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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編②
54/65

54話 消された騎士たち

 フォルスター王国。

 王都――クレスチナ。


 

 王都騎士団長室。


 コンコン。


 昼下がり、先日に起きたファウストによるローレル街、闘技場襲撃事件の書類整理に追われているヘレナのもとに神妙な面持ちの部下が訪ねてきた。

 

「ヘレナ団長。失礼します」


「……しばらく入室禁止だって言わなかったっけ?」


「申し訳ございません。どうしてもすぐにヘレナ団長にお知らせするべきだと判断しましたので」


 ヘレナは長めのため息をつき、字に追われてボヤついていた目元を抑えながら部下のほうに向きなおった。


「なに? また問題でも起きたの?」


 件の事件により、ヘレナは上層部から散々なほど叱責を受け、終わらない書類作成に機嫌がすこぶる悪かった。


「その……」


 どうやら図星のようで、部下は若干の躊躇いを見せながらいくつかのネームタグやドックタグ、階級章などをヘレナに渡した。


「……これは?」


 それらはヘレナにも身に覚えがあるものだった。

 渡されたものが何を意味するのか、ヘレナは察しがついた。


「これは、我が隊から出ていた行方不明者のものです」


 先週から、ヘレナが率いる部隊の中から数名の新入部隊員が行方不明になっていたのだ。

 巡回任務に出たまま戻らない者。

 非番のはずなのに、寮から姿を消した者。

 騎士団内でも極秘に捜索を進めていたが、足取りは一切掴めていない。

 そして今、その持ち物だけが――ここにある。


「……そう。どこで見つけたの?」


「………………」


 部下は何も答えなかった。

 いや、答えたくても答えられなかったというのが正解なのだろう。

 深く刻まれた眉間の皺から、耐えがたいほどの後悔や悔しさが滲み出ていた。

 握りしめられた拳は白くなり、指先は微かに震えている。


「答えなさい」


 ヘレナの冷静な指示で、部下はようやく口を開いた。


「……隣町のはずれにある、養豚場からです」


「……は?」


 出てきた言葉に、ヘレナの思考が停止した。

 養豚場。

 騎士団員の装備が見つかるような場所ではない。

 むしろ、最も縁のない場所だ。

 机の上に置かれたドッグタグを、ヘレナは静かに手に取る。

 冷たい金属が、やけに重く感じられた。


「……詳しく報告しなさい」


 部下は一瞬だけ目を伏せ、喉を鳴らした。

 

「養豚場の主人が、餌場の中から見つけたそうです」


 その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気がわずかに凍りついた。


「遺体は?」


「……見つかっておりません」


 一瞬だけ沈黙が落ちた。


 ヘレナはゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い、そして静かに吐き出す。


「その養豚場の主人から、全ての豚を買い取りなさい」


「それは、つまり……」


 部下の顔がみるみるうちに引き攣った。

 言葉の意味を理解したのだ。

 それは、あまりにも酷い事実だった。


「…………探すのよ」


 ヘレナは低く、しかしはっきりと言った。

 それは、この国を護るために血を吐くほどの訓練にも耐え、この国の未来を守ると誓った騎士として決して、あってはならない最期だった。

 

「この件について、緘口令を敷きます」


「……承知いたしました」


 部下は重い足取りで団長室を後にし扉が閉まると、部屋には静寂だけが残った。

 一人残されたヘレナは、机の上に置かれていたドッグタグを手に取る。

 冷たい金属の感触が、指先にじわりと伝わった。


「こんなの、絶対にあってはならない……」


 ぽつりと、誰に向けるでもなく呟く。

 行方不明になった隊員たちには、とある共通点があった。

 ファウストに憧れて騎士になった者。

 かつて王都を守り、多くの民を救った英雄の背中を追い、剣を取った者たち。

 ファウストが反逆者となったことに、疑問を抱いていた者。

 つまりファウストの影響を受けた者たちが、何者かによって消されているのだ。

 ヘレナは無意識のうちに、ドッグタグを強く握りしめた。



 

 数日後、例の養豚場から数頭の豚がヘレナたちのもとへ運ばれてきた。

 すでに処理された豚の遺体が、木製の台の上に並べられている。


「ここからは、私がおこないます――」


 ヘレナは静かに言い、手にしていたナイフを握り直した。

 自然と指先に力がこもる。

 すると、この件に関わった部下もナイフを手に取り、ヘレナの横に並んだ。


「私にも、やらせてください」


「……ありがとう」


 二人は無言のまま豚を押さえつけ、腹部へナイフを突き立てる。

 鈍い音とともに刃が肉を裂いた。

 血の匂いが、周囲の空気を一気に濁らせる。

 丁寧に腹を開き、胃を取り出す。

 そしてその胃の中から、いくつかの肉片と骨の一部が現れた。

 見慣れた金属片も混ざっている。

 騎士団員の装備の欠片だった。

 

「あっ……」


 あまりにも受け入れがたい現実に、部下は顔を伏せ、その場で嘔吐した。

 吐瀉物の音が、静かな作業場に嫌に響く。

 だが、ヘレナは視線すら逸らさなかった。

 血に濡れた手のまま、静かに次の豚へ目を向ける。

 

「……まだ、三頭残ってる」

 

 ヘレナはそのまま豚の腹を裂き、それに続いて部下も残りの豚の腹へナイフを突き刺した。

 養豚場から引き取ったすべての豚の腹から、人のものと思われる肉片が見つかった。

 誰のものか、確認するまでもなかった。


「クソッ――! こんなの、こんなのって……!」


 作業が終わったあと、部下はその場に膝をついた。

 豚の処理と肉片の回収を終えた作業台の横で、彼は顔を伏せたまま肩を震わせる。

 堪えきれなかった嗚咽が、静かな作業場に響いた。

 犠牲になった隊員たちは、ヘレナの部下でありそして、この男の直属の部下でもあった。

 ついこの前まで、同じ食堂で飯を食い、同じ訓練場で剣を振っていたその命の残骸が、今、袋の中にまとめられている。

 さすがのヘレンもこれには堪えられず、部屋の隅からその小さな袋を見つめていた。

 

「……戦死報告を、しなくては」


 部下のかすれた声が、静かな部屋に落ちる。

 ヘレナはわずかに首を振った。


「駄目よ」


「しかしっ!」


「なんてご家族に説明するつもり? まさか、事実をそのまま伝えるの?」


 部下は言葉を詰まらせる。


「この件には箝口令を敷いたはずよ」


 その言葉に、部下は口を閉ざした。


「……伝えるのは、今じゃない」


 ヘレナは静かに続ける。


「すべてが解決した後に、ただ戦死したとだけ伝えるわ」


「全てが、終わったあと……?」


 部下は袋を見つめたまま呟いた。


「これに、終わりがあるのでしょうか……。ファウストに関わったばかりに、彼らは――」


「終わるわよ」


 ヘレナは即座に言った。


「こんなこと、許されるはずがないもの」


 その声には、確かな怒りが滲んでいた。

 ヘレナはゆっくりと窓辺へ歩み寄る。

 夜の王都クレスチナは静まり返り、遠くの街灯だけが淡く光っている。

 ヘレナはその夜空を見上げ、小さく呟いた。


「……あの場所に、来てくれればいいけど」

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