そんなことより飯を食えが合い言葉
畳に座布団、その上に正座して、姿勢正しく箸を持つ坊主、前庭から縁側を越えて、その横からの姿に、俺が声をかける。
「父さん」
「なんだ、息子よ」
手に載せた飯碗から目を離さず、バリトンの声で父が俺に答えてくれたのが嬉しかった。
「なぜ人間は生きるんだと思う?」
「そんなことより飯を食え」
それが俺と親父との合い言葉。
金の無心に帰った時も、人生の道を聞きに帰った時も、まず俺たちは飯を食う。
かこーん──と、中庭の鹿威しが鳴った。
俺が自分で白飯をよそい、味噌汁と塩鮭を卓袱台に置くと、親父も箸を置いた。一緒にアレをやってくれるのだ。
「すべての命に感謝して──」
「いただきます」
これをしないと食事が始まらない。
親父は熱心なあの漫画のファンなのだ。特に『サニ◯』が推しだ。カラフルで長いあの髪が羨ましいらしい。
どこからか歌が流れてくる。
ガラガラ声の男が叫ぶ、ソリッドなロックだ。
『飯食うな! 飯食うな!』
俺の存在はまったくないものとして、時間に溶け込んだ。
飯を食えば、生きられる。
飯を食う間は、どんな辛いことも忘れられる。
飯が食えないやつだって、この世にはいるのだ。
今日も飯が食えることに、感謝をする。
「うまいな……」
親父がぽつりと呟いた。
「日本のコメは……なんてうまいんだ」
ごめん、父さん──
これ、中国産米だと思う。
日本のコメなんて、今どき高くて買えないんだ……。
こんな時代に、俺たちは飯を食う。
ただ、黙って、飯を食い続けるのだ。
生きるために──




