62話 国家転覆の共犯者
「絶対に会いに来てくれると信じていました。間に合ってくれて良かったです。私……もうじき殺されるので」
フルーツパイを食べながら、目の前のヘレナは当然のことのように、耳を疑う言葉を口にした。
「……は?」
「ちょっと事態が急展開しまして。その日がいつか分からないので、少し焦ってたんです」
変わらない態度。
変わらない口調。
まるで、自分が何を言っているのか分かっていないのではないかと疑うほど、ヘレナは平然としていた。
「ちょ――ちょっと待てよ。殺されるって、どういうことだよ! 誰にっ!」
思わず、ファウストの口調が荒くなる。
どんな事が起きてもいつも冷静沈着な男だと思っていたヘレナは、取り乱すファウストの姿を初めて見て目を丸くした。
「……な、なんでそんなに驚いてるんですか」
「当たり前だろっ! 殺されるって、何が起きたんだよ!」
自分の死を、この人は嘆いてくれるのか。
そう思うと、ヘレナの胸の奥にわずかに残っていた恐怖心が、すっと消えていくのを感じた。
「……心配してくれて、ありがとうございます。でも、時間の問題だったんです」
そう言いながら、ヘレナはテーブルの上にいくつかのドッグタグと一冊の資料を差し出した。
「ファウスト。あなたの部下たちです」
ファウストはゆっくりとタグを手に取る。
刻まれた名前を一つずつ確認し、そしてヘレナへ視線を向けた。
「…………戦死か?」
生きてきた中で、最も過酷な時間を共にした仲間たちだ。
タグに刻まれた名前を、ファウストが忘れるはずがない。
「戦死ではありません」
ヘレナは静かに首を振った。
「何者かに、殺されました」
「そうか……」
短い言葉だった。
だが、その声はどこか重かった。
ヘレナは、その部下たちの最期を、あえてファウストには伝えなかった。
誰よりも仲間を、部下を大切にしていたファウストにとって、突きつけられる事実はあまりにも残酷すぎるからだ。
「彼らを殺した者は……大方、見当はついています」
ヘレナは静かに言った。
「おそらく、国王命令でしょう」
ファウストの視線がわずかに鋭くなる。
「それほどまでに――私たちは、この国の秘密を知りすぎてしまったんです」
「……だから、お前も殺されるのか」
「はい」
あまりにもあっさりとした返事だった。
「ふざけるな」
ファウストの声が、低く響いた。
「誰が殺させるかよ」
ヘレナはその言葉を、しばらく黙って聞いていた。
そして、小さく息を吐く。
「…………なら」
ゆっくりと顔を上げ、ファウストを真っ直ぐ見た。
「私を護ってくれますか?」
そう言ったあと、ヘレナはくすりと笑った。
「やり残したことが、あまりにも多すぎるんです。まだこのフルーツパイも食べ続けたいですし」
フルーツパイを一口食べ、肩をすくめる。
「それに――」
少しだけ声を落として続けた。
「こんなところで簡単に殺されたら、死んだ仲間に顔向けができません」
「当たり前だ。絶対に死なせない」
ファウストはヘレナから目を逸らすことなく、真っすぐに答える。
「安心しました。これで、私も国家転覆ができます」
「…………は?」
突然、何を言い出すのか。
思わず、ファウストの口から素っ頓狂な声が漏れた。
「いやー、本当に私の計画の前にファウストが来てくれて安心しました。これで心置きなく行動できます」
前々からヘレナは、予想の斜め上をいく部下だと薄々感じてはいた。
だが、この数十分の間だけでも散々驚かされているファウストは、状況を飲み込むのにしばらく時間がかかった。
「ちょっと待て。国家転覆って何を言ってんだ?」
「え? その言葉の通りですけど」
「その言葉の通りって……意味分かって言ってんのか?」
「当然じゃないですか」
ヘレナは肩をすくめる。
「私を誰だと思ってるんですか? 国家を揺るがす大犯罪ですよ?」
そして、楽しそうに笑った。
「大いに結構じゃないですか」
フルーツパイを食べ終えたヘレナは、満足そうに微笑む。
「この国は、隠し事が多すぎる」
フォークを皿の上に置く。
「隠し事が多いから、罪のない人が死んでいく」
ヘレナは静かに続けた。
「もう、嫌なんですよ」
一度、言葉を切る。
「意味もない誰かの犠牲の上で、悠々と生きるのは――」
ヘレナは静かに首を振った。
「もう、嫌なんです」
「だから……全部壊したいんですよ。この国を」
そして、ゆっくりと視線を上げる。
「そのために、あなたが必要です」
わずかに笑みを浮かべた。
「協力してくれますよね。――大英雄ファウスト・ライウス」
ヘレナの本当の目的を知ったファウストは、観念したように大きくため息をついた。
「わかった。もう一回、国家転覆の首謀者になってやるよ」
そう言ったあと、ファウストはこの場にいるはずのない人物へ声をかけた。
「レオン。今、何してる?」
「……レオン?」
ヘレナが眉をひそめる。
「美味いもの食わせてやるから、こっちに来い。くれぐれも誰にも気づかれるなよ」
次の瞬間だった。
店の隅の空間がわずかに歪み、そこに見覚えのある扉がゆっくりと現れた。
扉が軋む音を立てて開き、その奥から少年の声が聞こえた。
「ったく。急に呼び出すなよな……」
扉から現れたのは、銀髪の可愛らしい顔立ちをした少年だった。
どこかで見たような気がする――。
ヘレナはしばらく記憶を辿り、そして不意に思い出す。
「もしかして、闘技場の……」
あの時出会った、双子の子供たちの姿が脳裏をよぎった。
「あぁ、そうだ。今、面倒を見てるんだ」
ファウストはあっさりと言う。
ヘレナは、目の前の少年をまじまじと見つめた。
あまりにも見違えていたからだ。
初めて子供たちを目にしたとき、彼らは――同じ命ある者とは思えないほど、酷い扱いを受けていた。
だが、今の少年は違う。
清潔な服を着て、顔色も良い。
それでも、なぜかこの少年の体には怪我をしたばかりのような傷跡が、いくつも残っていた。
「なんでお前、そんな怪我してんだ?」
どうやらファウストも同じことを思っていたらしい。
すると少年は、呆れたようにため息をついた。
「ちょうど今、ヴァルの飛行訓練してたんだよ」
「ヴァル……名前、決めたのか」
「……さっきな。教えてやろうと思ったのに、アンタどこにもいないし」
「ヴァルからもらったのか。いい名前だな」
そう言うとファウストは、少し不貞腐れている様子の少年の頭に手を乗せた。
次の瞬間、傷だらけだった体が一瞬で治る。
「で? どうせヴァルの飛行訓練のときに、背中から落ちたんだろ?」
「なっ――うるせーよっ!」
少年は顔を赤くする。
「しょうがないだろっ。ドラゴンに乗るの、初めてなんだから!」
つい先ほどまで、ファウストは人間界で戦っていた頃の姿だった。
だが今、目の前にいるのは魔界で生きるファウストの姿。
ヘレナは、その光景を静かに見つめていた。
初めて見る、知らないファウスト。
どこか、自分だけ置いていかれたような気持ちになる。
「あ、悪い。話し込んじまった」
ファウストはヘレナの方へ振り返る。
「コイツはレオン。未来を見ることができる」
「未来を……?」
「そう。レオン、美味い物食わしてやるから、この人の未来を教えてくれ」
「いや、俺……魔眼をひさしぶりに使うし」
「今のお前なら、絶対に大丈夫だ。この人のこと、俺は死なせたくないんだ」
ヘレナはこの店のメニューをレオンに差し出した。
「好きなもの、好きなだけ食べていいからっ!」
かけた。
しかし、すぐに咳払いをして誤魔化す。
あくまで渋々といった様子で、ヘレナからメニューを受け取った。
「……ほ、本当になんでもいいんだな?」
「もちろんっ!」
「わかったよ」
そう呟くと、レオンはゆっくりと目を閉じる。
次の瞬間、その瞳が淡い紫色の光を放った。




