46話 温もりの味
嫌な予感と気配を胸に残したまま黒泉を出て、イリスのもとへ戻ると、なにやら複数人の賑やかな話し声が聞こえてきた。
「あ、ファウスト。ちょうどよかった」
話し声を辿り談話室の扉を開けると、そこにはイリスのほかにローザの姿があった。
「ローザ、来てたのか」
「ええ。子供たちも連れて来たわ」
ローザの背後に隠れるように、レオンとリーナの姿が見える。
「おはよう。レオン、リーナ」
「っ……お、おはよう……ございます」
返ってきたのは、リーナのぎこちない挨拶だけだった。
レオンはまだファウストを警戒しているのか、態度は相変わらず硬い。
レオンとリーナは、人間界――フォルスター王国ローレル街にある闘技場で、優勝賞品として囚われていた未来を観ることができる魔眼を持つ双子の魔人。
ローザの依頼で彼らを救出したことをきっかけに、行動を共にすることになったのだ。
救出後、子供たちはローザの店で一晩を過ごした。
こうして顔を合わせるのは数時間ぶりのはずなのだが、なぜか昨日縮まったはずの距離感は、振り出しに戻ってしまったように感じられた。
ほんのり切ない気持ちを胸に抱えていると、空気を読んでいるのかいないのか、イリスの空腹を訴える腹の音が鳴り響いた。
――ぐぅぅぅぅ。
「お腹減ったー。ファウスト、なんか作ってー」
「分かったよ。ローザたちも、なにか食べるだろ?」
「ええ。お言葉に甘えちゃおうかしら」
どうやらここにいる全員、朝から何も口にしていないようだった。
ファウストは一人、厨房へ向かう。
保管庫から数種類の野菜と肉を取り出し、素朴な味付けながら栄養満点のスープを作ると、鍋ごとイリスたちが待つ談話室へと運んだ。
「うわっ! スープだっ!」
立ち上る香りだけで鍋の中身を言い当てたイリスは、うきうきとした表情で鍋の中を覗き込む。
「あ! お肉も入ってるじゃないっ!」
「今から配るから、大人しく座ってろ」
イリスやローザ、子供たちは談話室の中央にあるテーブルにつき、ファウストは皿に注いだ野菜たっぷりのスープを、子供たちから順に配っていった。
「もし、苦手だったら言ってくれ」
「あ、ありがとう……ございます」
「ふんっ――」
子供たちはというより、リーナは緊張した表情でスープを見つめ、どうすればいいのか分からず、戸惑った様子を浮かべていた。
胃に優しく、消化にもいいだろうと考えて作ったスープだったが、子供たちに人間の食べ物は良くなかっただろうか。
そんな不安がファウストの胸をよぎったそのとき、ローザがすかさずスプーンの持ち方を見せた。
「これは、スプーンって言って、スープみたいに汁気の多い食べ物を食べるときに使うの。持ち方は、こうよ」
ローザの言葉に、ファウストとイリスはハッとして表情を強張らせた。
レオンとリーナの見た目から、年の頃は十歳から十二歳ほどだと推測していた。
その年齢なら、スプーンやフォーク、ナイフの扱いは上手でなくとも、使い方自体は知っていて当然だ。
それなのに、この二人はその“当然”をまったく知らない。
これまでどんな扱いを人間たちから受けてきたのか。
考えずとも、容易に想像がついた。
「……スプーン」
リーナは見よう見まねで、たどたどしくスプーンを握り、そっとスープを口に運ぶ。
初めて口にする味なのだろう。
リーナはぱっと目を見開き、そのまま夢中になってスプーンを動かした。
ぎこちなさは次第に消え、気づけば皿の中身はあっという間に空になっていた。
「まだあるから、いっぱい食べな」
おずおずとリーナがファウストへ視線を向ける。
何を求めているのか察したファウストは、くすりと小さく笑い、再びリーナの皿にスープを注いだ。
「美味しい?」
「はいっ! すごく美味しいですっ! こんな美味しい料理……初めて、食べました」
ローザの問いに元気よく答えたリーナは、次第にぽろぽろと涙をこぼし始めた。
その変化に、ローザやイリス、そしてファウストまでもが驚いたが一番動揺していたのは、兄のレオンだった。
「お、おいっ! どうしたんだよっ! 急に泣くなんて……お前、リーナに何をしたんだよっ!」
「い、いや……俺は、なにも――」
レオンの疑いの視線が、すぐさまファウストへ向けられる。
だが、それを遮るようにリーナが慌てて口を開いた。
「ち、違うの……すごく美味しくて……。お兄ちゃんも、温かいうちに食べて」
「っ……わ、分かったよ」
レオンは渋々といった様子でスプーンを手に取り、静かにスープを口にする。
「――っ」
さすが双子というべきか。
レオンもまたリーナと同じ反応を見せ、気づけば同じように、あっという間に皿を空にしていた。
ファウストは何も言わず、レオンの皿にスープを注ぐ。
「勝手なことすんじゃねぇっ! 俺は何も言ってねぇだろっ!」
「いいから。たくさん食えよ。まだある」
レオンは相変わらず素直ではないが、その目ははっきりと「まだ食べたい」と訴えていた。
黙々と食べ続ける子供たちを見守りながら、ファウストたちもようやく食事を始める。
大きな鍋で作ったスープも、気づけばすっかり空になっていた。
空腹が満たされ、安心したのだろう。
子供たちは暖炉の前にある大きなソファに並んで腰掛け、肩を寄せ合うようにして、うとうとと船を漕ぎ始めていた。
その光景を少し離れた場所から眺めながら、ファウストたちは食後のお茶を嗜んでいた。
「……許せないわね」
その一言と同時に、ひやりと冷たい風がファウストたちの足元をなぞるように流れた。
原因は、ローザだった。
ローザの内に湧き上がった怒りは魔力へと変換され、漏れ出したそれが、彼女の得意とする氷結系魔法となって空間を侵食していた。
先ほどから暖炉には薪をくべ続け、イリスも火の魔法で火力の調整をしている。
それにもかかわらず、部屋の空気は一向に温まらない。
むしろ、じわじわと冷え込んでいくようにさえ感じられた。
先ほどからイリスに「なんとかしろ」と視線で訴え続けられているが、こればかりはファウストにも手の打ちようがなかった。
「……あの子たちは、人間界で生まれたようね」
カップを置き、ローザがぽつりと呟く。
「魔人が……人間界で?」
「えぇ、そうよ」
「……そもそも、魔人ってどうやって生まれるんだ?」
ファウストの純粋な疑問に、ローザとイリスは言葉を失い、何とも言えない表情を浮かべた。
イリスを含め、ローザたち魔人は、どこか魔族の面影を残しながらも、その姿は人間とほとんど変わらない。
なぜ魔族は、人とこれほど似た姿をしているのか。
その理由を、ファウストはずっと疑問に思っていた。
ファウストの問いに、ローザは一瞬だけ視線を伏せ、渋々と口を開いた。
「それは……はるか昔から、魔族に刻まれた呪いよ」
「呪い……?」
「まあ、この話は長くなるから割愛するけど」
そう前置きしてから、ローザは静かに続ける。
「私たち魔人は、人間と同じように、肉体同士で子供を作ることもあるわ。でも――その方法は、異例中の異例よ」
「異例……?」
「ええ。基本は、血」
「血……?」
「そう。魔族はね、自分のすべての血を注いで、子供を作るの」




