったが、新しい家が建ち並び、雰囲気は六年前の当時とはだいぶ変わってしまっている。


「ルキウス坊ちゃんが居なくなってからすぐにこの町は火事にあったんです。町の大半が燃え、私の家も焼けてしまって。今ではここまでもどりましたけど、町の中心に作られた慰霊碑を見るたびにあの時を思い出します」


「火事?」


 ルキウスは体が強張った。まさか自宅の放火に続いて自分がこの町に来たばかりに被害が及んだのかと思ったからだ。それに気づいたナラはゆっくりと首をふった。


「落雷です。町中に一本、大きな木があったのを思えていらっしゃらないかしら? そこに落ちて、あっという間に町に広まっていったのです。成す術がないとはまさにあの事でした」


「大変だったんだね」


 ナラは寂しげに微笑むとルキウスを町の中心の記念碑に連れて行った。石には多くの名前が彫られている


「みな火事でなくなった人たちなんです」


「え、こんなに?」


驚くルキウスの声に頷き、彫られた名前の一つをナラはそっとなぞった。


「父です」


「おじさんも?」


 彼の大柄で無口だったが優しい笑顔を思い出して、ルキウスは胸を痛めた。


「ごめんね、ナラ」


 よかれと思ってこの町を出たが、その為にナラを心配させ、そして一人にしてしまった。


「火事は天災ですもの、坊ちゃんが謝ることじゃないじゃないですか。きっと父も坊ちゃんが帰ってきてくれて喜んでいますよ。…なんか話を湿っぽくさせちゃいましたね」 


 表情を笑みに変え、お腹がすいたでしょう? とまたルキウスを子供扱いしながらナラは自宅へ向かった。前の住んでいた所とは違い、小奇麗で小ぢんまりした部屋だった。


「ナラは今、ひとりなの?」


「ええ。でも今日は坊ちゃんがいますから、料理も作りがいがありますね」


 そう言って待つこと暫し、出された料理はすべて旨く、懐かしい味だった。


 ルキウスが食べるのをにこにこ微笑みながら眺めていたナラはルキウスが食べ終わるのを見届けると、今まで我慢していたのだろう、さっそく矢継ぎ早に質問を始めた。


「坊ちゃん、今までどうなされていたのですか? ご飯はちゃんと食べてましたよね? 病気とか、怪我とかなさらなかったですか? 急にいなくなって、すごく心配したんですからね! 探しても見つからないし…」


 話すうちに感情が抑えきれず目から溢れる涙をナラは袖口でおさえた。


 ナラの話口調も少しも変わっていない。昔のように保護者として接する。


「ごめん、ナラ、泣かないで。ご飯もちゃんと食べてたし、元気だよ」


「坊ちゃんは…」


 鼻をすすりながらもまだ何か言いたそうなナラを見てルキウスは苦笑する。


「心配しなくても大丈夫だよ。だって今年で俺は十六だし。もう『坊ちゃん』って呼ばれる年でもなくなっちゃったよ。もちろんそれなりにいろいろあったけど、今ではね…」


 ルキウスは一呼吸おく。誰かに告げるのは初めてだが、ナラには聞いて欲しい。


「俺にはすごく大切な人がいる。側にいるだけで満たされる人ができた。だから全然大丈夫だよ」


「坊ちゃん…」


 力強く言い切るルキウスの横顔にナラは微笑んだ。しかしそこに一抹の寂しさが浮かんでいる事にルキウスは気づかなかった。


「だから、もう坊ちゃんはやめてよ。それにね、俺、魔術師だったんだ。まだ正式じゃないけど」


 魔術師は地位が高い。ナラが喜ぶと思って言ったのだが、途端に彼女の顔が曇った。


「それは、冗談…ですよね? 一緒に暮らしていた時にはそんな様子はなかったじゃありませんか」


「なんで冗談なんか言わなきゃいけないのさ。本当だよ、魔力のない普通の夫婦から魔術師が生まれる事は前例があったんだ。それで…」


 ナラはルキウスの話を遮るように腕を掴んだ。顔は苦痛にゆがんでいる。


「坊ちゃん、いえルキウス様。奥様には秘密にしておくようにと言われたのですが」


「奥様って、母さんが? 何を?」


「魔力をお持ちなら、もう間違いありません。あなたの父親はクレル様ではなく、フォゴル・リルツェンです」


 ルキウスにはナラの言っている意味がよく分からなかった。フォゴル・リルツェンといえば硬貨に彫られている大魔術師の末裔で、政治への影響力では一、二を争う名家の出身者だ。 


なんか、耳鳴りがする。


「フォゴルは奥様の事がお好きだったようですわ。それはもうすごい言い寄りようで。でも奥様はクレル様を伴侶としてお選びになった。しかし諦め切れなかったフォゴルはクレル様が留守の間に無理やり奥様を…」


 さすがにナラもこれ以上は言葉にすることを憚った。彼女はスカートを握り締めて俯いてしまう。


 ルキウスは自然に両手で自分の両腕を抱きしめていた。勝手に体が震えてしまうのだ。


(だから、俺だけ離れで隠れるように暮らさなければならなかったし、父さんもあまり会いにきてくれなかったんだ。それを母さんはいつも謝っていた)


 子供の頃の謎が一気に解けた気がした。そしてなぜ自分が魔力を持っていたのかも。


(心のどこかで、無理があると思っていたんだ。普通の人間から生まれた魔道士っていう珍しい例に自分が当てはまるなんて)


 一気に体から力が抜けて、ルキウスは床へ座り込んでしまった。ナラも同じように屈み、ルキウスの手をとった。


「魔力がなければ、クレル様の子だ。私はそう信じてお仕えしました。その方が奥様の心の重荷がどんなにか軽くなるでしょう。ルキウス様の容姿は奥様そっくりですし。でも、それは違った」


 ナラは少し迷った様子を見せてから続けた。


「フォゴルは多分六年前のあの日、あなたを探しに屋敷へ来たのだと思います。彼は魔力を持った子供が生まれないことに焦りを感じていましたから、もしやと思って来たのでしょう。しかしサラ様はクレル様を父と尊敬している何も知らないルキウス様を体をはって守ったのですわ。火災の原因にフォゴルが関わっているかどうかは分かりませんが、彼を見たという同僚がいるのでほぼ間違いないでしょう」


(夢のなかの男はフォゴルだったんだ)


 母は二度の屈辱を受けるなら死んだほうが良いと胸に自らナイフを突き刺した。一度目の屈辱はフォゴルにむりやり犯された事。二度目は…ルキウスが母サラとフォゴルの子と世の中に知られる事かもしれない。


(母さんはそれでも俺を生んで、愛情こめて育ててくれた。あまり一緒にいられなくてごめんね、って謝りながら) 


 母は本当に優しかった。微笑めば微笑み返してくれる。手を差し伸べれば優しく抱きしめてくれた。特別ではない些細なことが一番心に残っている。思い出の温かさにルキウスは涙が止まらなくなった。


(母さんは全然悪くない。それより俺の存在で母さんがどれだけ苦しんでいたのだろう? 全く気づかなかった…いや、気づかせないようにしてくれていたのだろう。謝らなければいけないのは俺の方だったのに)


 ふと見せていた母の悲しげな表情も理解できた。


「でも…ルキウス様が望むなら、フォゴルの子として名乗りを上げることもできます。そうすれば当代一のクワントの息子として暮らすことができますわ」


 ナラは言葉尻を震わせながら言った。口に出したものの、それは彼女の意に沿わない事なのだ。


「俺は、母さんや父さんを殺したフォゴルの世話になんかならない。俺はルキウス・クリスハルド以外の誰でもないし、他の誰にもなりたくないよ」


「坊ちゃん…」


 ルキウスが迷わずそう言った事にナラはほっとしたように息をはいた。ナラは母をあくまでも庇いたいのだ。


 ルキウスはナラにひとつ力強く頷いて見せた。


(俺も同じ気持ちだよ。今度は俺が母さんとナラを守る番だ)


 そう固く心に決めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ