63話 行き場のない夜に
テーブルの上には、所狭しと料理が並べられていた。
すでに乗り切れないほどの量だというのに、それでも次々と新しい料理が運ばれてくる。
「お前、本当に全部食えんのか?」
「全然余裕」
レオンは迷いなく料理を口に運んでいく。
このまだ体の小さな少年の、いったいどこへ消えていくのか。
そんなことを思いながら、ヘレナはレオンの食べっぷりに感心していた。
「……まあ、でも」
ファウストがぽつりと呟く。
「死なないことが分かって良かった」
ファウストは、どこか安心したようだった。
レオンには、これから起こる“悪い未来”を見る力があるらしい。
ファウストの頼みでヘレナの未来を見てもらったのだがレオンが言ったのは、ただ一言だった。
「何も起きない」
ヘレナにとっては拍子抜けするような言葉だった。
だが、“何も起きない未来”というのは、この状況では何よりも心強い。
しかし未来を見たレオンは、どこか納得していない様子だった。
「うーん……でも、なんかおかしいんだよな」
「おかしいって、どうしたんだよ」
「いや……邪魔されてるって感じかな?」
「邪魔?」
ヘレナが眉をひそめる。
「そう。この人が死なないことは分かったんだけど……」
レオンは少し言葉を探すように続けた。
「その先の未来が、見えないんだよ」
「未来が見えない?」
ヘレナが問い返す。
「そう。なんて言うかな……」
レオンは視線を宙に向けた。
「城が崩壊したあと、未来の映像から追い出されるんだよ」
レオンの言葉に、不穏な空気が漂った。
「城が……崩壊?」
「あ! あの城。あの城だよ」
レオンは窓の外を指差す。
その先に見えるのは――フォルスター城。
「フォルスター城が……」
もし本当にフォルスター城が崩壊するのだとしたら、それは只事ではない。
自分たちが起こそうとしていることが、この王都そのものを巻き込む事態になる可能性もある。
だが、それほどの事態になるということは、この国はそれほどまでに、知られてはならない秘密を隠しているということでもあった。
「……やめるか?」
ファウストが静かに言った。
自分が想像していた以上に事態は大きくなりそうだと思った時、ヘレナの胸にわずかな焦りがよぎる。
その様子に気づいたのか、ファウストは真っすぐヘレナの目を見た。
「今回の件で、犠牲者が出るかもしれない。怪我程度で済めばいいが……死人は必ず出る」
ファウストは、短く息を吐く。
「それが仲間なのか。それとも国民なのか」
そして、短く問いかける。
「お前はどうしたい?」
犠牲を出さない――そんな理想を語れる状況ではない。
必ず、誰かが犠牲になる。
それでも、ヘレナの決意は揺らがなかった。
「もう既に犠牲は出ています」
ヘレナは静かに言った。
「今までの犠牲を、私は無かったことにはできません」
「……そうか」
ファウストは短く答える。
「わかった」
気づけば、レオンはすべての料理を食べ終えていたようで、まん丸に膨らんだ腹を満足そうに撫でている。
「レオン」
ファウストが声をかける。
「俺はしばらくここにいる。やることができたからな」
ファウストの決意を聞いたレオンは、面倒くさそうに大きくため息をついた。
「はぁぁぁ……。あの人のこと、どうすんだよ。アンタがいなくなったって気づいてから、見るからに機嫌悪くなってんだけど」
「悪いな。しばらく頼む」
「ったく、しょーがねーな」
レオンは肩をすくめる。
「あとで怒られても、俺は知らないからな」
やれやれと言いたげに再びため息をつき、レオンはファウストが出した扉へと歩いていく。
「ごちそーさまでした」
軽く手を振り、扉と共にレオンの姿は向こうの世界へと消えていった。
「さてと。これから忙しくなるな」
そう言った直後、ヘレナは一冊の資料を差し出した。
「……これを、見てほしくて」
ファウストはそれを受け取り、ゆっくりとページをめくる。
読み進めるにつれて、その表情は次第に険しくなっていった。
「……これに書いてあることは事実か?」
「はい。でも、すべてを確認できたわけではないので、はっきりとは……」
「被害にあっているのは、今のところ二つの村か」
ファウストは資料から目を離さずに呟いた。
「……できる限り急いだ方がよさそうだな」
その資料に書かれていたのはただ短く、村人が全員消えたという報告だった。
「……今日は、どうすんですか?」
「ん? なにが」
一呼吸落ち着いたところで、ヘレナは窓の外を指さした。
「もう、日が落ちますけど」
気づけば日が落ち、辺りは暗くなり街にある街灯に明かりが灯り始めていた。
「適当に宿を探すよ」
「…………残念ながら、宿に泊まるには通行証が必要なんです」
「通行証?」
初めて聞く言葉に、ファウストは首を傾げた。
「今、規制が厳しくなって王都に入るには通行証が必要なんです」
「な、なんでだよ……」
「自分の身分を証明するために、新しく作られた制度です。この間、あなたが闘技場を襲撃したことが原因なんですよ」
「…………あ」
「それはそうですよ。魔界に消えたはずのあなたが、突然現れて闘技場であんな大立ち回りをしたんですから。当然です」
「それは、そうだな……」
「はい。夜間の見回りも始まっていますし、野宿もできません」
「こ、この店にいさせてもらうってのは……」
「あなたを匿っていたことがバレたら、マスターは極刑を免れません。フルーツパイが食べられなくなって私も困ります」
そう言ったあと、ヘレナはにこりと微笑んだ。
「……私の家に来ますか?」
「は……?」
「だから」
ヘレナはさらりと言う。
「私の家に泊まりますか?」
一拍置いて続けた。
「一晩くらいなら、大丈夫ですよ」




