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第13話

「なによ、もう垂らしこんだの?」


 ヴェルマは口の端をきゅっとあげた。面白がっているのがありありと分かる。彼の淡い赤色の瞳が少し濃くなっているのもその証拠の一つだ。ラウドはやれやれと言わんばかりに首を振った。


「人聞きの悪い事を言うな」


「あんたも見たでしょう? 出て行くときのルキウスの顔。顔に『嫉妬しています』って書いてあったわよ。愛されているわね」


「彼が機嫌悪く部屋から出て行ったとしても、それはヴェルマが考えているような事じゃない。今まで一人でいた環境から、ルキウスにしてみれば無理やり俺と一緒にいなければならなくなったんだ。魔封じもされている事だし、頼る相手は彼にとって俺しかいない。嫌でもね」


 ラウドは努めなければ冷静さを保てない自分を持て余し始めた。自分の言葉で自分が寂しくなるのは初めての経験だ。


 ヴェルマはルキウスが思いきりしめた古びたドアを眺め、肩を竦める。


「だから、ラウドもルキウスだけを見てろって考えているの? 独占欲ってヤツかしら。やっぱりオコサマね」


 ヴェルマは鼻で軽く笑うと、今度は微笑をラウドへ向けた。


「あんたもそうやって並べた御託を自分に言い聞かせていればいいわ。でもね、今回は私の勘の方が合っているわよ、絶対。あの子はあんたの事が好きだわ」


 ラウド自身ではわからないが、第三者がそう言うなら、そうなのかもしれない。


(本当にヴェルマの言う通りなら俺は…)


 そう思いかけ、ラウドは途中で思考を止めた。その先を考えてどうなるというのだ。確かに今は出会った直後程ルキウスに嫌われていないと思う。だが、無理やり魔封じをし、更に『六つ星』持ちの自分に普通好意までは持たないだろう。


 硬くなっていくラウドの表情を眺め、ヴェルマは仰々しく天を仰ぎ、祈るように手を組んだ。


「父なる神よ、哀れな子羊は重症のようです。…自分の気持ちに気づいていない分、よけいに性質たちが悪いわね〜。ま、あんたたちの問題だから私は関係ないけど」


 煽るだけ煽っておいて後は放っておくヴェルマが一番性質の悪い事に彼自身気づいていない。ただ彼の良いところは物事に執着心がないことだ。ヴェルマはラウドとは体を重ねる間柄だが、ラウドを独占しようとは少しも考えていない。ヴェルマがしたい時にしたい事をする。彼の決まりごとはそれだけだ。ただ相手の都合など少しも考えないという最大の難点も同時に抱えるが。


「そんなことより、聞いて。ルキウスを初めて見た時、どこかで会った事があるような気がしたんだけど、それが分かったわ」


 悩める気持ちを『そんなこと』扱いされたのは心外だが、心内を暴かれ続けるのはどうも落ち着かない。話の流れが変わったことにラウドは正直ほっとし、その話に乗った。


「それは何処だ?」


「彼自身に会ったわけじゃないの。瞳の色が違うから初め気づかなかったんだけど、前の首都の都長だったクレル・クリスハルドの妻、サラ・クリスハルドにそっくりよ」


「俺は会ったことがないが…たしかエルクサンドラの黒真珠と呼ばれるほどの美貌の持ち主だったと聞いている。自宅の火災で亡くなったという話だが」


 ルキウスは確かに人目を引く美人だ。それに火を極度に怖がる。ニダの家の火災では尋常ではない怖がり方をしていたルキウスをラウドは思い出した。あまりにおびえるので思わず抱きしめてなだめた。髪の柔らかな感触は今でもこの手が覚えている。


「そうなのよね。気になって調べてみたんだけど、記録には親子三人、全員亡くなっていたわ。私、彼らに会ったことあるのよ。都長就任の宴の時だったかしら? とにかく確かに家族三人だった。息子もどちらかといえば父親似で、あんな顔じゃなかったと思う。でもあんなにルキウスが都長夫人に似ているのはおかしいわ、絶対何かある。噂ではあの火災にフォゴル・リルツェンが関わっているらしいし、謎だらけよ」


 当時、都長であるクリスハルド家の火災にクワントの中でナンバーワンの地位を持つフォゴルが関わっているため事件はもみ消された、という噂が庶民の間でまことしやかに、又面白おかしく流れていた。フォゴルの息のかかった魔術師が都長になれなかった腹いせにクリスハルドの一家を殺した、と。しかし実際の所の真相は分からないまま迷宮入りで終わっている。


「例えルキウスがサラという都長夫人に似ていても、二人の間に関係があるかどうかは推測に過ぎないのだろう? そういうことは下手にルキウスに言わない方がいいと思う」


 直接問いかねないヴェルマにラウドは釘をさした。


(知りたい気持ちはもちろんあるが、ルキウスが身の上を自分から話さない以上、こちらからは聞かない方がいい)


 ルキウスに無理やりさせるのは『魔封じ』だけでいいとラウドは考えている。ヴェルマは器用に片眉をあげて見せた。


「あら、私よりルキウスの味方なのね」


「俺は誰の味方でもない。今日はこんな話をしに来たのではないのだろう? 今の時期はクワントと委員達の評議会があるんじゃないのか?」


 ラウドには自分をからかって楽しんでいるヴェルマが少し憎らしい。多少棘のある言い方になったが、そんなことを気にするヴェルマではなかった。


「そんなの抜け出してきてやったわ。それより、僧侶長から伝令を貰ってきたの。あんたに会う方がつまらない会議に出るより数百倍楽しいからね。えーっと、ガロン・マクバーグを魔封じせよ、ですって。簡単に言ってくれるわよね」


 来年一年の方針を決める大切な評議会を抜け出すクワントなど聞いたことがない。いつか好き勝手しているヴェルマに魔封じを施す命令が下る日が来るのではないか、とラウドは密かに思った。


「彼はまだ牢獄にいるはずでは?」


 ガロンは三年程前、魔術で人を殺害した罪で投獄されたと聞いた。彼が出てきたのなら少しやっかいなことになる。


「脱獄したのよ。それにとどまらず、また魔力で人を殺しちゃったのよね、三人」


 三本ぴっと細い指を立てるヴェルマにラウドは了解の意味を込めて頷いた。


(やっと『六つ星』の手がかりに近づいてきたのに、ここで足止めをくらうとは)


 しかし、そう思っても仕事をこなさなければラウドが罰せられる。六つ星の謎を解くためにもしっかり仕事はしなくてはならない。


 頭ではそう分かっていても、ため息一つを吐きだすのは止めることが出来なかった。



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