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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編②
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49話 大精霊アリアドネ

 レオンとリーナは魔王城に戻ると、イリスやファウストに連れられ、精霊アリアドネが待っているという食堂へ向かった。

 そこでは、キラキラと黄金に輝く羽を持つ精霊が、忙しなく飛び回っている。

 そして、レオンたちの姿を見つけるやいなや、真っ直ぐこちらへ飛んできた。

 すぐ目の前まで迫られ、レオンは反射的に目を瞑る。

 次の瞬間、ポンッと何かが弾ける音がした。


「うわぁぁぁぁあんっ! ファウストのバカ者ーーっ!」


 幼い少女の泣き叫ぶ声が、これでもかというほど、城に響き渡った。

 いったい何が起きたのかと、レオンは目を開ける。

 すると、つい先ほどまで目の前にいたはずの精霊の姿はなく、代わりに自分たちと同じ年頃と思しき少女が、ファウストに強く抱きついていた。


「わ、妾は……何も悪いことなどしておらぬのにっ! あのように怒らなくても、よいではないかっ!」


 その少女は、腰のあたりまで届く、ふわふわとした白銀に輝く髪が印象的だった。

 ファウストはその少女の頭を優しく撫で、これまで見たこともないほど穏やかな表情で機嫌を取る。


「悪かったよ。急いでたんだ……。許してくれ、アリアドネ」


 ファウストが口にした名前に、レオンとリーナは耳を疑い、互いに顔を見合わせた。

 アリアドネは精霊だと聞いていた。

 それなのに、今、目の前にいるのはどう見ても、ごく普通の女の子だ。


「ファウストは……本当に、怒ってはおらぬのか?」


「怒ってないよ。俺が今まで、アリアドネに怒ったことなんてあるか?」


「……本当か? 妾に、怒ってはおらぬのだな?」


「あぁ、本当だ。俺の方こそ、嫌な思いをさせて悪かった」


 何がどうなっているのか。

 二人のなにやら甘い空気に取り残されたレオンとリーナは、困った表情で近くにいるイリスに助けを求めた。

 だが、イリスは呆れたような表情を浮かべるだけで、何も言わず、食堂にある席へと向かい腰を下ろす。


「……レオン、リーナも。早くこっちに来なさい」


 動揺を隠せないまま、イリスに言われたとおり、レオンとリーナも後に続いて席についた。

 そこには、何かの書物を読んでいるローザの姿もあった。

 ローザは二人の姿に気づくと、読んでいた書物を静かに閉じ、顔を上げる。


「無事でよかったわ。二人とも、怪我はない?」


「だ、大丈夫です」


「うす……」


 ローザから漂う独特の冷たい空気に、緊張した面持ちで、レオンとリーナは答えた。


「そう。よかったわ」


 そう言うと、ローザはファウストとアリアドネに、冷ややかな視線を向けた。


「アリアドネ」


 ローザは、ぴしゃりと彼女の名だけを呼ぶ。


「……妾に、何用じゃ」


「そろそろ、もういいかしら?」


 その言葉と同時に、彼女の身から、底冷えするような魔力が溢れ出した。

 突如として満ちた冷気に、レオンとリーナは、ぞわりと身体を震わせる。

 だが、次の瞬間。

 今度は冷えきった身体を包み込むような、温かな風が食堂内を満たした。

 相反する魔力が、ほぼ同時に溢れ出したことに、レオンとリーナは混乱する。

 そのとき――。


「フンッ」


 誰かが、鼻で笑う音が聞こえた。


「ローザ。子供の前で魔力を乱すなど……そなたも、まだ若いのう?」


 アリアドネの言葉に反応するように、仮面でも被っているかのように硬かったローザの表情が、僅かに歪んだ。


「そなた、誰に口を利いておるのか……分かっておるのか? 相変わらず、年中喪中のような辛気臭い表情じゃのう」


 アリアドネは、「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめる。


「本来、そなたはこの魔王城に立ち入ることを許されてはおらぬ存在。だが、ギル坊の友であるがゆえ、特別に認めておること――忘れてはおらぬだろうな?」

 

 その言葉に、ローザはピクリと小さく反応した。

 チクチクと肌を刺すような魔力が満ち、重苦しい空気が場を覆う。

 その中で、イリスがパンッと手を叩いた。

 すると、何もなかったはずの卓の上に、白い皿に丁寧に盛り付けられた肉料理や、温かなスープ、焼きたてのパン、新鮮なフルーツが、一瞬にして現れる。

 

「ファウストが用意したの」


 イリスはそれだけ言うと、一人先にナイフとフォークを手に取り、肉料理を頬張った。

 突然目の前に現れた豪勢な食事に、レオンとリーナはごくりと喉を鳴らす。

 イリスに倣って肉料理を食べようとするが、初めて扱うナイフに、二人は戸惑いを隠せない。

 その様子を見ていたイリスは、子供たちの皿にそれぞれ指を向ける。

 次の瞬間、肉は食べやすい大きさに切り分けられていた。


「冷めないうちに、食べなさい」

 

「ありがとう、ございます」


「……ありがとう」


 なぜか先ほどまでの天真爛漫な態度から打って変わり、少し冷たい空気を纏ったイリスの様子に、レオンとリーナは違和感を覚えながらも、食事を始めた。

 だが、目の前の席に着くアリアドネとファウストは、そんなことなど気にも留めない様子で、楽しげに食事をしている。


「ファウストよ、妾の肉も切ってはくれぬか?」


「はいはい。ほかには、何をしてほしいんですか?」

 

 この空気の中で、なぜこの二人は普段通りでいられるのか。

 そんなことを考えながら、レオンは黙々と食事を進めていた。

 アリアドネという少女は、ふわりとした柔らかな銀髪が印象的で、どこか全体に丸みを帯びた佇まいをしていた。

 まるく柔らかそうな頬に、淡い水色の丸い瞳。小さくふくらんだ唇。

 可憐で儚げな雰囲気をまとった少女だ。

 だが、その小さな口から紡がれる言葉は、どれも古めかしく、重みを帯びている。

 容姿と言葉の落差に気圧されながら、レオンは食事を進めていた。

 やがて食事も終盤に差しかかったころ、アリアドネが手にしていたフォークを、そっと皿の上に置く。

 金属同士が触れ合う音が、やけに大きく響いた。

 その音が、この場の空気を断ち切るようにアリアドネは、イリスを真っ直ぐに見つめる。


「ヴァルグリムが、子を残すことになった」


「……え?」


 その言葉に、イリスは動揺を隠そうともしなかった。


「アヤツの前に、主が再び姿を現すことは……とうとう、なかったな」

 

 その言葉の意味を、イリスはすぐには受け止めきれなかった。

 唇がわずかに開いたまま、声にならない息だけが漏れる。

 何かを言おうとして結局、何も言えず、ただ視線を落とした。

 いつもなら迷いなく言葉を返す彼女が、沈黙したまま動かない。

 それだけで、この話題がどれほど重いものなのかが、痛いほど伝わってきた。

 レオンには、正直なところ、何の話なのかよく分からなかった。

 ヴァルグリムも、主も、その関係も、理解できるだけの知識はない。

 それでも、この場に落ちた沈黙と、イリスの表情、アリアドネの声の温度が、これは軽々しく触れていい話ではないのだと、はっきり告げている。

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