表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

第11話

 ルキウスはラウドから渡された手紙に目を通していた。


 これはヴェルマがラウドにエールグランデの宿屋で渡したものだ。『六つ星』についての情報が書かれているということだが、走り書きで尚且つ要点しか書かれていないため、知らない人には何のことだか全くわからないだろう。


「わざわざ手紙にしなくても、口で言えばいいじゃん」


 エスカトへ向かう馬車上で、ルキウスは思ったことを素直に口に出した。


「俺が六つ星持ちだってことは本当にごく限られた人しか知らないんだ。俺としても極力伏せておきたい。動きづらくなるからな。ヴェルマも彼なりに気を使ったんだろう。誰がどこで聞いているかわからないしな」


 そう言われて、ルキウスは初めて気が付いた。


(そうか。俺だけじゃなくって、ヴェルマもラウドが六つ星だって事、知っているんだよな…)


 勝手に自分だけがラウドの秘密を共有していると思い込んでいたのが急に恥ずかしくなる。


(っていうか、ラウドとヴェルマ、この二人は…)


 エールグランデの一夜を思い出して、ルキウスは不機嫌になった。あんなことをするぐらいだから、ラウドはヴェルマが好きなのだろう。ルキウスは目的の為だけの協力者にすぎない。


「ルキウス、悪いが魔封じはさせてもらう」


 ラウドの怪我を治し終えた時、すまなそうではあったが彼はルキウスにしっかり魔封じを施したのだ。


(俺はまだ信頼もされてない)


 そう考えると、やるせない気持ちで心が埋まった。


「どうした?」


 急に黙ってしまったルキウスをラウドは心配したのか声をかけて来た。ラウドは六つ星であることを告げてから威圧的な所がとれてきたとルキウスは思った。今の声も低音で優しい。


「別に」


 そっけない自分の声に、ルキウスは歯がゆい思いをした。


(あー、もっと気の利いたことを言えればいいのに、なんでこうなるかな)


 最近いつもそう思う。後から考えるといくらでも相手を気遣う言葉が出てくるのに、いざとなると、いや、ラウドを目の前にすると出来ない。しかしまた黙ってしまうとラウドが気にするだろうと思い、手紙の中から質問を探し出した。


「ここに書いてあるマリー・ジョコフって何者?」


「彼女はクワントの一人だ」


「…じゃあ、この人がラウドに六つ星の呪印を施したってこと?」


 ルキウスの声色に緊張感が走る。ラウドは軽くほほ笑むと綺麗な銀の髪を横に揺らした。


「彼女は訳あって六つ星には同情的な立場をとっているんだ。今回会いに行くのは彼女がフォーチュンテラーだからだ」


「占い師? 彼女に『六つ星』について見てもらうのか。彼女には知られてもいいの?」


「物事を見通す能力で彼女にかなうものはいない。だから俺を一目見れば『六つ星』であることはすぐにお分かりにはなるだろう。今はこれしか手がかりがないからマリーが協力してくれることを祈るばかりだ。一応彼女に探りを入れてみたが、感触はいい。多分大丈夫だとは思う」


 ラウドは一つ馬に鞭を入れた。


「ついでに言えば今年で確か百六十五歳になる。クワント程の魔力の持ち主だと普通の人間の約二倍は長生きだっていうのは知っているだろう?」


「知っているけど、それにしても長生き過ぎない?」


 人の平均的な寿命は七十くらいだ。単純に二倍にしても百四十である。


「彼女はこの二十年間眠りについていたんだ。玄孫やしゃまごの結婚式が見たいという理由でね。近々その結婚式が行われることになり、ふた月前に目覚めたそうだ」


「そっか、彼女がようやく目覚めた今が見てもらう絶好の機会という訳だね。でも、そんなに年をとると、人間ってどうなっているんだろう?」


 ルキウスの問いにラウドは笑って答えなかった。しかし当のルキウスは気にせず、心はすでにエスカトの町へ飛んでいた。

    


 明るい光に照らされた中庭を眺めつつ、案内されるままにラウドとルキウスは磨き上げられた大理石の廊下を歩いている。エスカトの町のほぼ中心地にあるマリー・ジョコフの屋敷はクワントの身分にふさわしい大きさ、広さはあるものの、テラコッタの壁は暖かい落ち着いた茶色で統一されており、威圧感は全くなく、彼女の優しい人柄を想像させるのに十分だった。庭もよく手入れがされており、季節の花が咲き乱れている。ルキウスは少しだけだが緊張を緩めた。


「こちらでお待ちです」


 ルキウス達の先を行く若い女性はにっこり笑うと一番奥の部屋の中へ二人を案内した。


 部屋の奥の長椅子にはゆったり腰掛けた女性がおり、手招きをする。


「よくいらっしゃいましたね。真摯なお手紙拝見いたしました」


「お会いできて光栄です」


 ラウドは無駄のない優雅な動きで挨拶をした。隣に立つルキウスは挨拶をする事も忘れ、目の前の女性をまじまじと見つめた。


 茶色の髪は軽やかにカールされ、緩やかに肩へと流れている。肌は陶器のようにつややかで白く、皺どころかしみ一つない。見た目は十代後半くらいの可愛らしい女性だった。


「わたしが、マリー・ジョコフです」


 ルキウスが戸惑う中、自己紹介をされ、ルキウスも慌てて頭を下げた。隣ではラウドが声を殺して笑っているようだ。


(ちゃんと教えてくれたらこんなに驚かなくてもよかったのに)


 クワントが長生きだということは知っていた。しかし、百六十五歳、と聞いていたのでしわしわの老婆を勝手に想像していたのだ。ルキウスは腹いせにラウドを足でこっそり蹴りつつも、以前にクワントは歳をとらないと聞いたことがあったのを思い出した。


(その時はまさかと思ったけど、本当だったんだ)


 よく見ると先程案内してくれた女性の顔となんとなく似ている。


(もしかしたらさっきの女性ひとが今度結婚するという玄孫かもしれないな)


 ルキウスはドアの近くに立つ女性とマリーをこっそり見比べた。だがどう見ても曾祖母のマリーの方が年下に見える。


「近くへお座り。後は私達だけにして」


 マリー・ジョコフは鈴のような麗しい声で人払いをした。その合図と共に部屋から人が出て行き、鳥のさえずり以外の物音はしなくなった。


 口を開こうとするラウドを片手で制すると近くの水晶玉を優しく撫でた。


(やっぱり、水晶使うんだ)


 ルキウスは興味深げに水晶の中を眺めた。ルキウスにはマリーとラウドと自分の影がぼんやり水晶の球にそって歪んで見えただけだが、マリーには違うものが見えるのだろう。暫く水晶を撫ぜながら彼女は水晶の一点を見つめていたが、急に眉間に皺を寄せると熱いものに触ったかのように水晶から手を離した。同時にバチバチッと火花の散る様な音も聞こえた。


「あっ」


 同じように水晶を集中して見ていたルキウスは思わず声を上げてしまった。あまり思わしくない事態が起きたようだ。


 マリーは軽い息を一つ吐くと、ゆったりとこちらに目を向けた。


「ごめんなさい。どうしても見えてこないの。かなりきつい呪印がかけられているみたいで、深く見ようとするとこちらの水晶がやられてしまいそうなの」


「いえ、ご無理をなさらないでください」


 そうラウドは答えたが、落胆の色を隠すのに精一杯のようだ。


「でもがっかりなさらないで。『六つ星』そのものについては分からなかったけれど、それについて知っているだろう人物が一人、水晶にかろうじて映ったの。その方を訪ねてみてはいかがかしら?」


 マリーの提案にラウドから微かだが安堵のため息が聞かれた。


(よかった、まだ繋がっている)


 ルキウスは思わずマリーに微笑んだ。その様子にマリーも首を傾けにっこり微笑み返す。


「少しでもお役に立ててよかったわ。これからお茶にしますから、是非ともご一緒してくださらない?」


 ご迷惑でなければ、と頷く二人を見て、マリーは再び呼び鈴をならす。程なく先程の玄孫らしき女性が二人を室外へいざなった。天気がいいので中庭で行われるらしい。


 ラウドの後に続いてルキウスも廊下へ出ようとした。が、腕を捕まれ、振り向くと、マリーの淡い茶色の瞳にぶつかった。


(すっごく可愛いけど、…ばあちゃんなんだよな)


 ルキウスは不思議な心持がした。クワントに会うのはもうすでにマリーで三人目だ。ラウドと会わなければ、クワントという最上級魔術師になんて一生会わなかったと思う。


 マリーは自分を見つめ返すルキウスの手を取った。 


「私は、ラウドに期待しているの。魔封じの力と六つ星の両方を持ち合わせた運命をもつ彼なら、きっと六つ星の呪縛をといてくれると信じています。でも一人では無理。あなたがラウドを助けてあげて」


 マリーの強い視線にルキウスは息を呑んだ。ルキウスの驚きを見た彼女は、表情を和らげる。


「昔、私の元にもラウドが持っているものと全く同じ『六つ星』を持つ子が生まれたの。その時の私は何も出来ず、泣く泣く子供を手放したわ。その子のためにも是非頑張ってほしい」


 マリーの瞳に影が宿る。その当時を思い出したのだろう。ルキウスの瞳にもそれは移った。ラウドやニダの他にも六つ星のせいで苦しんでいる人はたくさんいるのだ。


「絶対、解いて見せます」


 マリーの手を握り返し、ルキウスは力強く答えた。その様子にマリーは目を細める。


「あなたがいてくれて、ラウドは幸せね。いい組み合わせだわ。『六つ星』の事は詳しく分からなくて申し訳なかったけれど、それは分かる。言いきれるわ」

 

 思わぬマリーの言葉にルキウスは自分でも驚くほど戸惑うのが分かった。


「そんなことはぜんんんぜんっないです。あいつは俺のありがたみなんてちっとも分かっていないんです」


 思い切り首を振り、焦ってルキウスは否定した。が、ぴたりと止まると、上目づかいでマリーを見た。


「本当にそう思います?」


 自信なさげなその表情にマリーは声を上げて笑った。


「本人に直接聞いてみたら?」


「それだけは死んでもイヤです」


 それができたら苦労しないのだ。マリーは知らず知らずため息をつくルキウスの肩をそっと抱いた。


「ルキウス、あなたにこれからいろいろな事が起こるでしょう。でも自分は自分だということを忘れないで。それと、もっと自分に素直に、ね」


 軽くウインクをしてマリーはルキウスを部屋に残し廊下へ出て行った。見た目通りの軽やかな足取りだ。


(どういうことだろう)


 ルキウスは一人佇んだ。当代切っての占い師に言われると、気にしない方が無理だ。詳しく聞きたかったが、そんな機会は最後まで訪れず、出された良い香りのするお茶も、バターと乾燥した果物がたっぷり入ったお菓子も全く味がしなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ