第12話 村
この農園が所在する森を『ドーラの森』という。
ドーラの森の広さはだいたい東京都ほど。
広い森の中に、ポツポツと村や町が点在しているらしい。
平たんな地面に針葉樹が生い茂っているから、迷子になったらマジ厄介らしいが……
大丈夫。
ひいじいさんが書き遺しておいてくれていた周辺地図があるからな。
地図を指で西へたどると『トッド村』という名前に行きあたる。
「よし……」
俺はノートを閉じ、小さくうなずいた。
西へ向かう道に迷うことはないだろう。
「出発ニャ?」
「うん。さっさと乗れ」
聡子は「ニャー!」と大きな声を上げ、すぐに俺の肩にぴょんと飛び乗った。
これで出発だ。
農園の周りはずっと森である。
ただただ木々の間を抜けるように歩いていくばかり。
足元にはふかふかとした落ち葉が積もり、あちらこちらで野鳥やモンスターの鳴き声が聞こえてきた。
時折、地図を確認する。
もちろん地図上でも木ばっかなんだけど、「岩場」「一本の巨木」「小川」など特徴的な目印が描かれており、ちょーわかりやすい。
地図ではよくわからなかったのは距離感だ。
思ったよりも村は遠かった。
なかなか到着しないものだから、どこかで間違えちゃったのかと不安になりながらも、出発から四時間ほど経った頃……遠くにぼんやりとした輪郭の建物が見えてきたのだった。
「おお! 村だ!」
密集した木々から視界が開け、家々の手前には畑が広がっていた。
手入れされている様子だが、それでも少し荒れた印象がある。
建物自体はワラ葺きで、遠目に見ても粗末だ。
「おっ、誰かいるな」
ワラ葺の家から、おっさんが一人出て来た。
本当にひさしぶりに見る『人』だ。
俺は嬉しくなって、「おーい!」とあぜ道を駆けていった。
「……??」
相手は振り返ってこちらを見た。
ちょっと緊張するな。
「ええと、すいません。ここってトッド村って合ってます?」
「……」
答えない。
何か変なこと言っちゃったかな?(汗)
そう心配していると、おっさんはようやく口を開いて言った。
「gれわおゆふぇわk」
「……はい?」
「gれわおゆふぇわk!!」
あ、なるほど。
よくわかった。
言葉が通じないんだ。
よくよく考えれば、そりゃそうだよな。
ここは漫画でも小説でもなく、現実の異世界なんだから、最初からなぜか言葉が通じるだなんてウマい話があるワケがない。
どうしようかと迷ったそのとき、横で聡子がふっと口を開いた。
「ニャー!」
すると、どうだろう。
おっさんがビクっとして動きを止めたではないか。
やがて目を大きく見開き、すぐにひざまずいて地面へこすりつけるように額をつけた。
「え……?」
驚きながらも、俺は聡子を見た。
「なんか言ったの?」
「頭が高い……と言ってやったニャ」
「エラそーすぎだろ!(汗)」
「ふん。この森の主である我を目の前にして、人間ごときがひざまずくのは当然のことニャ」
あー、そう言えばそんなこと言ってたな。
ひいじいさんの後継なんだっけ。
「つーか聡子、このおっさんの言葉わかんの?」
「何を言う。わかるワケないにゃ」
えー……
「我は頭に直接語りかける系ニャ。言葉などわからぬし、わかる必要もないニャー」
あー、そういうこと。
じゃあ、俺と聡子が会話できてんのも、聡子が頭に直接語りかける系だからスムーズにいってんだな。
「さらに言えば、こんなこともできる。ニャニャ……!」
聡子がそう短く鳴いた時だ。
「へへー、森の主さま。どうかお許しを……」
あれ?
おっさんが日本語しゃべってる?
「そうではニャい。我を中継して、おっさんの言葉がヒロトの頭へ直接伝わっただけニャ」
なにそれスゴ!?
同時通訳以上……瞬間通訳じゃねえか。
「聡子って、すげーんだね」
「ようやくわかったニャ?」
聡子はエッヘンと鼻をそむける。
その時、周囲から別の声が聞こえてきた。
声は一つじゃない。
よそ者(俺たち)の存在に他の者たちも気づいたのか。
二人、三人と村人たちが集まってくるようだ。
その間、おっさんはずっと額を地面にこすりつけていたが、やがて他の村人たちも同じようにし始める。
「ははー!」
「ははーっ!」
「森の主さま!ははー!」
村人たちは次々とひざまずき、聡子に対して深く頭を下げていった。
まるで何か儀式でも始まったかのように、全員が一斉に聡子を崇め奉る。
「ヤバすぎだろ」
「ニャー!」
猫がそう発すると、村人たちはまた一斉にひざまずき、聡子を崇拝する言葉を口々に繰り返した。
「……というワケで我らはこの近辺に出現するモンスターを狩りに来たのニャ。どこか泊まれるところはないかニャ?」
村人たちの目は、今や完全に聡子に釘付けだ。
その後ろで、俺は頭をポリポリかいて呆れる。
「へ、へえ。この村に宿などしゃれたものはございませんで……(汗)」
村人たちはそう言ってゴニョゴニュと相談し始めた。
やがて、村の中で一番年配と思しき男が一歩前に出てきた。
顔に白いヒゲが生えている……というより『白いヒゲの中に顔がある』と言ったような風体で、おそらく彼がこの村の長老ポジであろうと推察できた。
「主さま。空き家などございますから、どうかそちらをお使いくだされ」
「いいのか?」
俺は少し驚きながらも聞き返す。
「もちろんでございます。我々もモンスターには困っておりますからのう」
「それに森の主さまの仰せだしな!」
「そうだ、そうだ!」
そう言って村人たちはまた「ははー」っと聡子をあがめる。
もうわかったって(汗)
「それでは森の主さま。ご案内いたしますじゃ」
「うむ、苦しゅうないニャー」
長老が案内を申し出ると、聡子は機嫌よく鼻を高く上げて頷く。
エラソーな猫だな。
長老は腰を低くして、さらにこう続けた。
「ささ、お付きの方もどうぞ」
「……は?」
お付きの方って……俺のこと?
「ぷぷ……ニャ」
なろッ……
……でもまあ、聡子のおかげで泊まるところが確保できたんだ。
これでよしとするか。
次回更新、明日7時10分




