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第18話

 リグ・ガレッドの屋敷は大まかに母屋と離れに分かれている。塀を越えたルキウスは木陰伝いにそっと母屋へ近づいた。


 覗いた部屋は厨房で食事の支度の真っ最中だった。皆忙しく動き回っており、誰もルキウスには気づいていない様だ。


(こんなところには主人のリグはいないよね。…って言ってもリグ・ガレッドがどんな顔か分からないんだよな。クワントだからラウドくらいの若い男の人なんだろうけど)


 ルキウスは次々に母屋の中を見ていった。若い男の人も何人かいたが、『気難しい』所は全く見られなかったので違うと判断した。


(じゃあ、あっちか)


 庭の奥に小さな建物が見える。細心の注意を払いつつ、その離れを目指して一気に駆け抜けた。


 窓から中を覗くと、書籍が所狭しと無造作に積まれてある。ルキウスが手をかけると窓は簡単に開いた。


(お邪魔します)


 一応心の中でそう呟いて窓からそっと中へ入る。一番初めに感じたのは古い紙の香りだった。厚い本、薄い本と様々あるが、皆こむずかしい本ばかりだ。一通り眺めた後、部屋の奥に扉があることに気づいた。


(一応見ておくか)


 中から物音はしない。鍵も掛かっていない。少しだけ扉を開くと、壁一面に何かが貼ってある。中に誰も居ないのを確かめると、ルキウスは静かに小部屋の中へ忍び込んだ。


(なんだこれは?『愛するリグ、あなたの細やかな愛情は…』って手紙? 何通あるんだろう、壁いっぱい貼ってある)


 元の壁の柄が見えない程だった。何通か読んでみたが、全てが相手を思いやる愛情の言葉で占められている。手紙以外は部屋の真ん中に椅子が一つ置かれているだけだ。


(手紙のためだけの部屋なんだ)


 ルキウスはなぜか神殿の中にいるような神聖さを感じた。急にここにいてはいけないような気がして、小部屋を抜け出し、元来た窓から外へ出た。


「そこで何をしている」


 突然声を浴びせられ、地面に着地したままの姿でルキウスは固まった。


(うわ、みつかった)


 ゆっくり顔を上げると、若い男の淡いグリーンの瞳がこちらを睨んでいる。やわらかな細い茶色の髪は広い額の上でくるくると縮れて渦巻いており、口角はこれ以上ない程下がっていた。


「リグ・ガレッドさん…ですよね?」


 きっと間違いないだろう。ルキウスの想像以上に気難しそうな風貌だった。


「私はお前など一度も見たことがない。ここで何をしている」


 威圧的な態度に気おされそうになるのをルキウスは必死に堪えた。


(いつかは会わなければならない人だったんだ。でも、今出会っちゃったんだから仕方がないよね)


 ルキウスは正直に言うしかない、と開き直り腹をくくった。


「勝手に入ったのは謝ります。でも、あなたにどうしても聞きたいことがあるんです。マリー・ジョコフがあなたなら分かると言っていたから…」


「マリーは目覚めたのか。余計なことをいってくれるわ。早くここから去れ、何を聞きたいか知らんが、私には関係ない」


「お願いします、あなたしかもう頼る人がいないんです!」


 ルキウスは必死になって頼んだ。リグの冷たい言い様に心が折れそうになるが、ここで引き下がるわけにはいかない。ニダのためにもマリーのためにも、そしてラウドのためにも。


 リグはルキウスの切羽詰った様子に軽く目を見開き、下げていた口端を初めて上げた。


「では、交換条件としよう。おまえは私の好きなものをもってこい。そうしたらお前の望み通りにしよう」


 ルキウスはリグの表情の変化に期待したのだが、彼の言葉にすぐ顔を曇らせた。


「…好きなものって?」


「それはお前の考えることだ。教えたらゲームにならんだろう?」


 ゲーム! こちらは真剣に頼んでいるのに。ルキウスは腹が立った。しかしここで怒っている暇はない。


(ラウドはリグが何を好きか知っているだろうか? 面識がないのだから知らないだろう。またマリーに占って貰おうか? それだと再びリガルドの町まで戻らなくてはならない)


 そこまで考えてルキウスはひらめいた。


(そうだ、一か八かやってみよう)


 ルキウスは立ち上がるとリグの前に立った。


「あなたの好きなもの、でしたよね」


 そして深呼吸をする。腹の底に懐かしい力が湧いてきた。


「俺…いや、私を良く見てください」


 いぶかしむリグの淡い瞳をルキウスはじっと見つめ返す。そのまま時間が暫く流れた。


(駄目かな…)


 そう思いはじめた頃、リグの瞳からみるみるうちに涙が溢れだした。


「マイラ…」


 そう呟くなり、リグは口を押さえ黙ってしまった。彼の見た『幻影』は多分、部屋の中で見た手紙の差出人だろう。


(昔はこの魔法しかつかえなかったのに)


 相手の心の思い出の人を見せる能力ちから。それがここで役立つとは思わなかった。


 リグは暫く泣いた後、ルキウスをそっと抱きしめ、にっこり笑った。今までの彼からは想像できないような、子供のように無邪気な笑みだった。きっと元々はこういう人だったのだろう。


「会いたかった、亡くなった私の妻とは。負けだ、お前の望みをきこう」


「ありがとうございます」


 望み通りになった事以上にその笑顔にルキウスは心が満たされた気がした。


 外で待っていたラウドはリグの使用人に連れられて部屋へ入ってきた。自分の姿を見つけると心配そうな顔に安堵が広がるのが分かり、それだけでもルキウスは嬉しくなる。


 ルキウスはラウドをリグに紹介しつつ何気に見た傍らの使用人の女性に目が留まった。


「もしかして、ナラ?」


 ルキウスは驚きを隠せず叫んだ。昔ルキウスの世話をしてくれていた女性で六年前に別れたきりだが、彼女は全く変わっていない。


「ルキウス坊ちゃん?」


 ナラも驚いて、持っていた銀のトレーを床へ落とす。石の床に金属音が派手に鳴り響いたがその音さえ耳に入らない様で、ただただルキウスを見つめ続ける。


「そうだよ。よかった元気そうで」


「坊ちゃんこそ!」


 ルキウスはリグへと顔を向けた。抱き合わんばかりの二人の喜びようにリグもラウドも驚いた顔を見せている。


「リグさん、ちょっとナラと話したいんだけど、いいですか? 昔の知り合いなんです」


「ああ。ナラ、今日はもう帰っていい。彼をもてなしてあげなさい。ルキウス、例の話はラウドにしておくから、今日はゆっくり昔話でもしなさい」


 リグは快く許してくれた。ラウドも同様に頷き、ナラは一つ頭をさげるとルキウスを彼女の家へいざなった。



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