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第14話

 ググールは商業の町だけあり、商売でもうけた商家が多く建ち並ぶ。道沿いに伸びる塀には財力に物を言わせて作られた商売の神への感謝を表す細密な装飾が施されており、職人の技の巧みさに足を止めて眺める価値は十分ある。しかし、怒りにまかせて歩いているルキウスの眼には全く入ってこなかった。


「なんだよ、バカバカバカ」


 ルキウスは陽が傾き赤色の輝きに染まる川辺に座ると近くにある石を軒並み川へ投げては悪態をついていた。


「バカバカバカ」


 もうラウドに馬鹿といっているのか、ヴェルマに言っているのか、自分に対してなのか分からない。周りの石がなくなると、手持無沙汰になったルキウスは膝を抱え、顔をうずめた。


(本当にバカなのは俺だ)


 もう自分をごまかすことが出来ない所まできている。もう一度ルキウスは心の中で許可なく無断で湧きあがる想いを否定する理由を挙げ始めた。


(無理やり俺に魔封じした相手だぞ。それに世の中に災いをもたらすと言われる六つ星だし、それに、それに…)


 そう言いながらも思い出すのは、火事の中、ニダの子供より優先して自分を助けに来てくれた事。炎で動揺したルキウスが落ち着くまで抱きしめてくれていた事。寝ていればケープをかけてくれる事。うなされていれば優しくおこしてくれる事。一人にされると寂しいと思ってしまう事…。


 挙げればきりが無い。ルキウスは更にきつく腕をかかえた。


(ラウドの事、好き…なんだ)


 うすうすは気づいていたが、こんなにはっきり認めるのは初めてだ。鼓動が急に早くなった気がした。ルキウスはそっと胸を押さえ、そのままゆっくり手を腹まで下ろす。手の下にある魔封じでさえ、今ではルキウスがラウドの隣に堂々といられる免罪符のようで愛おしささえ感じられる。


 しかし同時に、ルキウスからは絶対好きだとは告げない事も心に決めた。魔封じをされてただでさえラウドより弱い立場にいるのに、それでも好きになったなんて知られたら完全にラウドに負けた気がするのだ。


「絶対言うもんか」


 つぶやきが口からもれた。


「何をだ?」


 突然上から降ってきた声に、ルキウスは目を見開いた。


 ラウドだ。彼が隣にいる。


(ちょうどラウドの事を考えているときに来るなんて、反則だよ)


 しかし驚いた事を知られないよう、ルキウスは呼吸を素早く整えてから顔を上げた。


「あんたに気を利かせてせっかく部屋から出てやったのに。ヴェルマはどうした?」


「ヴェルマはまだ宿にいるが、彼も忙しいからな、もし会いたいなら今から急いで宿に戻った方がいいぞ」


「別に会いたくなんかないよ」


 ヴェルマは泊まらず帰るらしい。また前の様に二人の声を隣の部屋で聞かされたら、今のルキウスではもう耳をふさぐだけでは一晩やり過ごすことは出来そうもない。


(ヴェルマは夜、ここにはいないんだ)


 そう思っただけでルキウスは心が軽くなるのを感じる。それに乗じてもう少しだけ突っ込んだ質問がしたくなった。


「じゃあ、その、俺を…迎えに来てくれたわけ?」


「ああ」


 さらりと言ったラウドの短い答えだが、ルキウスにとっては大事な答えだ。ラウドはヴェルマを宿においてルキウスを探しに来てくれたのだから。


 ラウドは隣に座ると、顔にかかった髪を掻き揚げた。首筋がしっかり隠れる服は着ているものの、珍しく頭にドミノは被っていない。


 髪が手から零れ落ちる度、夕日をうけて一本一本が輝きを放つ。ルキウスは横目でそれを眺めた。髪の美しさとは相いれず、ラウドの横顔は曇っている。


「なんかあったの?」


 思わず口を出た問いにラウドは軽く目を見開いたが、すぐに苦笑に変えた。


「いや、たいした事じゃない。リガルドの町へ行く前にシーナへ行く。仕事だ。ヴェルマはそれを伝えに来たのだ」


 ルキウスは小さく声をあげるとラウドのケープの端を掴み、軽く揺らした。


「仕事って魔封じするんだよね? じゃあ俺もその時、立ち合わせてよ。俺の魔力の実力を試すいいチャンスだと思わない?」


 今やルキウスは自分の魔力に対して自信を持ち始めている。ただ、実践で使ったことがないのでその自信を確信に変えたい。それに、なによりラウドの役に立ちたいのだ。


 しかし当のラウドは首を縦にふらなかった。


「今回はだめだ」


「なんでだよ。ラウドに六つ星の呪印を施した魔術師と戦う為の戦力が欲しいんだろ? だったら練習の場を与えてくれてもいいじゃん」


「そう、ルキウスには実践を経験してもらいたいとは思っている。しかし初めての相手として今回程最悪な人物はいない」


「…どんな相手なの?」


 ルキウスから先程の勢いがなくなっていく。


「ガロン・マクバーグ。リジャール級の魔術師だ」


「リジャールってクワントより一つ格下の魔力の持ち主ってことだよね。じゃあ…」


「登録上はリジャールだ。しかし実力は特殊能力こそ持たないものの、他はクワント並だ」


「どうして彼はクワントじゃないのさ? 能力に応じて階級を決めているんじゃないの?」


「ルキウスは創世神話を知っているか?」


 唐突な問いにルキウスは眉をひそめた。


「は? 知ってるけど。神が七日七晩かけて七人の魔術師と共に悪魔を倒した、ってやつだろ」


「そうだ。その七人の魔術師の末裔しかクワントと認められていないんだ。だから彼はクワントの実力があろうとクワントにはなれない」


「なんか、保守的だね」


「実際そうだ。一度、神話の七人の魔術師以外でも実力次第でクワントになれるようにしようという議題があがった時も、六つ星の子を殺すという根拠のない慣習をやめようという話が出た時も最後は結局今まで通り、何も変わらなかった」


「なんか、ガロンなんとかっていう人が犯罪に走る気持ちが分かってきたよ。実力が認められないんじゃ、やりきれないよね」


「俺もその点では彼に同情する。しかしそれと人を殺すことは別だ。とにかく、今回ルキウスは宿で留守番だ。いいな」


 真面目なラウドの鋼色の瞳には有無を言わせない力強さがあり、ルキウスは不本意ながらも頷く以外できなかった。ラウドもその様子に頷き返し、ネックレスを首から外すとルキウスに手渡した。それは中心に紫の石を配置し、周りは精巧な花の細工が施された金細工で縁取られている。ルキウスはいぶかしげに、いろいろな角度からそのネックレスを眺めた。


「なにこれ? ラウドがいつも持っているやつだよね」


「もし俺に何かあった時はこれを持って首都にいる俺の父、モイア・ダニングを尋ねろ。良いように計らってくれる」


「何かって何だよ? ラウドがガロンにやられちゃうって事?」


 ルキウスはラウドに詰め寄るとラウドは軽く肩を竦めた。


「俺だって不死身じゃない。そういう事もあるかもしれない、ただそれだけだ」


「じゃあ、この魔封じ、解いてから行ってよ。あんたが死んじゃったら俺は一生このままになるだろ」


 ルキウスは自分の言葉にラウドの瞳が揺らいだのを見逃さなかった。急に心に不安感が襲う。なぜいつもの飄々とした表情で断ってくれないのだろう。


「冗談だよ。ラウドは負けないよ。そうだろ? 魔封じは全魔術師の天敵なんだから」


 ラウドが何か言う前にルキウスは口を開いていた。魔封じを解かれてしまえばラウドの隣に座る理由がなくなってしまう。しかし、ルキウスはまだラウドの側にいたいという素直な気持ちを口に出せそうにない。冗談めかせて言ったのが唯一のプライド、というヤツかもしれないが、不自然だっただろうか?


「ああ、そうだな。俺が勝てばなんら問題はない話だな」


 ラウドは軽く笑った。その笑顔にルキウスは安心したが、やはり素直に表情には出せない。また軽く顔をしかめてしまう。


「俺のためにも勝ってよね。一生魔封じされたままはイヤだから。とっとと早く終わらせてリグ・ガレッドのところに行かなくちゃ」


「ああ」


 ルキウスのぶっきらぼうな言い方にラウドは再び苦笑する。そして立ち上がると手をルキウスに差し出した。


「そういう言い方がおまえなりの励ましだと受け取ることにするよ」


「とても前向きな発想だね」


 そっけなく言いながらもルキウスは高鳴る胸を押さえていた。さし出された手を取るだけなのにドキドキしてしまう。そっと手を重ねるとラウドは力強く掴み、引っ張ってルキウスを立ち上がらせた。


「もうそろそろ帰るか」


 ルキウスからしてみればあっさり手を放し、ラウドは先に踵を返す。


(触れられた手の温もりが消えることがどれ程寂しいか素直に伝えられたらこの心は楽になるのだろうか)


 ルキウスは先に歩きだしたラウドの広い背中を寂しげに眺めた。




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