表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編②
51/65

51話 死なせない

 アリアドネが飛び去った直後、カタンッ――と銀食器が皿の上に落ちる音が、やけに大きく響いた。

 その音に、場の視線が一斉に集まる。


「……俺が、死ぬ?」


 呆然と呟いたのは、レオンだった。

 あまりの動揺に、手にしていたフォークを取り落としてしまったのだ。


「お、お兄ちゃん……」

 

 “近いうちに死ぬ”という確信めいたその予言は、リーナの心までも容赦なく掻き乱した。

 その脇では、ファウストとローザの間に、鋭い緊張が走っている。

 それもそのはず“大精霊”と呼ばれるアリアドネが告げる未来の予告は、たとえどれほど些細なものであろうと、これまで一度として外れたことがないのだ。

 アリアドネの告げた、「レオンが近いうちに死ぬ」という予言は紛れもない事実だ。


「先に休ませてもらうわ」


 ローザは静かに立ち上がると、ファウストへ「あとはそちらで何とかして」とでも言いたげな視線を向けた。


「これから、忙しくなるわね」


 どこか他人事のような態度に、ファウストは頭を抱え、小さくため息をつく。


 ――使い物にならなければ、レオンは近いうちに死ぬ。


 アリアドネの言葉が、何度もファウストの頭の中で反芻される。

 “使い物”とは、この魔界で生きていけるだけの強さを身につけさせろ、ということだろう。


「……ま、なんとかなるだろう」


 半ば自分に言い聞かせるように呟き、ファウストは気を取り直して、放心状態のレオンへ視線を向けた。


「今日は疲れただろ。もう休もう」

 

 落ち着いた様子のファウストに、死を宣告されたばかりのレオンは、思わず声を荒げた。

 

「っ、休んでられるわけがないだろっ! 俺は……俺は、死ぬって言われたんだぞ……!」


 怒りなのか、恐怖なのか、自分でも分からない感情が駆け巡り、声を震わせレオンは呼吸を乱した。

 リーナもまた、レオンと同じ気持ちなのか、目に涙を浮かべながら不安げにファウストを見上げていた。

 そんな二人を諭すように、ファウストは視線の高さを合わせるために腰を下ろし、レオンとリーナの頭を優しく撫でた。


「今日すぐに死ぬわけじゃない。それに、必ず死ぬことが確定したわけでもない」

 

「で、でも……」


 ファウストの言葉にリーナが弱々しく反論する。


「大丈夫。二人とも、アリアドネの言葉を思い出してみろ」


「……使い物にならないと、近いうちに、俺は死ぬ」

 

 レオンの言葉を、ファウストは遮らなかった。

 最後まで言わせてから、ゆっくりと息を吐く。


「そうだ。死ぬのは今日じゃない。それに、その予言も――絶対というわけじゃない」


「……どういう、ことだよ」


 わずかな希望に、無意識のうちに縋るようにかすれた声でレオンが問い返す。


「簡単なことだ」


 ファウストは、真っ直ぐレオンを見据えた。


「お前が、この魔界で生きていけると証明すればいい」

 

「証明……?」


「この世界は弱肉強食だ。弱い者は淘汰される。それは――お前も、よく分かっているはずだろ?」


 ファウストの言葉に、レオンの胸がわずかに軋んだ。

 ふと脳裏に浮かぶのは、人間界で過ごした鉄格子の中の日々。

 力のない者が踏みにじられ、価値のない者が切り捨てられる世界。

 無意識のうちに、表情が強張る。


「アリアドネはな、このまま弱いままだと、すぐ死ぬぞって伝えたかっただけだ」

 

 すると、ファウストの言葉に少しだけ落ち着きを取り戻したリーナが、おずおずと口を開いた。


「短い期間で強くなるって、どうすれば……」


 その問いに、ファウストはわざとらしくため息をつく。


「お前らの前にいるのは誰だ?」


「え……」


 ぱっとしない反応に、ファウストは肩を落とした。


「俺が誰だか分かってんのか? 俺はな、こう見えても“大英雄”って呼ばれてたんだぞ?」


「大英雄……」


 首を傾げ、未だに曖昧な反応を見せるレオンとリーナ。


「そうだよ。だから、お前を強くすることくらい――簡単なことだ」


 ファウストは真っすぐにレオンと視線を合わせる。


「お前のこと、絶対に死なせない。だから、安心しろ」


 絶対に揺らぐことのない自信に満ち溢れたファウストの言葉に、レオンの強張った表情が徐々に和らいでいく。


「明日から忙しくなるんだ。今日くらいはゆっくり寝ろ」

 

 さらに強い口調でファウストは「わかったか?」と念を押すと、完全に落ち着きを取り戻した二人は、ゆっくりと頷いた。


「アリアドネが、二人の部屋を用意してくれてる。案内してやる」


 ファウストは二人を連れて食堂を出る。

 廊下に出た瞬間、小さな火を宿した壁掛けの燭台が、三人を迎えるように揺らめいた。


「もう知ってると思うけど、この城は部屋の配置がよく変わる。アリアドネの気分次第でな」


 ファウストは、ゆらゆらと揺れる炎を顎で示す。


「だから、部屋を出たら自分が向かいたい場所を強く思え。そうすれば、こうして燭台が道を示してくれる」

 

 灯りの示す先を歩き出すと、ファウストは何かを思い出したように口を開いた。


「アリアドネの指示に従わないと、この魔王城で迷子になるからな。迷子になったら――俺でも見つけられないと思う。気をつけろよ」


 “俺でも見つけられない”という言葉と、実際にアリアドネに魔王城の外へ追い出された経験がよみがえり、二人は何度も強く頷いた。

 すると、燭台の光が、豪奢な扉の前でぴたりと止まる。


「お前たちの部屋は、ここだな」


 ファウストが扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けるとそこには、思わず息を呑むほど広々とした空間が広がっていた。

 天井は高く、柔らかな灯りを放つ魔石の照明が室内を淡く照らしている。

 厚手の絨毯が床を覆い、壁には繊細な装飾が施されていた。

 そして、部屋の中央には大きな窓を背にして、並ぶように置かれた二台のベッド。

 どちらもふかふかとした羽毛布団が掛けられ、清潔な白いシーツが整えられている。


「……すご」


 レオンが小さく漏らす。


「二人一緒の部屋だ。まだ慣れないだろうしな」


 ファウストは何でもないように言ったが、その配慮にリーナの表情が少しだけ緩む。

 豪華ではあるがどこか温かみもあり、まるで初めから二人を迎える準備がされていたかのようだ。

 リーナは夢にまで見ていた豪華な部屋に気分が最高潮にまで上がり、部屋の中を駆け回る。

 その後ろ姿を追うとしたレオンをファウストは呼び止めた。


「レオン」


「なんだよ」


 変わらないぶっきらぼうな態度にファウストはくすりとほほ笑んだが。すぐに真剣な表情となった。


「今まで、よく頑張ったな」

 

「な、なんだよ……急に。やめろよ」


 照れ隠しのように視線を逸らすレオンに、ファウストは静かに続けた。


「本当によく頑張ったな。同じ妹を持つ兄として、お前を尊敬する」


 わずかに間を置いて、言葉を重ねる。


「よく、守り切ったな」

 

 初めて向けられた慈愛に満ちた表情が、自分だけでなく、その先にいるリーナにも向けられていることに、レオンは気づいた。


「そんなの、当たり前だろ。俺は、あいつの兄ちゃんだからな」


 照れ隠しのように吐き出した言葉に、ファウストの表情がほんのわずかに翳る。

 寂しさにも似た、どこか遠くを見るような目にレオンは気づいてしまった。


「アンタの、妹は……どこにいんだよ」


「……遠いところだ」


 それだけを、ファウスト静かに返した。

 

「遠いところ……。兄妹は、離れたっていつも一緒だ。あんたも、妹とすぐに会えるよ」


 レオンの真っ直ぐな言葉に、ファウストは一瞬、面食らったように目を見開いた。

 次の瞬間、堪えきれなくなったように、ファウストはひとしきり笑い出した。

 やがて笑いが落ち着くと、目元に残る涙を指で拭う。

 

「そうだな。お前の言うとおりだよ。俺たちは、ずっと一緒だ。ありがとうな、レオン」


「俺は別に、礼を言われることなんて……」


「お前は本当に優しいやつだよ」


 ファウストは雑にレオンの頭をくしゃりと撫で、それからリーナに声をかけた。


「明日から朝早いんだから、もう寝ろよ」


「はーい! おやすみなさい、ファウストさん!」


「お前もな。明日から俺にしごかれるんだから、体力つけとけよ――お兄ちゃん」


「なっ! 馬鹿にしてんだろっ!」


 ファウストは面白そうにけらけらと笑いながら、二人に見送られて部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ