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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編②
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56話 赤い閃光

 呑気に切り株へ腰を下ろしたファウストは、剣を磨きながらぽつりと呟いた。


「早くしないと、喰われるぞ」


 目の前の魔獣は空腹でたまらないのか、ギラギラとした目でレオンを睨みつけている。

 その手脚や胴体は、大木のように太い。

 レオンが握る刃こぼれした剣では、とても通用するとは思えなかった。

 かといって、他に武器があるわけでもない。

 ちらりと後ろを振り返ると、ファウストはまるで他人事のように剣を磨き続けていた。

 助太刀する気など、最初からないらしい。

 レオンがここで魔獣に喰われようが、ファウストには興味がないようで、そんな態度に腹を立てながら、レオンは目の前に立ちはだかる魔獣と向き合った。

 弱い者が先に死ぬ。

 世界は、驚くほど分かりやすくできている。

 レオンはゆっくりと深呼吸を繰り返した。


「大丈夫……俺ならできる」


 まるで自分に言い聞かせるように、同じ言葉を何度も口にする。


「大丈夫だ」


「……やれる」


 そして――。


「……よし」


 小さく呟き、気合いを入れたその瞬間だった。


 バシンッ――!


 まるで地面に亀裂が走ったかのような鋭い音が、森の中に轟き、続いてぶわりと風が巻き上がった。

 衝撃で砕けた木片が飛び散り、その一つがレオンの頬を掠める。

 皮膚が裂け、頬に熱い痛みが走った。

 裂けた傷口から血が滲み出し、頬を伝ってぽたりと地面に落ちる。

 血の匂いに反応したのか魔獣の瞳孔が大きく震え、湿った鼻先が小刻みに動き、まるで獲物を確かめるように空気を嗅いでいる。

 レオンには、何が起きたのか理解できていなかった。

 深呼吸をした瞬間、体内を巡る魔力にそれぞれ役割を与えていたはずだった。

 動体視力の強化。

 感覚の強化。

 筋力の強化。

 だがそのすべてが、間に合わなかった。

 いや、正確に言えば。

 反応が追いつかなかった。

 

「油断すんなよ。さっきので、お前の首は飛んでたぞ」


 背後から、呆れたようなファウストの声が聞こえてきた。

 レオンが振り向くと、ファウストは手に数本の木の枝を握っていた。


「今、何をされたか気づいたか?」


「…………いや」


 レオンは正直に答える。


「だろうな」


 ファウストは肩をすくめた。


「さっきのは、この魔獣の尻尾による攻撃だ。確実にお前の首を狙っていた」


 そう言って、手にしていた枝を軽く振る。


「良かったな。俺がいて」


 どうやら、ファウストの瞬時の判断のおかげで、レオンはまだ死なずに済んだらしい。

 憎たらしい笑みを浮かべながら、ファウストは手に残っている木の枝をひらひらと見せつける。

 

「俺が手助けしてやる回数だ」


 ファウストは枝を軽く振って見せた。


「この強さの魔獣には知性がある。お前の弱点なんて、全部お見通しだ」


 そう言って、ニヤリと口元を歪める。


「気ぃ抜くなよ」


「……わかってる」


 レオンは短く答え、改めて魔獣へ視線を向けた。

 なぜ魔獣の攻撃に気づけなかったのか。

 冷静になって考えた結果、レオンは一つの結論に辿り着いた。

 ――調整している魔力の量が足りない。

 今、体内を巡っている魔力だけでは、この魔獣の攻撃を察知することすらできない。

 ましてや反撃など論外だった。

 仮に剣が届いたとしても、魔獣の体に触れた瞬間、弾き返されるのが目に見えている。

 そして、その衝撃で刃こぼれしたこの剣は簡単に折れるだろう。

 今のままでは、この魔獣には勝てない。

 

「……なら、増やせばいい」


 レオンは小さく呟いた。

 動体視力や筋力強化に割いていた魔力調整をすべて解除し、その魔力を心臓へ集中させる。

 狙いは一つ。

 それは、心拍数を上げること。

 魔力は血に混ざり、体内を巡る。

 ならば、心臓の鼓動を速めればどうなるか。

 体内を流れる血の量が増える。

 つまり全身を巡る魔力量も、強制的に引き上げられる。

 心臓の鼓動が、胸の奥で大きく響く。

 血管が膨らみ、体中を巡る血の流れが手に取るように分かった。


 ドクン――


 ドクン――

 

 鼓動がさらに速くなる。

 それに合わせるように、体温がじわじわと上昇していき、身体中にさっきとは比べ物にならないほどの魔力が漲る。

 今なら――なんでもできる。

 そんな錯覚に、レオンは一瞬だけ酔った。

 木々を揺らす風、舞い上がる砂埃、目の前で牙を剥く魔獣の動き。

 そのすべてが、これまでよりもはっきりと見え、まるで世界がゆっくりになったかのようだった。

 レオンは静かに剣を構える。


「負ける気がしねぇ……」

 

 体内を巡る魔力のすべてを、今の自分なら自在に操れる。

 そう確信した瞬間、レオンの体は閃光のような速さで動いた。

 一気に魔獣との距離を詰める。

 振り払われた尻尾を容易く躱し、そのまま死角となる足元へ滑り込み低い体勢から剣を振り上げる。

 ――斬る瞬間に力を込めろ。

 ファウストの教えが脳裏に蘇り、レオンはその言葉に従い、刃を振り抜く直前、手首に力を込めた。

 ファウストとの受け身訓練から使っている剣は、刃こぼれしているはずだった。

 それでも、振り抜かれた刃は魔獣の肉と骨を容易く断ち切る。

 

 ――ズバンッ!


 次の瞬間、大量の血飛沫が宙へと舞い上がり、魔獣が悲鳴を上げた。

 

 ――グォオォオオォオオオォオッ!


 大木を揺らすほどの咆哮とともに、魔獣の巨体がぐらりと揺れ、バランスを崩した魔獣の体が大きく傾く。

 その隙を逃さず、レオンは魔獣の足元から一気に抜け出し、地面を蹴り上げそのまま魔獣の背へと飛び乗る。

 首を守ろうとするかのように、尻尾が縦横無尽に暴れていたが、今のレオンにとってその尻尾はもはや驚異ではなかった。

 振り回される尻尾を、レオンは冷静に見切る。

 剣を構えたまま魔獣の背を蹴り、空中へと身を躍らせた。

 次の瞬間、振り抜かれた尻尾が、さっきまでレオンがいた空間を切り裂く。


「そこだっ!」


 空中で体勢を整え、レオンは剣を振り下ろした。


 ――ズバンッ!


 鋭い斬撃が、魔獣の尻尾を根元から断ち切る。

 切断された巨大な尻尾が宙を舞い、重い音を立てて地面へと叩きつけられた。

 次の瞬間、魔獣の絶叫が再び森を揺らす。


「次はその首だっ!」


 無防備になった首へ向け、レオンは剣を振り下ろした。

 だが、剣先が首元に触れた瞬間、拒絶するかのように刃が弾き飛ばされる。


「っ、硬すぎんだろっ!」


 鋼のような筋肉に覆われた魔獣の首。

 それを斬り落とすには、レオンの刃こぼれした剣では力不足だった。

 すると、魔獣の巨大な顎がゆっくりと開き、鋭く並ぶ騎馬の奥から、生臭い息が吐き出された。

 魔獣の瞳が、一直線にレオンを捉える。

 ――まずい。

 そう思った時にはすでに遅く、大地を砕く勢いの噛みつきが、レオンへと襲いかかった。

 とっさに構えた剣が牙と激しくぶつかり、火花が散る。

 魔獣の顎の力は凄まじく、剣ごと押し潰そうとする圧力がレオンの腕にのしかかった。


「ぐっ……!」


 刃こぼれした剣が、ぎしりと悲鳴を上げた。

 ――このままだと、剣が折れるっ!

 レオンは全身の魔力を一気に脚へと集中させ、踏み込んだ勢いのまま、レオンは膝を突き上げた。


 ドゴンッ――。


 渾身の膝蹴りが魔獣の顎を真下から叩き上げ、巨体がぐらりと揺れる。

 魔獣の頭が大きく仰け反り、鋭い牙が空を噛んだ。

 チャンスは今しかない。

 だが、この剣では魔獣の首を落とせない。


「レオンッ! 今のお前なら血を操れるはずだっ!」


 その時、下からファウストの声が響いた。


「血を……操る?」


 レオンは小さく呟く。

 その言葉を聞いたとき、闘技場で自身の血を操り戦っていたファウストの姿が脳裏に浮かんだ。


「今の俺なら、できるっ!」


 レオンは頬を流れる血を指でなぞり、その血を剣の刀身へと塗り付けた。

 血が生き物のように刀身を這い上がり、赤い光が一気に爆ぜ、剣全体が眩い輝きを放った。

 まるで血そのものが、剣へと姿を変えたかのように、ボロボロだった刃先がみるみる修復され、鋭い刃が蘇る。


「俺は――お前に勝つっ!」


 レオンは咆えるように叫び、赤く輝く剣を振りかぶり、魔力を纏った刃が稲妻のような速度で振り下ろされた。


 ――ズドォンッ!!


 赤い閃光が走り、魔獣の首元へと叩き込まれる。

 衝撃とともに大地が揺れ、大量の血飛沫が空高く舞い上がった。

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