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天魔の血脈  作者: 黒ひげの猫
王都断罪編②
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47話 導く少女

 ここにいるのは良くない。

 そう、直感が告げていた。


「リーナ、おい……リーナ、起きろっ!」


 空腹が満たされ、そのまま眠ってしまったのだろう。

 談話室には、レオンとリーナだけが残されていた。

 隣で眠る双子の妹・リーナの肩を、レオンは強く揺すぶる。

 安心しきっているのか、こんなにも気持ちよさそうに眠るリーナの姿を、レオンは初めて見た。

 だが、今はそれどころではない。

 早く、今すぐにでも、ここから去らなければ。

 レオンは焦っていた。

 いったい、どんな流れでこうなったのか。

 気づけばレオンとリーナは、魔王城で暮らすことになっていた。

 あの、不穏な未来しか映し出されないファウスト・ライウスがいる、魔王城で。

 

「んんっ――どうしたの、お兄ちゃん……」


「やっと起きたか、リーナ。今すぐこの城から出るぞ」


「えぇ? どうして?」


 まだ眠気の残る瞳を擦りながら、リーナはレオンを見上げる。

 レオンの焦り具合に、リーナは怪訝そうな表情を浮かべていた。


「どうして、そんなに急なの?」


「急にじゃねぇよ! 俺はずっと言ってただろ、アイツが怪しいって!」


「アイツって……もしかして、ファウストさんのこと?」


「さっきからそう言ってんだろ!」


 レオンとリーナは双子でありながら、たびたび意見を違えた。

 それは互いの瞳の奥に宿る性質が違うがゆえの、決して交わることのない、譲ることを知らぬ考えだった。


「なんでお兄ちゃんは、ファウストさんのことを信用できないの? 私は“大丈夫”だって言ってるじゃない」


「だからだよ。俺は、その“大丈夫”が信用できないんだ! たとえリーナがそう言ってもな!」


 互いに譲らない考えに痺れを切らしたのか、レオンは「チッ――」と、わざとらしく舌打ちをした。


「お前は妹なんだ。兄である俺の言うことを、黙って聞いてりゃいい!」


「なっ――」


 レオンは強引にリーナの腕を掴み、そのまま部屋を飛び出した。

 

「クソッ……出口はどこだよ!」


 部屋を出たはいいものの、燭台の乏しい光が点々と続くだけで、その先には終わりのない暗闇が広がっていた。

 どこへ進めば城の外に出られるのか。

 レオンには、まるで見当がつかなかった。

 すると、レオンの耳元で、あどけなさの残る少女の笑い声が響いた。


『お城から、出たいの?』


 姿は見えない。

 だが、確かにすぐ近くに“何か”がいる。

 レオンは、そちらに向かって叫ぶ。


「ああっ! 俺たちを、この城から出してくれ!」


『ウフフ……いいよ、いいよ。お城から、出してあげる』


 その言葉と同時に、一方の通路に並ぶ燭台の光だけが、不自然なほど強く輝いた。


『おいで。おいで――こっちだよ』

 

 レオンは導かれるように光を辿り、歩き出そうとした。

 だが、その腕をリーナが強く掴んで引き止める。


「お、お兄ちゃん……? さっきから、誰と話してるの……?」


「え……?」


 振り返ったレオンの視界に映ったのは、不安そうに眉を寄せるリーナの姿だった。

 リーナは小さく首を振る。


「……やっぱり、やめよう? 部屋に戻ろうよ」

 

 どうやら、リーナには城の出口を教えてくれる少女の声が聞こえていないようだった。


「魔王城だよ? ここ以上に安全な場所なんて、ないよ。早く部屋に戻ろう」


「魔王城だからだよ。お前は知らないんだ。アイツの本性を……」


 リーナの持つ魔眼は、見た者に訪れうる良い未来を映し出す。

 それに対して、レオンの魔眼が映すのは最悪な未来だけだった。

 観えるものが違うがゆえに、レオンがなぜそこまでファウストを警戒するのか、リーナには理解できなかった。

 鉄格子越しに観た未来の中で、ファウストは、血と死に塗れ、無数の死体の上に立っていた。

 その周囲に、人の気配はない。

 もちろん、そこにはレオンやリーナの姿もなかった。

 闘技場で、たった一滴だけ与えられたファウストの血によって、レオンはすべてを理解した。

 その血に宿る魔力が自分の中へと流れ込んだ瞬間、身を焼き焦がすほどの激痛とともに、レオンの内側で激情が爆発した。

 壊したい。

 殺してしまいたい。

 許せない。

 許せない。

 ――なにより、自分自身が許せない。

 すべてが、消えてなくなってしまえばいい。

 そんな破壊衝動にレオンは呑み込まれた。

 目の前のファウストは、何事もなかったかのようにその激情を誰にも悟らせることなく、ただ平然とした表情でそこに立っていた。

 それが、なによりもレオンには恐ろしかった。

 

「いいか、リーナ。あの男のことを、信用しすぎるな」


「お兄ちゃんっ! さっきから、いい加減にして!」


 意見を譲らないレオンとリーナの、険しい睨み合いが続く。

 その緊張を断ち切るように、再び少女の声が、レオンの耳元に届いた。


『遅い。遅い。外が、うるさいの』


 その言葉と同時に、二人の視界が一瞬、暗転する。

 次の瞬間。

 気づけば、レオンとリーナは魔王城の外へと、放り出されていた。


「……は、え? どうして……」


「こ、ここは……どこなの?」


 あまりにも突然の出来事に、二人は困惑する。

 つい先ほどまで、真っ暗な城の中にいたはずなのに今、足元に広がっているのは真っ赤な月に照らされた、荒れ果てた大地だった。

 視界の隅には、魔王城の姿が映っている。

 だが、その状況を理解する間すら与えられず、二人の鼻腔を、ねっとりとまとわりつくような生臭さが二人を包み込んだ。

 

「っ――なんだ、この臭いはっ!」


 反射的に鼻を覆った、その直後。

 ドシンッ、ドシンッと、大地を揺るがす振動が伝わってきた。

 低く、濁った唸り声が、闇の向こうから這い寄ってくる。


 ――グルルルルルルッ。

 

「お、お兄ちゃんっ――」


「――っ、静かに。絶対に動くな」


 低く濁った唸り声とともに、赤い月明かりの下からそれは姿を現した。

 山のように盛り上がった巨躯。

 裂けた顎から垂れ落ちる、粘ついた涎。

 腐臭と血の匂いを撒き散らしながら、巨大な魔獣が二人を見下ろしている。

 「今すぐにでも逃げ出さなければ」そう叫ぶ本能を必死に抑え込み、レオンは息を呑んだ。

 魔眼に意識を合わせる。

 だが、まるで逃げ場など最初から存在しないと言わんばかりに、未来の断片は浮かび上がりかけては、砂嵐のように崩れ落ちていく。

 せめて、リーナだけでもこの場から逃がさなければ。

 そう思った、その瞬間。

 二人の背後から、低く、押し殺した声が落ちてきた。


「――動くな」

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