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第12話

 燃えさかる炎、轟音と共に崩れおちる天井。


(また、あの夢だ。いつも見る、あの時の…)


 そう思いながらも目覚めることは叶わず、夢の中で幼い頃に逆戻りしたルキウスは大きな柱の物陰に隠れていた。


「力に物を言わせれば何でも思い通りになると思っていらっしゃるのね。でも、それは違うわ」


 母のサラの声だ。いつもの優しい母ではなく、凛とした声で気高ささえ感じる。誰かと話をしているらしい。ルキウスは柱から顔を覗かせた。


「あなたに二度も屈辱を受けるくらいなら、私は死を選びます」


 母はそう叫ぶと自らの胸に躊躇なくナイフをつきたてた。ルキウスは驚きのあまり炎の中で熱いのにも関わらず全身に鳥肌が立った。


(母さん!)


 叫んでいるつもりだが、声が全くでない。


 母に対峙していた人物は驚いて母に駆け寄ったが、慌ただしくこちらへやってくる人の足音に入口を振り返り、人目を避けるように急いで部屋から出ていく。


(誰なんだ?)


 目を良く凝らしてみるが、炎が明るすぎて逆光になり、シルエットしか見えない。しかし背が高く、体つきががっちりしていたので男だということは分かった。


(それより母さんを助けなきゃ)


 ルキウスは急いで物陰から駆け寄ると浅い息の母にしがみついた。母はルキウスの姿を見ると顔をしかめながらも上半身を起こす。


(母さん、早くここから逃げよう)


 必死に訴えるが母は首を振りルキウスを抱き寄せた。


「あなたは逃げて…生きて」


 耳元でそう囁くとルキウスを抱きしめる母の手からゆっくり力が抜けていく。


(やだよ、かあさん! かあさん!)


「…キウス、ルキウス」


 軽く揺すられ、ルキウスは心配そうに覗き込むラウドをぼんやりとした視界で捉えた。ルキウスはすぐには夢から醒めた現実についていけなかった。


「うなされていたぞ」


 親指の腹でルキウスの涙をぬぐうと、ラウドは再び馬車を走らせた。


(又、泣いてたんだ、俺)


 この夢を見る時はいつも泣いて目覚める。


 一人の時は最後まで見てしまう悲しい夢。でも今はそこから助け出してくれる人がいる。


(誰かが側にいるって、すごいな)


 泣き顔を見られたとしても、その事がすごく嬉しい。ルキウスは気づかれないようにラウドのケープの端をこっそり掴んだ。それだけで満たされる心をいつもは否定するが、今日だけは許すことにした。


 今向かっている先はマリー・ジョコフの水晶に映った人物、リグ・ガレッドの屋敷だ。彼はクワントの一人であり、首都エルクサンドラに程近いリガルドの町に住んでいるということだった。マリーの住むエスカトの町から馬車でも軽く一ヶ月半はかかるらしい。


 エスカトの町を出て早一ヶ月経つ。途中、町に泊まったり、野宿したりと日によってまちまちだ。昔では考えられないが、ルキウスは野宿の方が好きだった。人目が無い所だと、ラウドは魔封じを外して魔法の練習をさせてくれるのだ。ヴェルマの様に綺麗で洗練された魔道士になりたいという願望はもちろんあるが、いつかラウドに六つ星の呪印を施した魔術師と戦う時、少なくとも足手まといにならない程にはなっておきたかった。


「かなり上手くなったな」


 最近ではラウドも誉めてくれる。その言葉にルキウスは心が躍った。誰よりも彼に褒められるのが嬉しい。けれどもやはりまだそれを素直に表情に出すことは出来ないでいた。


「本当? でもこれからどうしたらもっと上手くなるか解んないんだよね。ラウドは魔封じ以外の魔力を見せてくれないし」


 心とは裏腹に拗ねた顔を見せるルキウスにラウドは首を横に振った。


「『魔封じ』は自分の能力について語るべきではないのだ。手の内を知られたら魔術師の取り締まりが出来なくなるだろう?」


「まあ、そうだけどさ」


 実際『魔封じ』は謎に満ちており、物語に出てくる『魔封じ』達が使う魔術は作者の想像で書かれたものばかりだ。


「ねえ、魔法で地獄の番犬を呼び出して相手をかみ殺したりとか本当にできるの?」


 ルキウスは物語で読んだ魔封じの話の一つをぶつけてみたが、ラウドはただ笑うばかりで答えなかった。


「そんなに魔法が上手くなりたいのなら、やはり正式な魔術師から習った方がいい。今度もう一度ヴェルマに頼んでやるよ」


 その言葉にルキウスは即顔を顰めた。


「やだよ、どうせ俺をからかって面白がるだけだろ。頼むにしても別の人にして」


 ラウドの口からヴェルマの名前を聞くのが嫌だ。自然と声色も冷たくなる。


 野宿のいいところは、魔法の練習が出来るだけでなく、ラウドが必ず隣にいてくれる事だ。町で泊まると最近ルキウスをおいてどこかへ出て行ってしまう。一度後をこっそりつけてみたが、その時は酒場の片隅で一人、飲んでいただけだった。     


 信頼してくれるようになったのか、気を使って一人にしてくれているのか、魔封じのあるルキウスは逃げないと思っているのかは判らない。しかしルキウスには寂しい時間に感じられる。ベッドで寝たふりはするものの、ラウドが帰ってくるまでは眠れない。町に泊まると返って寝不足になるのだ。


「今日は町で泊まり? それとも野宿?」


 ラウドが涙をぬぐってくれた頬を押さえながらルキウスは聞いた。触られた所が熱い。


「今日はググールの町で泊まりだな。夕刻前には着くと思う」


「そう」


 そっけなく答えたが、心の中でルキウスはがっかりしていた。


 ラウドの言う通り、陽が傾く前に町へ付くことが出来た。ググールの町は中程度の規模だが、人々や多くの馬車が行きかい、活気に満ちている。南と北を結ぶ交通の要所ということでいろいろな民族衣装を身に付けた商人の姿も数多くみられた。 


「やっとみつけたわ」


 ラウドとルキウスは適当な宿を探し、ひと段落ついた頃、声の主はノックもなしに入ってきた。ルキウスの顔が自然と軽く険しくなる。


「相変わらずシケた宿を選ぶわね〜」


「よくここの宿が分かったな、ヴェルマ」


 ラウドの口ぶりからすると、自分達が今日この町に来ることはヴェルマに事前に知らせていたらしい。


(まめに連絡を取り合っているんだな)


 心が硬くなっていくのがわかる。これ以上この場にいたくはなかった。二人が話す姿など見たくない。ルキウスは腰かけていたベッドから立ち上がった。


「ちょっと外へ出てくる。当分帰ってこないから、ご・ゆ・っ・く・り」


 できる限りの笑みを見せて、ルキウスは思いっきりドアをしめて出て行った。


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