チョコレート怖い
おかずの匂いで充満した昼休みの教室で羽太健太は弁当を箸でつついていた。目の前には、三人の女子が片足を太ももに載せて、だらしなく駄弁っている。
「明日バレンタインデーだよ。明美は渡す相手いるの?」
「まず、優菜でしょ、それから康子。うちはいつも通りそんぐらいかな。あまり多いと出費も気になるし」
「てか、結局今年もこの三人で渡し合って終わりか~」
金髪ギャルの優菜、茶髪ショートの明美、黒髪ロングの康子。三人は羽太に視線を向けた。
「ねぇ、羽太ってチョコもらったことあんの?」
優菜が薄ら笑いを浮かべながら尋ねると他の二人はクスクス声。
それに羽太は怒るでもなく、一層顔に影を落としてゆっくりと手に持った箸を置いた。
「チョコ苦手なんだよね。特にホワイトチョコレート。あの、脂っこい甘さが口腔内にまとわりついて気持ち悪くて毎回吐きそうになるんだ。バレンタインデーなんか僕にとっては災厄さ。母も父も甘党で、それに感化されたのか妹まで大の砂糖好き。つまり、この日は家族揃ってホワイトチョコレートを大量に作り、余ったものは全部、長男の僕に回されるんだ。本当に地獄。これに追加で女子からホワイトチョコレートをもらった暁には、もう、気が狂ってしまうよ」
滔々と独り言のように暗く呟く声に、優菜は顔を引きつらせていた。
「あー……そうなんだ」
「分かっただろ? 僕の前でチョコの話はしないでくれ」
羽太はそう言い捨て、黙々と食事を再開させた。
「ねぇねぇ」と明美がにやけながら小声でささやく。
「うち、いいこと思いついちゃったんだけど」
こそこそ三人は内緒話を始める。
時折、羽太の方に視線を向けて、くすくすと笑い合っていた。
翌日、バレンタインデーの日。
教室中が浮足立つ中、羽太健太は一人むすっとした顔で席に座っていると、三人の女子が彼を取り囲む。
「今日バレンタインっしょ?あたし優しいから、誰からももらえないだろう羽太にチョコ作ってきてあげたわよ。でも、ちょっと分量間違えてサイズがでかくなったけど、男なら余裕よね? ちなみに、中はホワイトチョコだから」
優菜はそう言って、机にホワイトチョコが入った透明なビニールを置く。
「うちも、買い物行ったときにちょうどホワイトチョコレートが売っててさ、四角いビスケットの中にホワイトチョコが入ったやつ。一つ買うつもりが籠に二つ入ってたんだよね。一人じゃ食べきれないから羽太にあげる」
明美はそう言って、机に包装された小箱を置いた。
「実は私、義理チョコもらったんだけど、あまり食べ過ぎると肌荒れの原因になるから困ってたんだよね。だから、羽太君にあげるね」
康子はそう言って、瓶詰めされた板状のホワイトチョコレートを包みの隣に並べる。
立て続けに置かれるチョコの山に羽太は目を見開き、両手で抱えるように机の両端を掴み、ぷるぷると体を震わせていた。
「ホ、ホワイトチョコがこんなに……たくさん……」
「ああ、そういえば、ホワイトチョコレートが苦手なんだっけ? でも、まさか女子からのチョコを捨てたりしないよね? 念のため今この場で食べてくれない?」
そう言う優菜に明美と康子は下卑た笑みを浮かべる。
「お、お前ら……僕がホワイチョコレートを苦手にしてると知っているにもかかわらず、わざとだろ……」
「それで? 早く食べて見せなさいよ」
悪びれた様子もなく、優菜は泰然と言い返す。
「くそっ……くそっ……悪魔が」
羽太は頭を上げてぎろりと三人の女子を睨み、優菜からもらった透明なビニール袋を震える手で開けた。そして、手作り感満載な不格好な白い塊を手に取り、頬張る。
「もぐもぐ……うえっ、甘っ、甘! 甘すぎて吐きそうだ。……もぐもぐ、口がホワイトチョコの油でベトベトで気持ち悪い……もぐもぐ、ごくん」
最後に唇を舌でべロリと舐めた。
「うわっ、食べるの速っ! ホントに苦手なの?」
優菜が疑念の目を向けてくるが、羽太は目尻を上げて睨み返す。
「……苦手だから、さっさと胃袋に入れたんだよ。次だ」
明美からもらった高級感漂う小箱を開けると、四角いビスケットが六つ入っていた。
それを、次々と口に詰め込んでいく。
「サクサク……甘っ! 甘! うえっ、吐きそう……。サクサク……甘っ! 甘! うっ、気持ち悪い……サクサク、ごくん」
あっという間に食べ終わり、康子からもらった瓶の蓋を開け、中から板チョコを取り出してかぶりついた。
「バリバリ……甘っ! 甘! うう……頬がとろける……バリバリ、ごくん」
全て食べ終わり、羽太はため息をつき、満足そうにお腹をさする。
「……ごちそうさん。甘くて最悪だった……」
そして次の瞬間には羽太は顔を曇らせて、暗く呟いた。
呆気にとられていた優菜は我に返り、
「なにが最悪よ! めちゃくちゃ幸福そうな顔して食ってたじゃない!」
それに明美が続く。
「羽太、うちらを騙したな!」
「人聞きの悪いことを言うなよ。僕はもらったホワイトチョコレートを食っただけだ。むしろ、この場で食えと言ったのはそちらだろう」
理路整然と返されて、ぐうの音も出ない三人。
「まんまとやられたわ……つまり私達は羽太の大好きなチョコをただプレゼントしただけってことね」
康子はしてやられたと額に手を当てた。
「確かにホワイトチョコは大好物だが……苦手なチョコがあるのは本当だ」
羽太は真剣な表情で呟く。自らの犯行を自白する犯人のように。
「何のチョコが苦手なのよ」
優菜が聞き返し、明美と康子も耳を傾ける。
羽太は机に肘をつき、両手を強く握りしめた。
そして、声を震わせて、
「甘いミルクチョコレート」
「「「調子に乗るな」」」




