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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編②
53/65

53話 死なないための戦い

「誰が足を止めていいって言った!」


 ファウストの怒号が響き渡る。


「っ、もうっ――何時間も走り続けてるんだぞっ!」


 黒泉で魔力が完全に回復したレオンは、城の外へ連れ出されたと思った次の瞬間、城の周囲を延々と走らされていた。

 心臓の鼓動が全身に響き、まともに呼吸することさえできない。

 喉の奥は焼けつくように熱く、口の中には鉄の味が広がっていた。

 膝ががくがくと震え、ついにレオンは地面へ倒れ込む。


「ったく……体力ねぇな」


 ファウストは呆れたように呟きながらレオンに近づき、水筒を差し出した。


「黒泉の湧き水だ。少しは体力が回復するだろ」


「っ、あり……がとう」


 レオンはそれを受け取り、乾ききった身体に流し込むように水を飲んだ。

 

「なんで、走り続けさせられてんだよ……」


 息も絶え絶えのまま、レオンはファウストに問いかける。

 ファウストは小さくため息をつきながら答えた。


「走り続けさせる理由はいくつかある。一つ目は、体力の回復と魔力量の増量だ。魔力の源である心臓を酷使することで、魔力の流れを速くする」


 言われてみれば、心臓の鼓動が速くなるにつれて、体の中を巡る魔力の量が増えていくのをレオン自身も感じていた。


「二つ目は、戦闘向けの体を作るためだ。戦場では常に走り続けることになる。足を止めた瞬間、それが命取りになる」


 そう言うと、ファウストは手に持っていた剣をレオンに差し出した。


「次は、それを持って走れ」


「はぁぁあ!? 散々走ったばかりだろ!」


 レオンの反応に、ファウストはまた小さくため息をつく。


「お前はまだ何も分かってないな。何も持っていない状態と、武器を持った状態では、空気の受け方がまったく違う。走り方も変わる」


 ファウストは、レオンの手に剣を押しつけた。


「戦場で剣は飾りじゃない。重りだ。その重りを抱えたまま、敵より先に動けなきゃ死ぬ」


 淡々と告げるその言葉に、レオンの背筋がぞくりと震える。


「それが終わったら、次は剣を構えた状態で走るからな」


 レオンは、手に渡された剣の重みを感じながら空を仰いだ。


「……まだ続くのかよ」

 

 剣を手に持ち、さらに剣を構えたまま走り続けること数時間。

 ようやくファウストから休憩の声がかかった。


「昼食、用意したから食っておけよ」


「っ――食える気がしない……」


 体力の限界はとうに超え、全身が不自然なほど震えている。

 目の前には、ファウストが作ったであろう食べやすそうなサイズのパンが置かれていた。

 だが今のレオンの身体は、胃に何かを入れることを本能的に拒んでいる。


「落ち着いてからでいい。何か食わないと体が保たないからな」


「……もう少ししたら、食べる」


 レオンは地面に座り込み、荒い呼吸をなんとか整える。

 しばらくして顔を上げると、ファウストがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。


「俺の言ったこと、少しは分かったか?」


「――わかったよっ! アンタの言ってた意味がっ!」


 何も持たずに走るのと、剣を持って走るのとでは身体の重さも呼吸の仕方もまるで違い、手の動きを塞がれた状態で走ると、思っていた以上にスピードが落ちる。

 戦場で生きてきたファウストがそれを許してくれるなずもなく何度も走り直しをされ、ファウストの言っていた意味を嫌というほど思い知らされたのだ。


「そうか」


 ファウストは満足そうに頷いた。


「それが分かったなら、今日の訓練は半分終わりだ」


「……半分?」


 レオンの顔から血の気が引いた。


「半分って、今度は何を……」


「今度は、俺の剣撃を受けることだ。分かりやすく言うと、受け身訓練だな」


「受け……身」

 

「そう。要するに、死ぬ感覚を覚えるためだな」


 その言葉に、レオンは心の底から「この人はいったい、何を言っているんだ……」と思った。


「おいおい、そんな顔すんなよ。大事なんだぞ? “あ、これは死ぬな”って感覚は」


 ファウストは軽い調子で続ける。


「それが分かるようになると、無理な動きをしなくなる。それに、死の気配が分かるようになれば、攻撃に対する感覚も自然と研ぎ澄まされる」


 まるで当たり前のことを説明するような口ぶりだった。

 

「安心しろ。ちゃんと殺さない程度には手加減してやる」


「全然安心できねぇよ!」

 

「アハハハッ! 大丈夫だって。ほら、早くパン食っちまえよ」


 このパンを食べ終えたら、この男に何度も殺されることになるのだろう。

 そんな予感を抱きながら、レオンはのそのそとパンにかぶりついた。




 

 改めて、この男は恐ろしい。

 レオンはそう痛感していた。


「レオンッ! 体が強張ってんぞ! 目を瞑るなっ、死ぬぞっ!」


 怒号が荒野に響く。

 レオンは、ただっ広い荒野の真ん中で一人、剣を構えていた。

 その周囲では、目で追えない速さで駆け回るファウストの影が、残像となって時折視界をかすめる。

 そして声がかかった次の瞬間、命を刈り取るような斬撃が、レオンへと襲いかかってきた。


 ガンッ!


 衝撃が腕を貫き、レオンの身体が吹き飛んだ。


「っ――」


「目を開けて攻撃を見ろって言ってんだろ! 受け止めるんじゃない、受け流せ! 意識をそっちに向けろ!」


 ファウストの声だけが、背後から飛んできた。

 受け身の訓練に入る前、剣の構え方や攻撃の躱し方、受け流し方は一通り叩き込まれている。

 だが、いざ実戦となると思うように身体が動かない。

 本当に、殺される。

 向けられる剣先には容赦のない殺気が込められ、それだけで、嫌でも身体が強張ってしまう。

 次の瞬間、視界の端で銀の軌跡が閃いた。


 ギィンッ!


 レオンが顔を上げると、いつの間にか目の前にファウストが立っている。

 速すぎる。

 今、どこから来たのかすら分からなかった。


「目で追えないなら、せめて殺気を読め。戦場じゃ、見てからじゃ間に合わない」


 言いながら、ファウストは再び距離を取るとその瞬間、姿が掻き消えた。


「来る――!」


 直感だけで、レオンは剣を構え直すが次の瞬間。


 ガンッ!!


 横から叩きつけられた衝撃に、レオンの身体は再び吹き飛ばされた。


「だから遅いって言ってんだろ!」


 荒野に、ファウストの声が響く。

 地面に倒れたまま、レオンは荒い呼吸を繰り返した。

 胸が焼けるように痛み、腕は痺れ指先の感覚がほとんどない。

 それでもレオンは歯を食いしばり、震える足で立ち上がった。


「……まだ、終わりじゃねぇんだろ」


 ファウストは、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「いい顔になってきたな」


 そして、剣を軽く肩に担ぐ。


「じゃあ次は――本気で行くぞ」


「はぁっ!?」


 レオンの叫びが荒野に響いた。

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